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沙魚丸軍記  作者: 藤城みゆき
本章
15/26

第15話 嘘

〈私、頑張るわ! 沙魚丸君、あの世から見守っていてね。〉


死者への誓いを終えた沙魚丸には為すべきことがある。

厳しい現実と向き合うことが待っているのだ。


沙魚丸は心の中で盛大にため息をつく。

人様の尻拭いをするのは気が重い。

まして、今回は女神様の尻ぬぐいときた。

さて、どうしたものかと沙魚丸は首を傾げる。


源之進の求めに応じて、素直に神界の話をしてみようかしら、と沙魚丸は考えた。

だが、秋夜叉姫とのやり取りを思い出し、沙魚丸はダメだぁと頭を抱える。


脳裏に浮かぶのは、涎池とか、女神への抱きつきとか、日本の神へ復讐を誓うとか、ろくでもないことばかり・・・

〈これは言えない、口が裂けても言えないわ。沙魚丸君のイメージがどん底に落ちてしまうもの。〉


その時、沙魚丸の迷いを祓うように、パンと手を打つ音が響いた。


「分かりました!」


胸の前で手を合わせた小次郎のみずみずしい声が沙魚丸の胸を打つ。

穢れを感じさせない若者の声に、癒されるわぁ、とホンワカするのも束の間、

〈えっ、もうバレたの!〉

と汗が吹き出す。


ゴクリ、と唾を飲み込んだ沙魚丸は

〈そうよね、気づかない方がおかしいよね。〉

と納得した。


乳兄弟なのだ。

生まれた時から一緒にいるのだ。

いつもの沙魚丸ではない、と小次郎が看破するのが当たり前なのだ。

いや、むしろ、個人的には気づいて欲しいかも、と思ってしまう。

〈だって、沙魚丸君にとって、小次郎さんは心の友なのよ。〉


しんみりする沙魚丸は、ちょっと待って、と首を横に振る。

〈私のバカ、バカ。今、身バレたらヤバいのよ。私は妖狐とみなされて、妖狐を祓う儀式が開かれるかも。〉

儀式を想像し、恐怖で口から心臓が飛び出しそうになる。


さぁ、早く聞いて下さい、と目を輝かせる小次郎を前に、沙魚丸はギュッと袴を握りしめ、震える声で小次郎に尋ねる。


「なっ、何が分かったんですか。」


ニッコリと微笑んだ小次郎が、自分の胸をトンと軽く叩く。


「沙魚丸様が木から落ちた時、沙魚丸様の全身がフワッと青白く光ったのです。女神様が沙魚丸様をお救いになった光ではありませんか。」


あぁ、神様、と沙魚丸は目をつぶった。

〈セーフ! 何だか残念だけど、セーフよ。〉


乙女心は複雑ね、と呟いた沙魚丸は、やれやれと肩をすくめる。

〈もう、勘弁してください。また、知らない情報が出て来たんですけど。〉


しかし、たそがれている場合ではない。

またしても、小次郎が待っているのだ。


「その通りです。あの時、私は女神様に救われたのです。」


「やっぱり!」


喜ぶ小次郎に沙魚丸は良心の呵責を覚える。


〈うぉーん。秋夜叉姫さまぁ。もう無理です。『嘘はバレる。少しでも良心があるなら嘘はやめとけ。嘘に嘘を塗り固め、幾度も嘘をつき、それでも少しも心が痛まないなら天性の嘘つきだ。うん、お前は正直に生きた方がいい。』って、昔、社長に言われたんです。私に嘘は無理です。〉


