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沙魚丸軍記  作者: 藤城みゆき
本章
22/41

第22話 月詠1

沙魚丸は猛烈に感動していた。

どうしようもなく胸が熱い。

〈私の為に責めを負うなんて。身内となった私を守るために・・・〉

あぁ、と沙魚丸は天を仰いだ。


『士は己を知る者の為に死す。』


脳裏に浮かんだ言葉を沙魚丸は強く噛みしめる。

〈私を選んで下さった秋夜叉姫様のために、この命を捧げます。〉

令和の日本からやって来た沙魚丸の魂だけであれば、命はちょっと勘弁してください、となるだろう。

だが、今の沙魚丸には元沙魚丸の記憶がしっかりと結びついている。

だからこそ、戦国時代を闊歩かっぽした人々の思いを斟酌できるのだ。


神の身内とまで言われて奮わぬ男があるか!と体がうずく。

猛々しく強い光を瞳に宿した沙魚丸に八上姫が微笑みかける。


「さぁ、貴方の出番よ。」


「はい。」


力強い返事と共に沙魚丸はスックと立ち上がった。

雄々しい沙魚丸の姿に八上姫は目を細め、拳を前に出す。


「がんばってらっしゃい。私はここで待っているから。」


八上姫の拳に自らの拳をチョコンと当てた沙魚丸は、頑張ります、と頷いた。

その瞬間、スッとふすまが開く。

沙魚丸は颯爽と足を踏み出した。


だが、たった一歩、座敷の中へ踏み入れただけで沙魚丸の意気は消沈する。

さっき、覗き見た光景とは一変しているのだ。


沙魚丸は目を点にする。

〈どういうこと? 秋夜叉姫様もいないし、涙の湖も無いわ。〉

むせかえるような真新しい畳の匂いに襲われた沙魚丸は腰が砕けそうになる。


ピシャリ。


もう逃げ道は無いとばかりに背後で襖が大きな音を立てて閉まった。

意気揚々と乗り込んだ沙魚丸だったが、座敷内を見渡してブルブルッと体を震わせる。


〈マジですかぁ。1対1なんて聞いてませんけど・・・〉

上座に座る月詠以外、誰もいないのだ。


チョコンと可愛らしく座っている月詠が突如、何倍も大きくなったように見えた。

まるで、東大寺の大仏のように。

目をゴシゴシとこすった沙魚丸は、小さなままの月詠を見てホッとした。

〈見間違いかぁ。しかし・・・〉

神様なのに大仏とはこれ如何に、と呟いた沙魚丸は、きっと神仏習合ね、と納得することにした。


月詠の圧倒的オーラに当てられた沙魚丸は、なかなか次の一歩が踏み出せない。

〈もう帰りたい。〉

弱音を吐く沙魚丸はなぜか、中学校の卒業証書授与の式典を思い出していた。

演台にあがる階段でつまずいて、ド派手に転んだことを・・・


〈落ち着け、私。一礼して座布団に座ればいいって、八上姫様に言われたでしょ。〉

スーッと鼻から息を吸った沙魚丸は口から大きく息を吐き出す。

パシン、と景気よく頬を叩いた沙魚丸は、よっしゃぁと歩を進める。


だが、残念なことに、右足と右腕、左足と左腕が同時に出てしまう。

どこかの公務員のセリフではないが、一度動き出したものは止められないのだ。

ええい、ままよ、とギクシャクと歩を進め、どうにか座布団に座った沙魚丸は、

〈いけない、順番を間違えた。〉

と思いつつも、座ったままペコリと頭を下げた。

すると、上座から声が降って来た。


「ソナタの歩き方だが、それは、ナンバ歩き、というやつか。」


「はっ、はい。」


思わず答えてしまった言葉を月詠は肯定と受け取ったようで、なにか呟きながら満足そうに頷いている。

そして、実に愛くるしい笑顔を沙魚丸に向けたのだ。


「歩行方法から古式とは、さすが戦闘民族の末裔。身も心も常在戦場とは恐れ入った。秋夜叉姫がソナタを使徒にするのも納得した。」


