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沙魚丸軍記  作者: 藤城みゆき
本章
12/26

第12話 イケボイス

戦場で鍛え抜かれたであろう錆声さびごえを両耳に捉えた沙魚丸は驚いた。

〈これが叔父上の声。なんてこった・・・〉


悶え始めた心を必死の思いで捻じ伏せることに成功した沙魚丸は、いやいやビックリだわと心の中で呟く。

〈推し声優みたいな声を出すんだもん。理性が吹っ飛びかけたわ。〉


小次郎さんには気づかれていないわね、と胸を撫でおろした沙魚丸はニヤリとする。

〈金縛り状態に最高の癒しタイムね。イケボありがたく頂戴します。〉

沙魚丸は全神経を耳に集め、一声たりとも漏らすものかと聞き耳を立てる。


「沙魚丸は大丈夫なのか?」


〈おおっ、渋い声で私を心配しているわ。見かけに反して、優しいのね。〉

浮き立つ沙魚丸の耳に、源之進の朗らかな声が響く。


「気を失われだけでお体には傷一つございません。」


〈くぅぅ、イケオジの声も素敵。イケボ二人から心配される私。お姫様みたい!〉

だが、ウッキウキの沙魚丸の心を折るような音が炸裂した。

雨情が持っていた木をボキッと折ったのだ。


「とぼけるのはよせ。12歳にもなって木から落ちて失神したのだぞ。武将として、いや、人のあるじとしてやっていけるのか、と聞いているのだ。」


〈あらら。叔父上は別の意味で心配していたのね。ガッカリだわ・・・。しばらくは二人の会話を聞いた方がよさそうね。〉

妄想は中止、と沙魚丸は源之進の返事に耳を澄ます。


ご心配いりません、と無難な答えを雨情へ返そうとしていた源之進は思い直す。

〈ここは素直な気持ちをぶつけるか。雨情様ならお分かり下さるだろう。〉


昔から色々と面倒を見てくれる雨情に対して口先だけ取り繕っても仕方ないと考えた源之進は焚火の火を強くした。

赤々とした炎に照らされた源之進は、ゆっくりと口を開く。


「我ら千鳥ヶ淵家の者は沙魚丸様を主として命尽きるまでお仕えすると誓っております。」


燃えるような瞳の源之進に見つめられた雨情はチッと舌打ちをする。

〈世渡り下手にもほどがあるわい。〉

やれやれと雨情は肩をすくめた。


「千鳥ヶ淵家と言うがなぁ・・・。もうお前たち親子二人しか残っておらんではないか。」


「我ら親子二人で十分でございます。此度の戦で大暴れし、大将首をご覧に入れましょう。」


その口調から源之進がゆるぎない決意を述べたのだと雨情は理解した。

〈一騎打ちの時代ではあるまいし、二人で功を上げるなど無理なことぐらい分かっておろう。いや、違うか。歴戦の猛者が最後まで追い詰められたと言うことか。悲愴を通り越して、滑稽と言うべきか・・・〉


憐れすぎて見ていられん、と源之進から視線を外した雨情は焚火に枯れ枝を放り込んだ。

枯れ枝に火が移るのを見ながら雨情が低い声で呟く。


「勇ましいのは良いが、お前たち親子は沙魚丸を連れて戦場を駆け回るつもりか。小次郎も合戦の経験は少ないし、己のことで精いっぱいであろう。何より、木から落ちるようなマヌケを守っていては、手柄どころか、命が幾つあっても足らんぞ。」


