特機の存在
教室に戻ると、すでに五人の教官たちが揃っていた。
加えて、一人だけ雰囲気の違う男が立っている。
白衣を着ていて、腕にはタブレット型の端末――技術屋か。
――これは何だ?
訓練の続きか?
それとも、別の説明でもあるのか?
「早く席に座れ。説明を開始する」
田中軍曹の鋭い声が教室に響く。
その目が「グズグズするな」と言わんばかりに、こっちを射抜いていた。
――怖っ。
儂は内心で身震いしつつも、アキラと並んで素早く席に着く。
――生徒、儂とアキラだけじゃねぇか!
これが居残りってやつか。他の生徒は帰ったのか……羨ましい。
周りは軍曹たち、そして白衣を着た技術屋らしき男。
全員が厳つい顔で、鋭い視線を真っすぐこちらに向けている。
――儂、爺だったけど、こんな光景前世でも見たことない。
尋常じゃない圧迫感に、思わず背筋が凍る。
さっきの測定よりも、よっぽど精神にくる。
「では始める。今回、お前たちの特機型の性能、武装を決定するにあたり、過去の例――成功例と失敗例を踏まえた説明を行う」
田中軍曹の声が教室に響いた。
その隣にいた白衣姿の男が、一歩前に出る。
細身で眼鏡をかけた、中年手前といった風貌。
けれど、その目は鋭く、現場叩き上げ特有の迫力が滲んでいた。
「私は工廠主任技師のカブレラだ。今後、起動兵器の整備・調整・開発に関わる者として、お前たちとも関わっていくことになる」
柔らかな口調とは裏腹に、内に秘めた職人気質の強さが伝わってくる。
「よろしくお願いします!」
儂とアキラは声を揃えて頭を下げる。
「うむ」
カブレラ技師は軽く頷くと、タブレットを操作し、教室前方のディスプレイに映像を映し出した。
そこに映ったのは――巨大な特機だった。
しかし、何かがおかしい。いや、明らかに“盛り過ぎ”だろ、これ。
両肩に巨大なミサイルポッド、背中には大型キャノン。
さらに両腕にはガトリング、脚部には追加装甲――もはや武器庫が歩いているような状態だ。
「……これは?」
儂が思わず声を漏らすと、カブレラ技師が静かに説明を始めた。
「過去に、ある特機型パイロットの要望通りに造った機体だ。そいつは確かに適性はあった。だが、自信家でな……『これじゃないと乗らない』とまで言い張った」
――なるほどな。
パイロットがワガママ言った結果、こうなったわけか。
「で、技術班がキレて、『そこまで言うならやってやる』って感じで造った」
「はぁ……」
アキラが呆れ気味に小さく声を漏らす。
儂も同じ気持ちだった。
カブレラ技師がさらにタブレットを操作すると、映像が切り替わる。
そこには、先ほどの特機が爆炎に包まれている姿。
――そりゃそうだ。あんな鈍重なもん、的以外の何物でもない。
「結果は見ての通りだ」
カブレラ技師が冷静に言い放つ。
映像では、過剰な武装を搭載した特機が、身動き取れずに集中砲火を浴びている。
膝をつき、盾代わりに腕を構えた瞬間、全身が火に包まれ、映像が停止した。
「特機型は、性能も武装も自由度が高い。だからこそ、時にパイロットは『最強』を求め過ぎる。だが――機体もパイロットも、人間だ。無理をさせれば、こうなる」
カブレラ技師が眼鏡を押し上げながら、淡々と語る。
「この機体は、全身に重量兵装を搭載した結果、機動性を完全に失った。確かに、防御性能は高かった。だが、最終的に足止めされ、撃破された」
――身の程知らずが武装を盛り過ぎて、無様に沈んだ……ってことか。
胸が少し苦しくなる。
けれど――
「幸い、乗っていたパイロットは無事だった。緊急脱出装置だけは優秀だったからな。まぁ、こいつのおかげで脱出装備の信頼性は証明されたとも言える」
カブレラ技師が苦笑する。
儂もアキラも、安堵しつつも苦笑いを浮かべるしかなかった。
――とはいえ、ギリギリ助かっただけで、あれは完全に死にかけてたわけだ。
田中軍曹が口を開く。
「特機型は、その自由度ゆえに、パイロットの傲慢や慢心がダイレクトに反映される。結果、お前たちは“期待される存在”でありながら、“失敗すれば派手に死ぬ存在”でもある」
教室内が再び静まり返る。
「己を過信しすぎるな。逆に、機体に頼りすぎるな。そして――技術者を敵に回すな」
最後の一言に、軍曹たちからわずかな笑い声が漏れる。
「特機型の開発は、乗り手と技術者が二人三脚で行うものだ。お前たちは今日から、カブレラをはじめとする技術班と信頼関係を築きながら機体を作り上げていく。このことを肝に銘じろ」
田中軍曹の鋭い目が、儂とアキラを交互に射抜く。
「わかったか」
「はい!」
儂とアキラは、迷わず声を揃えた。
「では成功例だ。これは、田中軍曹の特機だ」
カブレラ技師がそう言いながら、ディスプレイに映し出された機体を見て、儂は一瞬、目を疑った。
――女性?
