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手加減しました

 測定に入る――が、儂はめっちゃ手加減した。


 いや、これはもう仕方ない。全力なんて出したら、とんでもない数値が出てしまう。


 さすがに「普通の新入生です」って顔をしていくには無理があるレベルになる。


 ――バカみたいな記録が出たら、間違いなく目をつけられる。


 儂は慎重に、自分が「ちょっと運動神経の良い一般人」くらいに見える程度で調整しながら動いていた。


 バランス感覚や反応速度も、必要以上に出さないように抑え込む。


 これでも十分良い成績に見えるだろう――そう思っていた時だった。


「レイ、もう少し早くても違和感ないわよ?」


 横からアキラが、ぼそっと囁いてくる。


 さすがに長年一緒にいるだけある。


「……そうか? なら」


 小声で返しながら、少しだけペースを上げる。ほんのわずか、ギアを一段階だけ上げる程度。


 動きにメリハリをつけ、わざとらしくならないように注意しながら。


「うん、その方が自然」


 アキラが満足そうに小さく頷く。


「ありがとう」


 儂もぼそっと返す。そのやり取りだけで、少し肩の力が抜けた。――こいつがいるなら、なんとかなりそうだ。


 時折、田中軍曹の方をちらりと見る。――あれ? 怪訝そうな顔をしている。


 眉間に軽くしわを寄せ、こちらの動きをじっと観察している様子だ。


 ――バレたか? 一瞬、心臓が跳ねる。


 いや、待て。別に全力出したわけじゃない。むしろ抑えてるんだ。


 それに、ペースを少し上げただけでそこまで目をつけられるとも思えん。


 なのに、なんでそんな顔してるんだ?


 嫌な汗がじわりと背中に滲む。


「レイ、どうしたの?」


 隣でアキラが小声で尋ねてくる。


「いや、軍曹の顔……なんか、ちょっと」


「え?」


 アキラもさりげなく視線を流して確認する。


「……ほんとだ。怖っ」


 ヒソヒソやり取りをしながらも、測定を続ける。手を抜いてることがバレたなら、何か指摘があってもおかしくない。


 けど、今のところ軍曹からは何も言われていない。――じゃあ、何だ?


 考えを巡らせながら、儂は慎重に動き続けた。焦りは禁物だ。いつも通り――いや、“普通の儂”を演じきるしかない。


 ――頼むから、気のせいであってくれ。


 三十分間のランニングマシーンでの測定が終わった。


 汗を拭きながら息を整える――ふりをしつつ、儂はちらりと田中軍曹を見る。――いや、なんか、怖い!


 表情が険しい。いや、険しいというより、睨んでる? 見据えてる?


 とにかく、ただ事じゃない目つきだ。儂はこっそり隣のアキラに囁く。


「アキラ……儂、やっちゃったか?」


「いや……そんな、変じゃなかったと思うけど。どうなってるの?」


 アキラも小声で返すが、声に少し焦りが混ざっている。


 ――抑えたつもりだったのに、何かおかしかったのか?


 二人でひそひそやっていると、田中軍曹がズカズカとこちらに歩いてきた。


「岩村! 水沢!」


 ビクッと肩が跳ねる。


「は、はい!」


「……はい!」


 二人して姿勢を正す。


「どんな訓練を今までしてた!」


「えっ?」


 思わず素っ頓狂な声が漏れる。


「二人とも高水準過ぎるぞ!」


 軍曹の目が鋭く光っていた。


「特に岩村、お前は女性状態でも、ほとんどバランスが崩れていない。性別が変わるという特異体質を持ちながら、その違和感をここまで抑え込んでいるのは尋常じゃない」


 鋭い視線に、儂は思わず背筋を伸ばした。――しまった、やっぱり抑えたつもりでも見抜かれるのか。


「さらに水沢、お前もだ。ペースが乱れることなく岩村よりは劣るが――12歳にしては最高水準の数値だ」


「えっ、私?」


 急に名指しされ、アキラも目を丸くする。


「どんな訓練をしたら、こうなるんだ!」


 軍曹の声には驚きと疑念、そしてわずかな期待が混ざっているように聞こえた。


 儂とアキラは思わず顔を見合わせる。――訓練って言われてもな。


「……いや、特別なことは何も」


 儂がそう言うと、アキラも頷く。


「私も、ただレイと一緒に走り回ってただけで……」


「“走り回ってただけ”で、そんな数値が出るか!」


 軍曹が鋭く切り返す。――確かに普通はそうだ。


 けど、儂には心当たりがありすぎる。転生してきたばかりの頃、儂は体に宿った妙な力をどう扱うか必死で試行錯誤していた。


 そのそばには、いつもアキラがいた。


「あれ? レイ、なんかすごいね?」ってついてきたこいつは、知らず知らずのうちに鍛えられてたんだろう。


 アキラが「レイが走るなら、私も行く!」と、普通の子では考えられないペースで走ってきた。その積み重ねが、この結果を生んでしまった。


 ――なるほど、そりゃ数値も高くなるわけだ。


「レイが走るなら、私も行く!」とか言われて、最初は微妙に困惑していたが、今思えばあれが訓練染みていたんだな。


 軍曹の前で変に黙っていても怪しまれるだけだ。アキラは言葉を探すように、少し困った顔をして口を開く。


「その……小さい頃から、レイってちょっと変わってたんですよ」


「おい」


 思わず儂が突っ込む。


「違う違う、そういう意味じゃなくて! なんか、異様に体力あったというか……普通の子より身体能力が高かったんですよ。一緒に遊んで最後までついて行けたのは、私ぐらいだったし」


