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沙魚丸軍記  作者: 藤城みゆき
本章
24/41

第24話 再開

オッケー、と親指を上げた八上姫は、おいでおいでと稲葉を手招きした。

ピョンピョンと飛び跳ねて来た稲葉が

御前おんまえに」

と八上姫の前でかしこまる。

白いフワフワした頭を愛おしそうに八上姫はなでた。


「稲葉の足なら間に合うわ。よろしくね。」


了解、と凛々しい敬礼をした稲葉はドロンと煙だけを残して消えた。

〈さすが、忍者兎。カッコイイ!〉

パチパチ、と夢中で拍手をしている沙魚丸の頬を八上姫がツンツンとつつく。

我に返った沙魚丸を待っていたのは優しく微笑む八上姫だった。


「じゃぁ、ここでお別れよ。」


「あの、秋夜叉姫様にお会いできますか。」


「うーん、今は無理かしら。あの子ね、泣くと顔が腫れるの。さっき、号泣していたでしょ。もうパンパンに腫れているはずよ。」


今は勘弁してあげて、と八上姫は手を合わせた。

会えないのかぁ、とガックリした沙魚丸だが、八上姫の一言で表情を明るくする。


「貴方はアッキーの使徒だから、また会えるわよ。」


「本当ですか!」


「えぇ、貴方が頑張ってくれたらね。」


「頑張ります!」


とガッツポーズを取る沙魚丸に微笑みつつも、八上姫は戸惑っていた。

〈アッキーも随分と懐かれたものね。今の日本人に滅私奉公タイプがいるとは思わなかったけれど、まだいたのねぇ。ビックリよ。ほんと、アッキーの引きの強さには呆れるわ。まぁ、何にしろ、アッキーの運命はこの子に託されたのよね。〉