そう思わせるほど、しなやかで流麗なフォルムだった。
長い四肢、無駄のない曲線美。
一見すると、戦場で暴れる兵器というより、舞踏会で踊り出しそうな――そんな錯覚すら覚える。
だが、各関節部位に鋭利な装甲が重なり、要所要所に見える冷たい金属光沢が、これは間違いなく「戦うための機体」だと主張していた。
――え、軍曹、これに乗ってんの?
あの厳つい雰囲気で、こんな優雅な機体を駆る姿が、一瞬脳裏に浮かんでしまった。
――ギャップがすごい。
つい軍曹本人に視線を向けると、いつもの鋭い眼光。
腕を組み、こちらを睨むように立っている。
――いや、いかんいかん!失礼だぞ儂!
そう思ったが、視線のせいで、つい挙動不審になったのがバレたらしい。
「文句でもあるのか!岩村!」
「いえ!ありません!」
儂、反射的に背筋ピン。
――見ただけなんだが!?
心の中で必死に叫ぶ。
隣を見ると、アキラが肩を小刻みに震わせている。
――おい、笑うな!
儂も笑いそうになるのを必死に堪えながら、再び映像に集中する。
「《プリズム》――田中軍曹専用、精密強襲型特機だ」
カブレラ技師が冷静に説明を続ける。
「軽量で高機動。パイロットの繊細な操作を忠実に再現し、狙った獲物は逃さない。だが、速度と精度を極限まで追求した結果、防御性能は最低限だ。ただ――武装はえげつない」
その一言に、儂とアキラは思わず息を飲んだ。
映像では、《プリズム》がしなやかな動きで敵機の懐に滑り込み、巨大な振動刀を横薙ぎに振るう。
――ギュンッ!
一瞬で、侵略兵器が真っ二つに裂ける。
「……」
儂は言葉を失った。
「両手には高周波カタール。近距離では高速連撃で敵機を貫く。どれも“一撃必殺”だ。攻撃を受ける前に叩き斬る――それが《プリズム》だ」
映像は続く。
《プリズム》が敵機の間を駆け抜けるたび、鋭い刃が閃き、侵略兵器たちは一瞬で穴だらけになり、爆発していく。
――めった刺し。
文字通り、そう表現するしかなかった。
怖ぇよ、軍曹。
儂はごくりと唾を飲む。
隣のアキラも、さすがに引きつった笑みを浮かべている。
「私の戦場では、スピードが命を守る。そして、敵に“攻撃させる前に仕留める”ことが、生存率を最大限に上げる。もちろん、私一人の力ではない。サブパイロットの支えがあってこそだ。むしろ、あいつの存在こそが勝利を引き寄せていたと言っても過言ではない」
田中軍曹の声音が、わずかに柔らぐ。
「いいか。サブとは名ばかりだ。実質、戦場を支配し、状況を読み、適切な指示を出す司令官だ。私はそれに従い、刃として振るわれていただけだ」
低く、けれど確かな重みをもって言い切る。
「……わかったか?」
「はい!」
儂とアキラは声を揃えて返事をする。
その瞬間、田中軍曹の鋭い視線がぐっとこちらに向けられた。
「お前たちも、いずれそうなる。メインが刃なら、サブは柄だ。柄が脆ければ、どれだけ鋭い刃も、振り下ろせば折れる。メインだけが突出していてもダメだ。サブが導き、支えなければ、特機型は――いや、全ての機体は力を発揮できない」
軍曹の言葉が、胸に響く。
「サブだからと引け目を感じる必要はない。むしろ誇れ。戦場を支配し、仲間を生かし、敵を屠る――それを成すのが、サブパイロットだ。その役割を担うのはお前だ、水沢」
突然名を呼ばれ、アキラは少しびくっと肩を揺らした。
「は、はい!」
「岩村、お前もだ。刃であることに酔うな。お前が振るわれるのは、水沢が導くからだ。互いに支え合え。どちらかが欠ければ、お前たちはただの鉄屑になる」
「はい!」
儂も力強く返事をする。
隣を見ると、アキラがぎゅっと拳を握りしめていた。
あいつも、しっかり受け止めてる。
――儂たちは二人で一つ。
胸に刻む。
田中軍曹は満足そうに小さく頷き、鋭い目をさらに細めた。
「……忘れるな。その意識を持たない者から、戦場で消えていく」
その言葉が、重く教室に響いた。