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怠惰を喰らう天使

 未明のオフィス街からは、あたたかな嘆きが聴こえてくる。働く者達は、覚醒に騙られ、悲鳴を完全に諦めた。


「未処理の書類は馳走である!宴だ宴だ!」 

「月月火水木金金!!」

「天使に捧げたこの身体、悪魔に身を売るくらいなら、過労尊死いくらでも」

「「「過労尊死!過労尊死!過労尊死!」」」


 どこからともなく、歓声が湧き起こる。ビルの谷間から響く「過労尊死!過労尊死!」の唱和は、大きく空気を震わせた。


 人々は休むことなく仕事に没頭する。その顔には、疲労と狂気すら混じる喜悦が浮かび、眩しくも哀しげな光が宿っていた。


 その顔は皆、濡れていた。寝汗か、点滴のしずくか、それとも冷水で叩き起こされた痕か。もう誰にも分からない。

 時計は落ち、砕け、散っている。時間など、怠惰な人間しか確認しない。



 彼らはそこまでして何を作ろうとしているのか。それはひとえに「命の労働化」だ。

 彼らにとって、肉体が動いているということは甘えであり、屈辱となる。そのため、命を犠牲にして労働をしたいのだ。

 それはもはや、事業の拡大や収益の増加を目的にはしていない。ただ、労働がしたいのだ。怠惰でありたくないのだ。




 全く理解ができない。動機の「不明」な輩ほど怖いものはない。僕と同じく、この光景に異常を感じる者はいるだろうが、抗えない。そして自然と彼らと同じに染まっていく。


 しかし僕は偶然にも、この循環から抜け出す機会を得た。悪魔が囁いてきたのだ。


 悪魔曰く、怠惰の悪魔の「ベルフェゴール」の血肉を、天使に喰われたから、一部の人間は怠惰な心を失ってしまったらしい。

 天使の作為は極端なようで、減らすのではなく失わせてしまった。


 悪魔の話を受け、彼らの動機は「天使」なのだと、何となく理解した。「宗教のようだ」とも思ったが、宗教は孤独を埋めるという効用があるのに対し、天使を信じることによる効用は考えられなかった。

 強いて類似した例を挙げるとすれば、超越者に従い、最悪には至らないようにするという防御反応に近しいのだろうか。





 謎の悪魔「ルーク」が僕に助囁助囁(ジョショウ)する。

「ダンテ、こいつはまだ神器を持っていない。生成する前に前に倒し切れ」

「ああ、分かった」


 強化を一切していない天使だ。最下級天使と呼ぼう。

 天使は、悪魔を喰らい、悪魔のエネルギーを利用して神器を生成する。しかし、目の前の悪魔はまだ何も持っておらず、神器が完成していないと思われる。今が絶好のチャンスだ。


 天使は、嘲るように口を歪ませ、顔をこちらに向ける。退化しているのか、取得できていないのだけなのかは分からないが、人でいう目のような器官は見当たらない。

 つまり、どこを攻めようとしているのか、予想が付かない。しかし、間合いに入れてさえしまえば倒せる。何せ相手は素手、間合いはこちらの方が有利だ。


 軽く一呼吸し、可能な限り精神を研ぎ澄ます。そして、「さあ、来い!」と、自身の弱い心を奮い立たせるため、強く叫ぶ。

 無駄に強く持ち手を握り、構えも隙だらけ。腰も引けている。しかし、決して目だけは離さない。


 ダンテの鋭い眼差しに危機を感じ取った天使は、素早く身を翻し、オフィスの窓を見る。

 しかし、「残念、逃げ道は封じさせてもらったよ」と、剣に変形したルークが、天使に嘲返すようにそういう。

 ルークは既に結界を作っていた。天使は逃げられない。


 そして、体の向きが変わった今こそ攻撃のチャンス。

 瞬時に間合いを詰め、上段の構えから、真下に振り下ろす。

 振り始めに、びゅんと軽い風切音が鳴る。そして、その勢いでは到底生まれないはずの、大きな斬撃音が、大量の黄色い血飛沫と、キンと甲高い不快な天使の叫び声と共に、オフィス内に鳴り響いた。


「決まったな、ルーク」

「ああ、さすがの天使も、急に剣が肥大化するとは夢にも思わなかったようだな」


 木刀程度の長さと重さの剣は、振りかぶりの最高速に到達したタイミングで肥大化し、天使を真っ二つに切り裂いた。


「とりあえず、今日のノルマは達成だろ? はー!疲れた疲れた!」

「はは、そうだな。早く甘いもんを食わせろ」

「はいはい、帰りに駄菓子屋に寄っていこう」

「おお、すばらしい」


 

 明け方過ぎのオフィス街からは、痛々しい嘆きが聴こえてくる。働く者達は、悪魔に囁かれ、体の悲鳴を感じ取った。


「未処理の書類は御免である……帰宅だ帰宅だ……」

「日日日日土、土、土……」

「悪魔に委ねたこの身体、例え地獄に行こうとも、今がよければそれでよし」

「「「其で良死、其で良死、其で良s……」」」


 どこからともなく、呻き声が聞こえる。ビルの谷間から響く「其で良死、其で良死」の唱和は、小さく空気を震わせた。


 彼らは先の戦いの全貌を知らない。


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