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沙魚丸軍記  作者: 藤城みゆき
本章
19/26

勘違い

遅くなったけど、自己紹介をするわね。


私、八上姫は絶世の美女と謳われた日本の女神!

恋多きモテ神、オオクニヌシとの日本最古のラブロマンスでも有名よ。


私とオオクニヌシの中を取り持ったのが、有名な因幡の白うさぎ!

騙されたことに怒ったワニザメに体中の毛をむしり取られた、あの白うさぎ。

ちなみに、白うさぎの名前は『稲葉』、かわいいでしょ。

一言多いのが玉に瑕だけど、ピョンピョン働いていくれる私のとっても可愛い眷属!


他の神々からは、八上姫と稲葉は口の悪さがよく似ていると言われるけど、全く同意できないわ。

だって、私は普通に喋ってるだけで悪意の欠片かけらもないんだもの。

私のことを辛辣しんらつ姫と呼ぶ一部のマニアックな神々たちからは、『罵倒してください!』ってお願いされることもあるのだけど、マジで謎。


まぁ、それはさておき・・・


手拭いを頭に乗せて、鼻歌まじりに温泉につかっていると、なぜか異世界の月詠様からお呼びがかかったの。


月詠様配下の秋夜叉姫が何かミスをしたらしく、

『八上姫様にヘルプの要請です!』

と稲葉が慌ててお風呂場に飛び込んで来たのには驚いたわ。


でも、もっと驚いたのは、月詠様が私を選んだことね。

〈高天原の私をなぜ?〉 

と頭を捻った私は、考えに考えた末、閃いたわ。


〈私と秋夜叉姫は、『アッキー』、『やがぴょん』と呼び合う大の仲良し。お優しい月詠様は、アッキーのミスを他の神々に知られないように大神友の私にこっそり片付けて欲しい、とお考えなのね。〉


納得しかけた私だけれど、やっぱり違うわ、と首を横に振り振りする。

〈武神としてのアッキーはとてもすごいのよ。大雑把なところがあるから、些細なミスをすることも多いけれど、大チョンボをする姿は想像できないもの。〉


先ほどの考えをあっさりと捨て去った私は、分かった! と可愛らしく手を打った。

〈旧暦の異世界では、来月は神無月。出萌いづもの国で催される神々の会議の準備のために、どの神も忙しいのね。うん、アッキーの些細なミスを処理する神がいないんだわ。〉


ヤレヤレと肩をすくめた私は、高天原から異世界の神界へ向かったの。

アッキーのために一肌脱いで、後で何かご馳走してもらおう、と言う本当に軽い気持ちで・・・


でもね。

月詠様からお話を伺った私は思わず叫んだわ。

「アッキー、何やってんの!」

と月詠様の御前にも関わらず、はしたなく大口を開けて・・・


その原因となった人間が私の目の前で何やら難しい顔をしているので、そろそろ、お話に戻ることにするわね。


◆◆◆


一度浮かんだ妄想はなかなか消えるものではない。

〈暴れ者のご令兄ってスサノオ様よね。と言うことは、八上姫様のお父さんはスサノオ様よね。一般人には想像ができない家庭よね。〉


うーん、と唸る沙魚丸の頬を八上姫がツンツンとつついた。


「どうしたの、そんな難しい顔をして。」


「えっと、その、何でもありません。」


〈近いです。もう少し離れて下さい。美人の破壊力、恐るべし・・・〉

リンゴの様に真っ赤な顔になった沙魚丸は八上姫の視線から逃れるように下を向く。


しかし、ささやかな抵抗も虚しく、沙魚丸の顎は八上姫のしなやかな指でクイッと持ち上げられた。


〈これは、憧れの『あごクイ』・・・。八上姫様が私のファーストキスの相手なのね。あぁ、秋夜叉姫様、浮気する私をお許しください。〉


そっと目を閉じた沙魚丸は、唇を少し突き出す。

しかし、唇に何かが触れる気配がない。


あれ?