ムフフ、と意味深な笑みをこぼす月詠を呆気に取られて見ていた沙魚丸は慌てて、そんな立派なことは何も考えていません、と否定しようとする。

しかし、遅かった。

背筋をピンと立てた月詠が凛とした声を放つ。


「妾が月詠である。」


その名乗りを聞いた沙魚丸は、ぞくっとした。

〈なんて威厳に満ちあふれた声なの。可愛い幼女と思って、対応を間違えると大変なことになるわ。これぞ、まさしく幼女の皮をかぶった悪魔。〉


カワイイでちゅねー、と抱き着こうものなら八つ裂きの刑待ったなし、と沙魚丸は背筋を寒くする。

とは言え、女神に拝謁するのも3度目となると、さすがの沙魚丸も抑制がきく。

今回の沙魚丸はゆっくりと落ち着いて名乗りを上げる。


「沙魚丸でございます。」


凛々しい表情で、

「うむ。」

と頷いた月詠に、

〈私も大人なんだから、負けていられないわ。〉

と謎の対抗心を燃やした沙魚丸は気を引き締める。


「今回はうちの秋夜叉姫が迷惑をかけた。妾からアレの事情を改めて話す前にこちらの世界の話を少ししておこうかの。」


パン、パンと月詠が手を叩くとお茶を持った侍女、いや、小袖を着た2名の侍猫が現れた。

そして、実に優雅な動きで月詠と沙魚丸の前にお茶を置くと、流れるように立ち去った。

〈見事な黒猫ね。ハリ、ツヤともため息が出ちゃう。何を食べているのかしら。〉

黒豹のような美しい毛並みに見惚れていた沙魚丸は月詠に勧められるままに茶を飲んだ。

一口、啜った沙魚丸は愕然とした。

〈これぞ、天上の甘露。美味しい。〉

目を閉じれば、フワッと全身を爽やかな一陣の風が吹き抜ける。

〈やる気スイッチ、オン!〉

沙魚丸がパチッと目を開けると、月詠がニヤリと笑う。


「いい目となった。では、聞くが良い。」


そう言って、月詠は話し出した。

太古の昔、神と人とがまだ一緒の世界にいた頃、世界を二分する戦いが起きた。

数々の武神の中でも、一騎当千の活躍をする秋夜叉姫を人間は敬うようになった。

そして、戦が終わり平和になると、神界と下界が分けられ、神々は人々へ恩恵をみだりに与えてはならぬ、と決まった。

さらに、人を守護する神々は信仰を失った時、神格を失うとも・・・


そこまで言って、月詠は話を止めた。

茶を寂しそうに啜ると、ポツリとこぼす。


「今では、秋夜叉姫を信じる人間は片手で足りるようになってしもうた。そう、アレは人に忘れ去られた戦女神。まもなく、あれは神格を剥奪される定め。」


持っていた茶碗を静かに茶托ちゃたくに戻した月詠は悲し気に微笑んだ。


「馬鹿な子ほど可愛い、と言うのは神も同じ。アレは妾の家の子。妾はアレを女神のままでいさせてやりたいのだ。」


月詠は何かを思い出すように目を閉じた。

可愛らしい幼女から

『お前を守ってやりたい!』

と言われる秋夜叉姫ってどうなのかしら、

などとつっこむ気は沙魚丸にはさらさら無かった。

なぜなら、とめどなく流れる涙を拭くのに沙魚丸は忙しかったのだ。


「一旦、信仰を失った神への信仰を取り戻すのは苦難でしかない。そこで、地球の神に頼んだのだ。『どんな苦難であろうと、笑って立ち向かえるほどのメンタルが屈強な者を』とな。そして、選ばれたのが、ソナタなのだ。」


ピシッと可愛らしいお手々で指差された沙魚丸の胸は激しく高鳴った。

私が神に選ばれた者、と呟いた沙魚丸はスックと立ち上がった。


「私に何でもお言いつけ下さい!」


そう言って、ドンと誇らしげに胸を叩いた。

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