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沙魚丸軍記  作者: 藤城みゆき
本章
11/26

第11話 焚火

結衣はこみ上げて来る自己嫌悪と戦っていた。

〈カッコつけて英語で叫んだけど、秋夜叉姫様は英語大丈夫だよね。〉

仮にも女神様なんだし・・・、と一旦は納得した。


だが、もしも通じていなかったら、と考えた結衣の心は後悔でいっぱいになる。

英語のセリフはいいとしても、サムズアップは失敗だったかも・・・

暗闇に閉ざされそうになる結衣の心に、一筋の光が射す。

そう、秋夜叉姫の優しい笑顔を結衣は思い出したのだ。

〈秋夜叉姫様はできる女神様だから大丈夫!〉

結衣はあっさりと気持ちを切り替えた。


〈それにしても、時間がかかるわね。〉


結衣がラノベで蓄えた知識によれば、一瞬で転移しているはずなのだ。

こんなにも時間がかかるのは見たことも聞いたこともない。


しかも、目が開かないし、耳も聞こえない。

さらに、口も閉ざされたまま。

それどころか、腕も足も体のどこも動かないのだ。


能天気な結衣であっても、さすがに不安になってくる。

〈もしかして、転生に失敗したのかしら。〉


こういう場合は聞いた方が早い。

『秋夜叉姫さまぁ、出てきてぇ。』


大声を上げようとしたが、悲しいことに口が開かない。


〈もう、いいや。〉

結衣は不安がるのをやめた。

月詠様って上司がいるみたいだし、神様なんだから部下の尻拭いは絶対にするはず、と結衣は考えた。

坐禅に通ったことのある結衣は、心静かに己の内面を見つめることにした。(決して、坐禅後の抹茶とお菓子が目当てではない。)


ものの数秒で違和感を結衣は感じ取った。

〈あれ、私の記憶じゃない記憶がある。これは、沙魚丸君の記憶かしら。と言うことは、成功したのかな。〉


好材料の出現に沙魚丸の心に一斉に花が咲く。

不安から解放された結衣は、じわじわと魂が体に浸透しているのが分かった。

〈私の魂を沙魚丸君の体にインストール中ってことなのかな・・・〉


この状況を説明するのに、使い慣れているPCで例えてみたのだが、我ながらいい例えじゃない、とニンマリする。

〈でもねぇ、説明が無いのはしんどい。しんどすぎる!〉


今度、秋夜叉姫様に会ったら文句を言おうと沙魚丸が誓った時、突然、ドクンと心臓が大きく跳ね上がる。


ぐはぁ!!


動かせない体のまま、衝撃に貫かれた結衣は心の中で叫ぶ。

〈これって、血を吐くシーンに定番よね・・・〉

そのまま、結衣は気を失った。


少しして結衣は意識を取り戻した。

〈魂と体が合体すると衝撃が走るのね。こういうのは事前に教えてもらわないと困るわ。〉


そして、体を動かそうとするが、まだどこも動かない。

長いインストールだなぁ、と嘆いた結衣は、これからのことを考えることにした。


〈結衣のまま行くよりは、身も心も椎名沙魚丸になるべきね。沙魚丸って戦場で呼ばれて、ほんの僅かでも反応が遅れたら、致命傷になるかもしれないもんね。よし、誰が何と言っても、私は沙魚丸よ。心の声も全部、沙魚丸だから!〉