「それは・・・」


「いい加減に強がるのはよせ。儂の家来になればよいのだ。そうすれば、お前と小次郎だけではない。妻のお琴にも楽をさせてやれるではないか。」


〈このまま朽ち果てさせんぞ。お前には一軍を率いる才があるのだからな。〉

源之進を翻意させようと雨情の目にも声にも熱がこもる。

だが、源之進はゆっくりと頭を下げた。


「ありがとうございます。ですが、沙魚丸様をお守りすると誓ったのです。」


「もう十分ではないか。いつまで死人に忠を尽くす。沙魚丸は僧にすればよいのだ。あいつも命を狙われる心配もなくなって、万々歳ではないか。」


首を横に振った源之進は脇差を外し、雨情へ差し出した。


黙って受け取った脇差を見て、

「お前が持っていたのか。」

と、雨情は寂しそうに言った。


「傅役を拝命した時、百合様から沙魚丸様を良き武将に育てるように厳命されました。殿の御意志でもあります、と春久様の脇差を拝領したのです。」


懐かし気に脇差を眺める雨情から反論がないことを確認した源之進が言葉を続ける。


「今でも耳にはっきりと残っております。『沙魚丸は必ず椎名家を支える武将になります。源之進、頼みましたよ。』と申された百合様の朗らかなお声が。」


「そうか。兄上と百合様がそう言ったか・・・」


ふっ、と雨情は笑い、源之進に脇差を返した。


「沙魚丸はいい家臣をもって幸せなことだ。」


「恐れ入ります。」


頭を下げた源之進の肩に、だがな、と言って雨情はゴツゴツした手を置いた。


「そこまで決意しているのであれば、傅役として沙魚丸の軽挙妄動を何とかせい。沙魚丸のせいで、今日の予定は無茶苦茶ではないか。こんな森の中で野営になるわ、飯も兵糧丸が二つだけ。行軍を停止した隙に渋柿を採りに木に登り、挙句に落ちて失神。とてもではないが、大将を任された者のすることではない。」


雨情の厳しい口調に源之進は力なくこうべを垂れた。

耳を澄ませて聞いていた沙魚丸は、まじかぁ、と驚いていた。


〈色々と衝撃的なお話が山盛りでしたが、何と言っても沙魚丸君の死因よね。まさか、木から落ちて死亡したとは・・・。私も山から落ちて死んだから、仲良しね。じゃなくて、どうして渋柿なんて取りに行ったのかしら。叔父上にぶつけるため?〉


柿を取りに行った理由を記憶に求めた沙魚丸は、泣きそうになる。

〈小次郎さんに柿をあげようとしたのね。小次郎さんは干柿が好きだから・・・。でも、木から落ちただけで死ぬなんて、死ぬ時は呆気ないわね。〉

打ち所が悪かったのかしら、と沙魚丸が考えていると源之進の声が耳を打った。


「申し訳ございません。私の不注意でございます。」


「まぁ、よい。詳しいことは後で申すが、この戦、大きな武功を立てる機会は無い。沙魚丸が大将として無事に国に戻るだけでよいのだ。椎名家中でも屈指の槍遣いのお前としては不満かもしれぬが、此度の戦は政治がらみだと心得ておけ。」


「しかし、それでは、沙魚丸様の行く末は・・・」


「心配するな。このまま沙魚丸を僧にしてみろ。あの世に行った時、兄上にどやされかねん。今は黙って儂の言うことに従え。」


「分かりました。」


二人の会話をフムフムと盗み聞きしていた沙魚丸の体に、突如、雷が落ちたような衝撃が走る。

〈うわっ。何、何。あっ、インストール完了したのね。これで体が動かせるようになったのね。〉


体の感覚を取り戻した沙魚丸は股に違和感を感じる。

〈これが噂のゾウさんか・・・〉


さらに、胸にも違和感を覚える。

〈いつもより軽い。まぁ、使わないし。いっそ、清々したわ。〉

などと強がる沙魚丸は、付いたり、消えたりと忙しい体に戸惑いつつも確信した。


この体は間違いなく女ではない、と。


〈うーん、違和感はあるけど、すぐに慣れるよね。男かぁ。そうかぁ、私って、本当に男になったのねぇ。雌から雄かぁ。そう言えば、オキナワベニハゼは両方向に性転換するよね。と言うことは、沙魚丸だけに女に戻る日がくるかも・・・〉


下のは邪魔だなぁ、と思った沙魚丸は男のメリットにも考えを巡らす。


〈男ってことは、生理痛とサヨナラ。いやっふー! さらに、各所の毛の手入れからもサヨナラ。素肌万歳! ウェルカム・ノーメイク!〉


一先ず、男になったことに喝采を上げる沙魚丸であった。

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