だが、秋夜叉姫からの返事は無い。


〈ちくしょー。もう泣き言を言ってる場合じゃないわ。沙魚丸君の記憶を総動員して、神界での話を加え、最後に私の生き方をパラリと乗せて、二人を納得させるしかないわ。〉

ドキドキする胸を押さえ、はふーと息を吐いた沙魚丸は慎重に話を切り出す。


「私には仇がいます。」


沙魚丸の一言にビクッと反応したのは源之進だった。

何か言いたげな表情をする源之進に対して、スッと手を上げた沙魚丸は話を続ける。


「私は母の仇を討たなければなりません。ですが、仇が誰なのか分かりません。」


カッと胸が熱くなる。

〈熱い。沙魚丸君の無念が胸を焼いているのね。〉

焼けるような胸の痛みをこらえ、沙魚丸は言葉を絞り出す。


「源之進さんの家に移る前、私は仇を討てるよう神に願掛がんかけをしたのです。その願いを叶えるために、私は一言も話さないと神に誓ったのです。」


沙魚丸は唇を噛みしめる。

〈やめて、沙魚丸君と優しいお母さんの記憶を見せないで。泣いちゃうじゃない。〉

肩を震わせる沙魚丸を前にして、二人は押し黙った。


しかし、小次郎は口を開く。

沙魚丸が願掛けを中止した理由を聞かずにおれなかったのだ。


「沙魚丸様は、女神様に仇の名をお聞きになったのですか。」


いいえ、と沙魚丸は頭を横に振る。

気持ちを落ち着かせようと沙魚丸は大きく深呼吸をする。


「女神様は私に薙刀を向けて、『仇は自分で探し討ちなさい。立派な主君になり、民を安んずるために努めなさい。』とさとされたのです。」


二人が身じろぎ一つすることなく、沙魚丸の声に集中しているのを確かめた沙魚丸は目を閉じた。

〈つかみはオッケー! さぁ、ここからが本番よ。がんばれ、私!〉

ゆっくりと目を開けた沙魚丸が凛々しい声で話し始める。


「女神様は、『私を見守っている。』ともおっしゃいました。立派な主君となるために、まずはあなたたち二人に認めてもらえるよう頑張ろうと思っています。今までの私と色々な点で違和感があると感じるかもしれませんが、補佐して欲しいのです。」


話し終えた時、沙魚丸は二人の手を握ろうか悩んだ。

〈愛読書の主人公はこういう時、手を優しく握っていたわね。でも、あれは女子向けだったしなぁ。男向けでも通じるのかしら。想像すると・・・、うーん、絵面がちょっと一般向けじゃないような・・・〉


悩みまくった沙魚丸は、手を握るのをやめた。

理由は簡単だ。

二人の手を同時に握るには、二人の距離が少々離れ過ぎていたのだ。

〈無理すれば、いけるけど・・・。マヌケよね。〉

大きく手を広げた姿を想像し、沙魚丸は苦笑した。


一方、沙魚丸の言葉に聞き入っていた源之進は、完全なパニックに陥っていた。

両親を失い、椎名本家から追い出された沙魚丸を源之進が世話をするように命じられたのは、沙魚丸が5歳の時。

〈当家に来る前に仇を討つと誓ったと申されたが、仇とは母君の百合様を殺した者に他ならない。しかし・・・〉


沙魚丸の母、百合は糀寺こうじでら騒動と呼ばれる椎名家の内乱で死んだ。

その騒動について語ることは、固く禁じられているのだ。


それをどうやって5歳の子供が知ったのか。

いや、それはいい。

沙魚丸が大きくなったら、源之進が話そうとしていたことだから。


ここまで考えた源之進の心はズンと重くなる。

〈沙魚丸様が仇討ちをお考えとは全く知らなかった。それに、御幼少の頃から一言もお話にならないのは、百合様が身罷られたせいとしか考えてこなかった。〉


「お言葉を疑うことなど無い、か。とんでもない戯言ざれごとを吐いてしまったな。」

ボソリと呟いた源之進は腰に差していた脇差を前に置いた。


源之進の心は張り裂けそうだった、いや、悔しかったのかもしれない。

〈傅役を命じられておきながら、私は沙魚丸様の御心を何一つ分かっていなかった。信頼関係を結べなくて、何が傅役か。〉


源之進は柔らかな微笑みを浮かべ、決意を述べようと沙魚丸の顔を見た。

この時、沙魚丸の全身に鳥肌が立った。


〈何よ、その澄み切った瞳は。やめてよ、この世に未練無しみたいな顔をするの。それに、脇差を置かないでよ。切腹するみたいじゃない。〉

源之進に次の言葉を言わせてはいけない、と思った瞬間、沙魚丸の両目から涙が吹き出した。


「ダメです。許しません。源之進さんが私より先に死んだら不忠者として、末代まで祟ってやります。」


沙魚丸は源之進の脇差を抱え、泣き叫んだ。

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