「ああ、そういうことか」


 軍曹が腕を組んだまま、納得したように頷く。


「それでお前も、それについて行こうと必死になってたら、自然と力がついたってわけだな」


 アキラが「そうです、そうです」と大きく頷く。儂も慌てて乗っかる。


「はい、まぁ……そんな感じです」


「なるほどな……」


 軍曹は一瞬考え込むように目を細めたが、やがてゆっくりと息をついた。


「まぁ、いい。結果が出ている以上、そこは評価する」


 どうやら納得してくれたらしい。――助かった。


 隣を見ると、アキラが小さくウインクしてくる。――ありがとう、アキラ。マジで助かった。


「だがな」


 軍曹が一段と声を低くする。


「今後は、それで満足するな。お前たちは“特機型”だ。持っている力を“使いこなす力”が必要になる」


 張り詰める空気。


「最初は体力や反応速度が役に立つかもしれん。だが、特機型はただの量産機とは違う。お前たち自身の力を最大限に発揮しなければ、宝の持ち腐れだ」


 軍曹の鋭い視線が、儂たち二人を射抜く。


「そのためには、これからの訓練で己の限界を知り、乗り越えろ。お前たちに求められるのは、“特別”じゃない――“確実に成果を出せる力”だ」


 言葉に重みがある。


 ただの叱咤ではなく、期待も込められているように感じた。


「はい!」


 儂もアキラも、即座に背筋を伸ばし返事をする。


 軍曹は一度頷くと、少し表情を和らげた。


「よし……さぁ、測定の続きだ!」


 その後、各測定をひたすらこなしていった。


 体力、反射神経、柔軟性、筋力――細かく分ければきりがない。


 儂の場合は男と女、両方の状態で二回ずつ。つまり、倍だ。


 体力的には問題ない。こっちに来てから、ある程度そういう体になってるし、多少無理をしても回復も早い。


 ――けど、精神的には別だ。何より、自分で変化させた手足が伸び縮みする感覚には、いつまで経っても慣れん。


 気持ち悪い。骨が軋むような、皮膚が伸び縮む独特の違和感。


 まぁ、こればっかりは一生付き合っていくしかないんだろうけど。


「岩村! お前……本当に12歳か?」


 最後の測定が終わった瞬間、田中軍曹がじっと儂を見つめながら言ってきた。


「は、はい?」


 思わず素っ頓狂な声を出してしまう。


「いや、12歳にしてはバランスが取れすぎてる。体の使い方が完成されてるというか……経験値が違うというか……すべてが12歳にしては規格外だ」


 軍曹が腕を組み、こちらを見据えてくる。まるで、儂の内側を覗き込まれているような気分だった。――ヤバい。


「そ、そんなことないと思いますが……」


 慌ててごまかすも、軍曹の視線は一切緩まない。完全に納得していない様子だ。


「……まぁいい。それなら、今後お前には普通以上のメニューを組む。覚悟しておけ」


「は、はい!」


 返事をしながらも、儂は内心で冷や汗をかいていた。――これ、バレる寸前かも。


 いや、転生だとか、能力だとか、そこまではさすがに知られていないだろう。


 けど、「こイツはただ者じゃない」と思われてるのは確定だ。


 横目でアキラを見ると、少し呆れつつも「やり過ぎじゃない?」と言いたげな顔をしている。


 ――いや、アキラが「もう一段階上げてもいい」って言ってたよな? 儂、悪くないよな?


 そう自分に言い訳しつつ、内心は苦笑いだ。


 隠し通せるようなもんでもないし、妙な誤魔化しをするよりは、「こいつ逸材だ」と思わせておいた方が後々楽かもしれん。そう割り切るしかない。


「岩村、水沢。今日はここまでだ。教室に戻れ」


 田中軍曹がそう告げる。


「はい!」


 儂もアキラも、息を合わせて返事をする。


「着替えてから来いよ」


 軍曹が最後に付け加える。


 儂たちは並んで更衣室前に着くと、アキラがぼそっと呟く。


「レイ、やっぱやり過ぎじゃん」


「お前がもう少し上げろって言ったんだろ」


「え、あれ、そんな真に受けるとは思わないし」


「おい」


 二人して顔を見合わせ、苦笑し合う。


 ――まぁ、どう転んでも、もう逃げられそうにないな。


 そんなことを思いながら、儂は一度大きく息をついた。


 体操服を脱ぎに、更衣室の扉を開ける。


 ちなみに今は男だから、もちろん男子更衣室だ。


「今更よね。こっちでもいいわよ」


 アキラが隣で冗談混じりに笑う。


「いやいや、さすがにまずいだろ」


「レイなら誰も気にしないって」


「儂は気にするわ!」


 思わず声が大きくなり、廊下に軽く響いた。アキラは「冗談だって」とケラケラ笑っている。


 ――まぁ、確かに、こっちで生活する中で、もう性別とかどうでもいい感覚になってる部分もあるけど。


 それでも、一応男としてのプライドってもんはある。


「じゃ、あとでね」


 アキラは軽く手を振りながら女子更衣室へ入っていった。


 儂も男子更衣室の扉を開ける。


 ――はぁ……ほんと、もう慣れたけど、色々と考え出すと面倒くさい体だよな。


 そう思いながら、儂は制服に着替え始めた。

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