ここで立ち上がって拳を突き上げたいところだが、動かない身では何とももどかしい。

〈さて、沙魚丸君の記憶だと柿を取ってるところで終わっちゃったのよね。とりあえず、状況確認をしたいんだけどなぁ。あっ、目が動く。〉


よっしゃぁ、と勇む沙魚丸は目をうっすらと開く。

おおっ、と心の中で叫んだ沙魚丸は、ぱっちりと目を開けた。

〈すごい星空。宝石を散りばめたよう・・・。いえ、圧倒的な星空に潰されそうって言うのかしら。あっ、流れ星。キレイ!〉


ほわぁー、と満天の星に心を奪われた沙魚丸。

しばらくして、全く活動していなかった耳が復活していることに気づいた。

〈何だろう、パチパチって音がする。聞いたことがあるわね。〉


音の正体を確かめようと沙魚丸は目をぐりんと動かした。

傍から見ると、目だけをぎょろぎょろと動かす少年と言うのは、ホラー映画そのものなのだが、幸い誰も沙魚丸の間近にはいない。


沙魚丸の目が捉えたのは、赤々と燃える炎だった。

〈焚火がぜる音だったのね。焚火の炎が揺らめいてロマンチックね。あら、誰かいるわ。〉


焚火の向こうで二人の男たちが何やら話している。

〈頭が動かせないって、もどかしいわね。〉


可動域一杯に目を動かした沙魚丸は、男たちの顔を識別することに成功した。

〈えーっと、あれは誰だ。〉


沙魚丸は二人が誰なのかを記憶に求める。

〈シブオジの方は・・・。何か言われた記憶があるわね。どれどれ。〉

『赤子の頃に会ったではないか。儂を覚えておらんのか。』

〈うわぁ・・・、ドン引きだわ。覚えてる訳無いでしょ。沙魚丸君は、叔父上って言ってるから、お父さんの弟なのね。〉


名は、常盤木雨情ときわぎうじょう

沙魚丸君のお父さん、椎名春久(はるひさ)の実の弟。

姓が違うのは、婿養子にいったから。

椎名家重臣の常盤木紅雨(こうう)の次女、有紀をめとり紅雨の跡を継いだ。

〈まぁ、こんなとこかしらね。おや、記憶の奥底から何か言われた内容が出て来たわ。〉


雨情からの言葉を紐解いた結衣は、じじぃ、と心の声を漏らしてしまう。

〈うん。記憶の奥底に沈めた理由が分かったわ。この叔父上はしんどい。〉


雨情とは距離を取ろう、と心のメモに書いた沙魚丸は、もう一人の人物のことを考える。

〈えーっと、この人は傅役もりやくなのね。だけど、あんまり家にいなくて滅多に会えないのかぁ・・・。〉


名は、千鳥ヶ淵(ちどりがふち)源之進(げんのしん)

沙魚丸の母、百合の幼馴染であり、父、春久より沙魚丸の傅役を命じられた。

〈一番頼りにしたい人か・・・〉

なるほどね、と沙魚丸は心の中で頷いた。

イケオジだしね、とコッソリ思う沙魚丸だった。


パキ


会話をしている二人の近くで木の枝を踏む音がした。

源之進の前で立ち止まった人物が誰なのかすぐに分かった。

〈この子が沙魚丸君の心の友ね。本人には伝えてないみたいだけど。〉


名を千鳥ヶ淵小次郎と言う。

源之進の次男である。


更なる記憶を得ようと沙魚丸が頑張ろうとした時、小次郎のういういしい声を聞いた沙魚丸は耳に全神経を集中する。


「父上、只今、戻りました。」


「すまなかったな。それでは、沙魚丸様を頼む。」


「はい。」


二人に一礼した小次郎が沙魚丸の方へやって来る。

〈ヤバい。〉

沙魚丸は慌てて目を閉じた。


心臓の音がやけに耳につく。

〈心臓うるさい。ちょっと止まって。意識があるのがバレたらどうするのよ。〉

本当に止まったらどうするのかなど考えもせず、自らの心臓に文句を言う沙魚丸の横に小次郎が静かに座った。


辛そうなため息を一つ漏らし、小次郎は沙魚丸の額の手拭いを交換した。

〈あぁ、ひんやり。〉

気持ちのよさに、声を漏らしてしまいそうになる。


「早く目をお開け下さい。」


小次郎の声は、弱々しく悲痛に満ちていた。

〈どうしよう。おはようって、飛び起きた方がいいのかな。〉


どんな起き方をするか悩む沙魚丸の耳に雨情の渋い声が届いた。

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