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沙魚丸軍記  作者: 藤城みゆき
本章
23/41

第23話 月詠2

その様子をコッソリと見ていた八上姫は、ホッと胸を撫でおろす。

〈今のところは順調みたいね。月詠様はお言葉がストレートだから心配したけど・・・。うん、沙魚丸君がノリノリで良かったわ。〉


八上姫は不安で胸がはちきれそうだった。

月詠は、何と言っても、三貴神の一柱。

森羅万象をべる最高位に位置する神の一人が人間をおもんぱかって発言するだろうか。

答えは断じてノーである。


人間だって同じ。

元気な子供を産もうと一生懸命に血を吸う蚊を躊躇ちゅうちょなくパンと手で打ち殺すではないか。


そんな思いを抱いていた八上姫は苦笑する。

〈今の月詠様のお言葉は、『ワーイ、楽しいなぁ!って笑いながら苦難に向かって突き進むネジの飛んだ馬鹿を募集したら、貴方が選ばれました!』ってことよ。本当に沙魚丸君で良かったわ。それにしても、沙魚丸君って逸材には違いないんだろうけど・・・〉

考え込んでいた八上姫は、沙魚丸の声でハッとした。


「失礼しました。」


月詠の前で立ち上がった無礼に気づいた沙魚丸が慌てて座布団に座り直すのを見ながら、八上姫は呟く。


「何にしろ、沙魚丸君を選んだ理由を猿神に確認しないとね。事と次第によっては大問題になりかねないわ。」


神友、秋夜叉姫を救うであろう沙魚丸に八上姫も期待しているのだ。

月詠の話を熱心に聞く沙魚丸に襖の隙間から八上姫はこそっとエールを送る。

「がんばれ!」と。


さて、座敷の中では、沙魚丸の頼もしい返事に月詠は顔をほころばせていた。


「よくぞ申した。それでこそ日ノ本の神が選びし者。ソナタを見込んで頼む。アレを女神のままでいさせるために、アレへの信仰を復活させて欲しい。」


「畏まりました。この身が朽ち果てようとも、秋夜叉姫様への信仰を広げるべく全力を尽くします。」


「うむ、頼もしき返事だ。先ほども言ったように、人への恩恵を授けることは禁止されている。だが、アレのミスも顧慮され今回は特例が認められた。ソナタには特別に恩恵を授けることが決まった。」


そう言って、月詠は少し考え込む。

そして、じっと沙魚丸を見た。

何もかも見通す様な視線に沙魚丸は息すら出来なかった。

うむ。これがいい、と独り言を言った月詠は沙魚丸にニコリと笑みを浮かべる。


「ソナタ、恐ろしく平和な所にいたのだな。虫を殺すどころか、虫に追いかけれ走って逃げるとは・・・。何とも羨ましいことだ。」


クスクスと笑った月詠は呆気に取られている沙魚丸に軽くウインクをした。


「妾はこれでも神じゃ。ソナタがどのように生きて来たかなどお見通しよ。」


「ビックリしました。」


ほぇー、と呆気に取られている沙魚丸を再度、楽し気に見た月詠は表情を改めた。


「平和ボケしたソナタでは、殺し殺されの戦国の世を生き抜くのは辛かろう。よって、戦国武将として当たり前の状態にしておくことが、妾の恩恵じゃ。」


ん?とチンプンカンプンの表情を浮かべる沙魚丸に月詠は言葉を重ねる。


「ソナタには元沙魚丸の記憶がある。だが、ソナタが体験したことではない。よって、この時代の戦国武将として育ったならば、普通に体験するであろうことを体に刻みつけてやることに決めた。」


「具体的に言うと、人を殺しても罪悪感を感じないとかですか?」


「ちょっと違うな。戦国時代とは言え、敵でもない人間を殺すのはご法度だ。それに、ソナタは合戦に向かう途中なのであろう。何もこんなタイミングに転生させることもないと思うが、なってしまったものはしょうがない。合戦中に敵から槍を向けられて、己の首を差し出すのならば、別の恩恵を考えるぞ。」


さぁ、どうする、と微笑む月詠に考えるまでも無い、と沙魚丸は姿勢を正す。


「是非、その恩恵をお授け下さい。秋夜叉姫様の信仰を広める前に死んでしまってはどうしようもありません。」


「よろしい。では、ソナタが下界に戻ったと同時に恩恵を授けよう。妾の話はここまでじゃ。再び会うことは無いだろうが、ソナタの活躍は楽しみにしておる。人間の生は短い。必死であがけよ。」


「はい。頑張ります!」


と頭を下げると、いつの間にか、八上姫が隣に座っていた。

上座を見れば、月詠は消えていた。

沙魚丸の手を取った八上姫が微笑む。


「お疲れさま。これで、おしまい。」


知らない内に緊張していたのだろう。

沙魚丸の手がブルブルと震えているのを察した八上姫が優しく揉んでくれていた。

呆けた頭で沙魚丸は気になっていたことを八上姫に尋ねようと口を開く。


「あの・・・」


「月詠様に関する質問はダメよ。」


「いえ、小次郎さんはどうなったのでしょう。」


「あっ、そっちね。ちゃんと聞いておいたわ。」


そう言って、八上姫はガッツポーズをする。

〈何をやってもカワイイって、凄いわね。美人は3日見れば飽きるって言うけど、嘘だわ。絶対に飽きない。〉

見惚れている沙魚丸の頬を八上姫がつついた。


「あのね、元の沙魚丸君から貴方に伝言を預かっているの。」


そう言った八上姫は手の平に元沙魚丸の姿を映し出した。

〈えっ、ナニコレ。ホログラム? 生きてるみたい・・・〉

沙魚丸が驚いていると、元沙魚丸がペコリと頭を下げ、喋り出した。


「初めまして、沙魚丸です。下界を長時間止め続けると問題が生じるらしいので、直接お会いできないのが残念です。私ももうあの世とやらへ行かなければいけないので、一つだけお伝えします。もし、貴方が武将として生きるのなら私の親の仇を討たねばなりません。そうではなく、世を捨てるなら、仇討ちなどきれいさっぱり忘れて、貴方の沙魚丸を生きてください。」


それだけ言って、元沙魚丸は消えた。

元沙魚丸の言葉を反芻はんすうした沙魚丸は、体中の血がカッと沸き立つのが分かった。

〈そうよ。沙魚丸君はまだ幼い子供の時に親の仇を討ちたい、と自らの言葉を神に捧げたんだったわ。〉


そして、元沙魚丸の記憶が次々と鮮やかによみがえる。

父が討たれ、母が殺されたことを聞いた時の記憶。

城下では謀反者の子供とさげすまれ石を投げつけられた日々の記憶。

仇を討つために鍛錬に明け暮れる記憶。

そんな記憶が激流となった血の流れと共に沙魚丸の体を熱くする。


沙魚丸は、ようやく理解した。

戦国の世で生きて行くとは、どういうことかを。


〈親を殺されてヘラヘラしている人間を誰が主君と崇めるだろう。今川氏真(うじざね)を思い出して。父、今川義元が桶狭間で織田信長に首を討たれた時、すぐに信長を討つべきだったのよ。周りは敵だらけとしても、信長、許すまじ、とすぐに一戦すべきだったわ。親の仇すら討たない主君を頼りに思う家臣はいないわ。だって、卑怯者の主君は家臣がピンチになっても助けないもの。〉


元沙魚丸のアドバイスに深く沙魚丸は頷いた。

そして、沙魚丸は八上姫に力強く答える。


「沙魚丸君に伝えてください。必ず、沙魚丸君の親の仇は討ちます、と。」

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