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沙魚丸軍記  作者: 藤城みゆき
序章
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第1話 谷沢結衣の日常

二十一世紀初め、ある戦国ゲームが発売された。

発売されるや否や、このゲームは空前の大ヒットを記録する。


スタイリッシュなキャラクターイラスト

豪華な声優陣

多数の武将をあやつり、敵を薙ぎ倒すゲームシステム

細部まで丁寧に作り込まれた内容


脚光を浴びるにふさわしいゲームと各誌が絶賛した。


だが、運営者たちにも想定外なことが起こる。

若い女性たちがこのゲームのとりこになったのだ。


この余波は多方面へと急拡大し、女性たちに熱狂的な戦国武将ブームを巻き起こす。


しかも、このブームは一過性に留まらない。

戦国時代をテーマとした大河ドラマや映画で数々のヒット作品が生み出され、戦国武将ブームの更なる後押しとなる。


熱狂の渦は戦国武将だけではなく、ゆかりのものへと広がっていく。

それまでは圧倒的に中年男性の趣味であったお城に興味を持つ女性までもが現れ始めたのだ。


キャラクターの聖地巡礼としての城巡りをきっかけとして、城そのものの魅力にハマって行く女性が続出する。

彼女たち城好き女子は『城ガール』と呼ばれ、SNSや交流会で情報交換を行い、城の魅力について語り合う友人となり、さらに城ガールを増やしていく。


そんな城ガールの一人に沙魚丸はぜまると名乗る人物がいる。

現代の日本で可愛い娘に沙魚丸と名付ける親は少ないだろう・・・


そう、沙魚丸とは、ペンネーム。

本名、谷沢結衣たにざわゆい


副業公認の会社に勤める結衣には、休日に個人の仕事を請け負うためのペンネームが必要なのだ。

結衣曰く、沙魚丸はかっこかわいいニックネームと胸を張るのだが、沙魚丸と聞いた者が一様に『かっこかわいいのか?』と首を捻ることを本人は知らない。


さて、結衣が戦国武将やお城にハマったのは、上記の戦国ゲームのせいではない。

時代劇ファンの祖母のせいと言っても過言ではない。

結衣はおばあちゃん子だった。

祖母が集めに集めた時代劇の映画パンフレットや写真集、小説、ご当地グッズなどをおもちゃ代わりに結衣は育った。


幼稚園の頃の結衣は、祖母が作ってくれる芋けんぴをボリボリと食べながら、

「ひかえおろー」

などと、祖母に俳優のモノマネを披露ひろうしながら時代劇を一緒に見るのが大好きな園児だった。


もう少し大きくなると、結衣は祖母を喜ばせようと戦国武将の勉強を始める。

「ばあちゃん、武田信玄って芋虫が嫌いだったんだって。」

などと、コタツでみかんを食べながら祖母に語る結衣は、あっという間に戦国武将の虜になっていた。

そして、ものの見事に歴女が誕生した。


短大を卒業した結衣は、社員数5名の小さなイラスト制作会社にどうにかこうにか就職するのだが、泣く泣く実家を出ることになる。

会社が実家から遠かったため、一人暮らしを始めざるを得なかったのだ。


イラストレーターとして入社した結衣だが、入社してすぐに不安に襲われる。

〈この会社、小さすぎて将来が不安だわ。〉

社歴もそこそこに長く、大手企業から安定して仕事を受け、財務的にも優良企業なのだが、社長が事務の全てを行い、トレイ掃除までやっているのを見た結衣の不安は夜も眠れないほどに増大する。

〈せっかく入った会社がすぐに倒産するなんて・・・〉

会社の倒産を危惧した結衣は社長に直談判する。


「経理業務もマスターしたいです。」


「入社したばっかりだから、まずは、イラストレーターとしての実力をしっかりと身に付けた方がいいよ。」


二足の草鞋わらじを履くのは大変だと言う社長に結衣はきっぱりと宣言する。


「絶対にご迷惑をおかけしません。それに、社長も経理の補佐がいる方がいいと思います。」


この一言は社長の胸に突き刺さった。

事務作業を誰か手伝ってくれないかなぁ、と常々社長は思っていたからだ。


「じゃぁ、試してみようか。」


ダメでもともとかな、と言う社長の呟きのもと、結衣の兼務は始まった。


始めはちんぷんかんぷんだった簿記だが、やり出すと面白かった。

〈言うとニヤニヤするから決して言わないけど、社長の教え方が良かった気がする・・・〉


「会計ソフトは便利だけど、ブラックボックスなんだよね。だから、全部やってた方がいいよ。」

〈何を言ってるんだろう、この人は・・・〉

と言う顔を向けた結衣に社長が手渡したのは、『総勘定元帳そうかんじょうもとちょう』・『仕訳帳しわけちょう』と小難しい文字が書かれた数冊のノートだった。


会計ソフトが無い時代に経理を覚えた社長は、一連の流れを全部やってみるのがいいと言うのだ。

「経理なんてものは、体で覚えるもんなんだよ。」

しみじみ語る社長の教えに従い、一連の流れをそらで出来るようになった頃、ようやく会計ソフトを扱う許可が出た。


そう、あの時の感動を結衣は忘れない。

「文明の利器ってすごいですね。」


感極まって一筋の涙をこぼす結衣を取り囲んだ社内の者は全員、拍手しながら言ったものだ。

「おめでとう、結衣ちゃん。」

と。


ほぼすべての経理業務をこなし、社長からも頼りにされるようになった結衣は、ようやくホッと胸をなでおろす。


イラストレーターとしての仕事を行いながら、資格勉強や経理業務を覚える日々は緊張の連続だった。

〈あれだけの啖呵を切ったのだし、もう無理ですとは言えなかったけど・・・。いやー、頑張ったな、私。〉

うんうんと頷く結衣も、心身共にゆとりができると、よく分からない寂しさに襲われる。


そこで、寂しさを紛らわせるのと、金欠でどこにも行けない辛さを解決するため、仕事で培ったスキルを思う存分発揮したイラストをSNSで掲載し始めた。


しばらくすると、ちょこちょことお仕事がもらえるようになった。

さほど条件のいい内容ではなかったが、頑張って続けていると、自身のスキルも上達し、知名度も上がっていく。

すると、案件も仕事条件も向上していく。

結衣はご褒美に買ってきた有名パティシエのケーキを食べながら、幸せを噛みしめるのだった。


ある日、戦国ゲームに登場する武将のキャライラスト制作の依頼が舞い込む。

「ひゃっほー。」

あまりの嬉しさに大声を出して飛び上がった結衣の部屋のドアを

「うるさいから静かにおし。」

と、大家さんが叩いたのは直後のことだった。


さて、ものの数分で『お仕事をお受けします。』と返事をした結衣だが、うむむ、と迷い始めた。

〈この指示書を読み解くのは私じゃ難しいわね。〉

ベテランに見てもらうべき指示書だと察知した結衣は、会社で相談に乗ってもらうことにした。

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