と思った瞬間、沙魚丸のおでこにコツンと八上姫のおでこが当てられた。

〈『おでこコツン』なんて、少女漫画のお約束じゃないですか。私をどうするつもりですか、八上姫様。〉

憧れのポーズが2連発したことに沙魚丸の心臓の鼓動は一気に跳ね上がった。


しかし、沙魚丸のご機嫌妄想タイムもここまでである。

スッとおでこを離した八上姫はボソッと呟く。


「熱があるわ。挙動不審だと思っていたけど、熱のせいだったのね。」


熱があっても神界だから大丈夫よね、と独り言を言った八上姫の横で沙魚丸はガックリと肩を落としていた。

〈ううっ、酷い。見事に乙女心を弄ばれてしまったわ。〉


傷心の沙魚丸だが、八上姫にガシッと手を握られた。

ほえっ? と顔を上げると、目の前に可愛らしい八上姫の顔があるではないか。

〈えっ、何。続きが始まるのですか?〉

期待に胸を膨らませる沙魚丸に、目をキラキラさせた八上姫が問いかける。


「貴方は日本から来たのよね。」


「はい。そうです。」


「私のことも知っているのね。」


「えぇ、まぁ、はい。ほんの少しだけですが・・・」


うふふ、と笑った八上姫が空中に何か文字を書き始める。

〈何、何、何が始まるの。〉

興味津々に見ている沙魚丸は、アッと驚いた。


八上姫が書いた文字が空中にフワフワと浮かんでいるのだ。

〈そうよね、女神様だもの。これぐらい、お茶の子さいさいよね。〉

ゴクリと喉を鳴らす沙魚丸の前に八上姫がサッと手を広げる。


「はい、これは何て読むでしょうか。」


そこには、『月詠様』と言う文字が浮かんでいた。


「えっと、『つくよみさま』です。」


「正解!」


パチパチ、と手を叩いた八上姫は、もう一つに手をかざす。


「じゃぁ、こっちは。」


目を移した沙魚丸は『月読様』と言う文字を見た。


「『つくよみさま』です・・・」


何かのひっかけかしらと沙魚丸は自信なさげに答えた。

すると、正解を期待する笑顔を浮かべる八上姫と目が合った。

だが、沙魚丸にはさっぱり分からない。

泣きそうな顔でこちらを見て来る沙魚丸に八上姫は苦笑する。


「こちらの世界のツクヨミ様は『月詠様』で、日本のツクヨミ様は『月読様』でしょ。さぁ、どうかしら。」


あっ、と声を漏らした沙魚丸は、すぐにコクコクと頷いた。

〈なるほど。そういうことだったのかぁ。そうでした、ここは異世界。発音は一緒でも別の神様なのね。私、とんでもない勘違いをしてる。〉


謝ろうとした沙魚丸の頭を八上姫が優しくなでなでしてくれる。

あまりの気持ちよさに魂が抜けたような顔となった沙魚丸。

魂から魂が抜けるの?と思わないでもないが、ついつい快楽に身を委ねてしまう。


「日本から来た子なら勘違いしちゃうわよね。この世界は地球とよく似た世界。でも、完全に一緒ではないから知っている知識に振り回されないようにね。これは私の神友、秋夜叉姫があなたに迷惑をかけたささやかなお詫びのアドバイス。」


申し訳なさそうな笑顔を浮かべた八上姫に、罪悪感をおぼえた沙魚丸はサッと頭を下げた。


「私、ご令兄様をスサノオ様と勘違いしました。」


その時、八上姫の可愛い顔が恐怖に歪む。


「やめて、絶対に違うから。貴方、引きこもりのご令姉を天照大御神様と思ったのね。日本の最高神よ。私は思ってないからね。もう、怖いこと言わないで。」


天岩戸あまのいわとにお隠れになったけど、引きこもりとは言わないわ、と八上姫はブツブツ呟く。

場の雰囲気を和ませようと、沙魚丸は余計なことを口走ってしまう。


「八上姫様ってスサノオ様の娘なのに、ごちゃごちゃになってしまいました。」


あはは、と笑う沙魚丸の頬を目にもとまらぬ速さで八上姫がガシィッと掴んだ。

その顔は暗黒神を思わせるような暗い顔をして、瞳が妖しく光る。

ニイイ、と背筋がゾッとするような笑みを八上姫は浮かべた。

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