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沙魚丸軍記  作者: 藤城みゆき
序章
2/17

第2話 谷沢結衣、城好きになるを編集

案件の重要性から一番尊敬する先輩に沙魚丸は相談した。

先輩から、あーだ、こーだとアドバイスをもらっていると、近くで聞いていた社長がスルスルッと話に割り込んで来る。


なんだ、なんだ、と驚く二人の前に仁王立ちした社長が叫んだ。

「よし、俺と一緒に城に行こう。」

城巡りを趣味とする社長が目を輝かせている。

社長が車を出すから、みんなでお城を見に行こう、と言っているようだ。


「私は行きませんよ。」

先輩はにべもなく断った。

実にあっさりと、躊躇ちゅうちょなく・・・


無表情で聞いていた結衣だが、そうだよね、と心の中で頷いていた。

〈城と言っても、ねずみの国のお城が大好きな先輩だしなぁ。私はどうしようかしら。〉

結衣は少し考え込んだ。


〈制作対象のキャラ達のことをより深く調べようとすれば、その武将がいたお城に行くのは当然なんだけど・・・。社長と2人かぁ。〉


「冷たすぎない?」

と、先輩に詰め寄る社長。

「普通ですよ。」

と、笑顔で先輩に駄目だしされる社長。

ある意味、楽しそうな2人をちらりと見た結衣は、社長が人畜無害との噂を信じることにする。


〈現地の博物館の学芸員さんのお話とか資料とかすごい参考になるのよね。何と言っても金欠な私を無料で現地まで運んでくれるのがイイ。〉


そこまで考えた結衣は、深々と社長にお辞儀をした。


「よろしくお願いします。」


「よし、早速、今週の土曜日からスタートしよう。記念すべき第一回目は屈指の名城『杉山城』がいいかな。」


社長の快活な声に結衣も明るい土日を予想していた。

だが、結衣はこの決断をすぐに後悔することになる。

社長の城巡りは、朝早く出発し、ひたすら歩くのだ。


休憩がほとんど無い。

〈社長って、泳ぐのをやめたら死ぬマグロみたい。〉


「休憩しないんですか。」

ゼーハー、ゼーハーと荒い呼吸で結衣は、50代のくせにやたらと元気溌剌げんきはつらつな社長に尋ねた。


ものすごく不思議そうな顔を結衣に向けた社長が答える。


土塁どるいや石垣、堀とか、お城のパーツを見ていたら、当時の人たちの情景が浮かんできて感動に包まれるだろう。そうすると、ほら、元気があふれ出てくるじゃないか。」


両手を広げウットリと語る社長を恨めし気に結衣は見る。


「分かりません。」


やっと、絞り出した声に社長は、ポンと手を打った。


「谷沢さんもすぐにそうなるよ。」


優しい笑顔で答えた社長に結衣はこっそりと思った。

〈いいえ、未来永劫ありえません。〉

結衣がそう思うのも仕方がない。


時間が惜しいと言って、社長はお昼ご飯を食べない。

正確に言うと、ゼリー飲料を歩きながら食べ・・・、まないでジューッと一息で飲む。


別にケチだから、という訳ではない。

なぜなら、夜ご飯はバッチリおごってくれるからだ。

疲れ果てた結衣が口にできる食べ物は少ないけれど・・・


さらに、180センチを超える社長の一歩は、ゆうに結衣の二歩はある。

グイグイ歩く社長とほぼ走っている結衣。

〈体力お化け過ぎる・・・〉


「もう少し、思いやりを持ってください。」

「現地の食文化を楽しみましょう。」

「お土産がお酒ばっかりじゃないですか。」


半泣きで訴える結衣を心外そうな表情で見てくる社長に、結衣は心から思った。

〈独立して会社を興す人は、一般人とはどっか違うのね。〉


何度かのクレームを突きつけて、ようやく社長の行動が改善されたころには結衣の足腰は相当に強化されていた。


お陰様で一人でも十分に城巡りを行けるようになった結衣は有給を取って武将ゆかりの地を行脚あんぎゃして行く。


そして、軍事拠点としてだけでなく統治・シンボル・住居など様々な目的のために用いられた城の奥深さに魅了され、めでたく結衣は城ガールの一人となった。


そう、結衣は社長が言う通り、城のパーツを見て、うっとりする女子になったのだ。


社長と城巡りをスタートして数か月が経った頃、結衣がどうしても行かなければいけない城が出現した。


その名を『大鍬形城おおくわがたじょう』という。

次に制作予定のキャラに関わりがある城だ。

伝承が残っている程度で、詳細不明な山城である。


建築物は残っていないが土塁や堀切ほりきり曲輪くるわなどの遺構が残っている。

山中に築かれた城だけあって、人里離れた不便な地に存在する。

最寄駅から徒歩2時間かかる地点にあり、バスも数時間に1本か2本と車を持っていない結衣にとってはハードルの高い城である。


〈さて、これは一人で行くのは難しいわね。〉

悩みに悩んだ結衣は、どう見ても忙しそうな社長を誘うことにした。


「社長、大鍬形城に行きませんか。」


机に突っ伏して瀕死状態の社長は、結衣の声に反応して資料らしき紙束をフラフラと持ち上げた。

その資料を手に取った結衣は、書かれたタイトルを読み上げる。


「えーと、『悪女インテゲリムムの華麗なる復讐』企画書・・・」

〈確か、A社から受注した仕事だったよね。順調に制作しているはずだけど、どうしたのかしら。〉

はて?と不思議に思った結衣に突っ伏したままの社長が答えた。


「クライアントから企画に見直しが入ってしまった。なので、しばらくは無理。」


〈そんなに忙しいように見えないけど・・・〉

先輩たちも比較的のんびり仕事をしているのを知っている結衣は、念のために質問する。


「何かお手伝いできることとかありますか。」


「谷沢さんは社長思いだねぇ。でも、今は俺だけの出番なので、みんなは平常運転で大丈夫。」


ガバッと体を起こした社長が嬉しそうな顔で答えた。


「そうなんですか・・・」

〈お愛想で聞いたんだけど、社長思いとか盛大な勘違いを解くべきかしら・・・〉

悩み込んだ結衣を見て、社長は誇らしげな表情を浮かべた。


「谷沢さんの優しさに感動したので、大鍬形城まで車を出すよ。」


「そっ、そんな悪いですよ。」


「気分転換にドライブを楽しむから気にしないでいいよ。」


恐縮するふりをしながら結衣は素早く考えた。

〈あれ、これってラッキーじゃない。問題は城からの帰りね・・・〉


「谷沢さんが何時に下山するから分からないから、谷沢さんの自転車を積んでいくよ。帰りは自転車で駅まで行けば平気だよね。」


今や自転車と共に色々な城へ出かけることを知っている社長は、結衣にとって最もありがたい提案をしてくれる。

〈自転車に乗れば駅まで1時間もかからないわね。電車も混んでないみたいだし、輪行しても邪魔にならないかな。〉

行きも帰りも全てがオールグリーンになった結衣は最高の笑顔を社長に向けた。


「そうですね。それでは、お言葉に甘えます。びしびし写真撮って来ますから。」


そして、週末。

大鍬形城の登山口に立った結衣は、寂し気に去って行く社長の車にブンブン手を振っていた。

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