コホン、と一つ咳払いをした八上姫は、チョンと沙魚丸のおでこをつついた。

その時、つついた所が少しだけ光ったことに沙魚丸は気がつかなかった。


「アッキーのことをよろしくね。私も貴方の活躍を楽しみにしているわ。それじゃぁ、下界に送るわね。神界に来た時と同じ状態からスタートするから。」


えっ、と沙魚丸は驚いた。

〈同じって、修羅場からスタートってことですか・・・〉

沙魚丸は肝心なことを聞きそびれていたことに、ようやく気付いた。

あやかしと疑う小次郎がどうなったのかを・・・


沙魚丸は八上姫に質問しようとした。

だが、声が出ない。

しかも、八上姫に伸ばした手も透明になって行く。

〈これ、知ってる・・・〉

何もかもが遅かった。

可愛らしくバイバイする八上姫がウインクをした。


「逆境を楽しむのがいい男の条件よ。」


八上姫の贈る言葉を聞いた沙魚丸は独り言ちた。


「いい男って、乙女心の私がなれるのでしょうか・・・」


そのまま、沙魚丸の意識は遠のいていった。


◆◆◆


沙魚丸が目を開けると、八上姫の言った通りだった。

〈小次郎さんが刀の柄に手を掛けてるわ。あっ、小次郎さんが目を開いた。〉


バチッ


二人の視線がぶつかった。

〈怒ってるのかしら?〉

沙魚丸は万が一に備え身構える。


刀の柄から手を離した小次郎がすたすたと近づいて来る。

手を伸ばせば届く距離まで来た時、小次郎はピタリと止まった。


無言のまま沙魚丸を見下ろす小次郎。

〈ビビっちゃダメよ。〉

拳をギュッと固めた沙魚丸は目に力を入れる。


すると、なんと小次郎が膝をついたのだ。

〈私の睨みが勝った!やるじゃない、私。〉

ウキウキする沙魚丸とは裏腹に、首を垂れた小次郎は落ち着いた声で話し始めた。


「沙魚丸様から命じられました。貴方を主君としてお仕えせよ、と。」


小次郎の言葉に沙魚丸は飛び上がりそうになった。

〈素晴らしい、素晴らしいわ、沙魚丸君。死して尚、人間関係に配慮できるなんて。沙魚丸君、あなたは超いい男よ。〉


「お聞きしたいことがあります。」


「はい、どうぞ。」


「貴方は・・・、本当に仇を討つのですか。」


「討ちます。必ず、討ちます。」


沙魚丸は躊躇なく言い切った。

すると、小次郎は目を見開いて動かなくなった。

〈あれ、私が仇を討つの反対なのかしら。でも、沙魚丸君にも誓ったしなぁ。それに、事情を知っている小次郎さんの協力が絶対に必要なのよね。〉

どう説得しようかな、と沙魚丸が頭を捻っていると、険しい表情となった小次郎が口を開く。


「貴方の氏素性は教えてもらえませんでしたが、沙魚丸様の仇は貴方にとって無関係の者です。それでも、仇を討つと言うのですか。」


「小次郎さん、それは違います。今の私は沙魚丸です。受け継いだのは、沙魚丸君の記憶だけではありません。彼の思いも受け継いだんです。父と母を殺された悲痛な思いは私の血肉となっています。仇を必ず討つと言う沙魚丸君の誓いも。」


「仰ることは分かります。ですが、仇を討たなくても、貴方は沙魚丸様として生きていけるではありませんか。それに、仇、仇と仰いますが、城下でもそのような話を聞いたことがありません。父は知っているようですが、もはや風化された話を蒸し返しても仕方が無いでしょう。」


小次郎の言葉を聞いている内に沙魚丸は訳もなく悲しくなってきた。

目から自然と涙がこぼれ落ちる。

〈小次郎さんが仇討ちを諦めさせようとする真意は分からない。でも、これ以上、言わせてはダメ。これじゃぁ、沙魚丸君も小次郎さんも悲しすぎるもの。〉


「小次郎さんは、沙魚丸君にも同じことを言えるのですか。」


沙魚丸の言葉に衝撃を受けたのか、小次郎は唇を噛みしめたまま黙ってしまう。

〈小次郎さんも、どうしていいのか分からないのね。だから、心にも無いことを言って、私に八つ当たりしていたのね。〉

沙魚丸は手を振り上げ、小次郎の頬を張り飛ばした。


「さっきから何を女々しいことばかり言っているのです。私も沙魚丸君から忠告を受けました。武将として生きて行くなら仇を討て、と。小次郎さんは、今、二人の沙魚丸から頼られているのです。それでも、沙魚丸君が恋しいと腰抜けのままでいるのですか。」


わなわなと体を震わせた小次郎が、突如、ガバッと地面に突っ伏した。


「私は沙魚丸様と共に逝こうとしました。殉死したいと申し上げたのです。ですが、沙魚丸様はダメだと首を横に振られ、お許しになりませんでした。貴方に何が分かるのです。」


沙魚丸は何も言わずに立っていた。

〈こういう時、私なら下手な慰めなど聞きたくないわ。悲しみを押し殺すより泣いた方がいいのよ。〉

ほんの少しの間、むせび泣いた小次郎は涙をぬぐい、失礼しました、と言って座りなおした。


「未練がましく亡き沙魚丸様にすがりつきましたことをお許しください。遺言だと申されたことを実行したくなかったのです。」


「私にも教えてもらえますか。」


「今世では貴方に忠誠を尽くせ、と。死後は土産話をたくさん聞かせてくれ、と申されました。」


〈沙魚丸君が死んだことを認めたくなかったのね。〉

沙魚丸は思わず小次郎の手を握った。


「この世で武将として生を受けた以上、私は命尽きるその時まで武将として生きます。さらに、私には使命があります。小次郎さんには存分に手伝ってもらいます。」


沙魚丸の言葉を聞いた小次郎は爽やかな微笑みを浮かべた。

うわぁ、と沙魚丸が見惚れてしまうような男くさい笑顔で。


「分かりました。貴方の覚悟を聞いて、改めて私も誓います。この身朽ち果てるその時まで、貴方を沙魚丸様として身命を賭してお仕えいたします。」


そこへ、源之進の声がした。

近づいて来る足音と共に。


「お茶を分けてもらえました。皆で飲みましょう。」


戦場で鍛えた心に染みわたる声に沙魚丸は心が和むのであった。

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