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爺でも男の子

 教官が、前方のディスプレイにデータを映し出す。


 そこには、メインとサブ、それぞれの名前が並び、機体ごとのペア編成が表示されていた。


 ――あれは、組み合わせだな。


 儂は目を細めながら、自分の名前を探す。


 すぐに見つかった。


『岩村レイ(メイン)―水沢アキラ(サブ)』


「おっ、一緒だな」


 小声で呟くと、隣でアキラが小さくガッツポーズ。


「でしょ? やっぱり安心安定コンビってことよ」


 得意げに笑うその顔を見て、儂もつい口元が緩む。


 ――まぁ、正直ほっとしてる。


 誰と組まされるかわからない不安は、どこかにあったからな。


 昔から一緒にいるアキラとなら、余計な気を使わずに済む。


 周りを見回してみると、他のメンツも概ね納得した顔をしているようだった。


 どうやら、ある程度は相性や希望を加味して組み合わせが決められているらしい。


 友人同士で喜び合っている奴もちらほらいる。


 ――ただ、一組だけ様子がおかしかった。


 儂の目に留まったのは、ガドルとキーンのペアだ。


 ガドル・バスーク(サブ)


 キーン・バルガス(メイン)


 二人とも、大柄で気が強そうな性格だ。


 しかし、今は微妙に視線を交わしながら、どこか険悪な空気が漂っていた。


 ガドルは、あの適性発表の時からずっと納得していないようだった。


 サブになったこと自体が悔しいのに、よりによってキーンと組まされるとは――そんな心情が透けて見える。


 一方のキーンも、腕を組みながら不満げに顎をしゃくっている。


 どちらかと言えば「俺についてこい」ってタイプに見えた。


 そんな二人が組まされたら、そりゃ軋轢も生まれるか。


「大丈夫かな、あの二人」


 アキラも気づいたのか、ちらりとそちらを見ながら囁く。


「……どうだろうな。でも、これが現実なんだろう」


 儂はそう答えつつも、少しだけ胸がざわついた。


 ――俺たちはまだマシだったんだ。


 知ってる奴と組めた。それだけで、どれほど恵まれていることか。


 パイロットとサブパイロット。


 二人で一機を動かす以上、信頼がなければ命取りになる。


 ここで組まされた縁が、生きるか死ぬかを分ける。


 改めて、その重みを感じた。


「以上だ。組み合わせに不服がある者は――いないな?」


 甲斐少尉の一言に、誰も声を上げない。


 不服があっても言える空気じゃない。ここで認めるしかないんだ。


「では、これより各ペアの教官を割り当てる」


 甲斐少尉の低く響く声に、教室内が再び静まる。


 皆、それぞれ誰が自分たちを指導するのか、息を詰めて待っている。


「岩村と水沢は――田中軍曹が担当する」


「おっ」


 儂は小さく反応してしまった。


 隣でアキラも「女の人でよかったかも」と小さく安堵の声を漏らしている。


 田中軍曹。


 唯一の女性教官だが、その鋭い視線と凛とした雰囲気は、入ってきた時から印象に残っていた。


 厳しそうだが、理不尽に怒鳴りつけるタイプではなさそうだ。


「キーンとガドルは俺が担当する」


 甲斐少尉のその一言で、再びピリッとした空気が漂った。


 ガドルとキーン――すでに微妙な関係の二人を、あの厳しさの塊みたいな少尉が見るとなれば、どうなるか……想像するだけで胃が痛くなる。


 当の二人も、さっきから目を合わせようとせず、ただ前を睨んでいる。


「早瀬と風はベン軍曹」


「ホワンとセシリアはファーム軍曹」


「マークとマイクはリーレン軍曹」


 次々と割り当てが告げられていく。


 それぞれ、教官の顔と自分を照らし合わせながら、少しずつ表情を引き締めている。


「そして――各担当する起動兵器のタイプも発表する」


「岩村・水沢ペア――タイプT《特機型》」


 甲斐少尉がそう告げた瞬間、教室内が一際ざわついた。


「特機型……マジか」


「すげぇ、当たり枠じゃん」


「一機しか配備されないって聞いたけど」


 周囲から小声が飛び交う。


 その言葉を聞いた瞬間、儂は胸が躍っていた。


 ――特機型。


 転生前、テレビの前で夢中になっていたあのアニメたち。


『マシンカーX』や『ジオゲータ』のような、一機だけ特別に造られたワンオフ機。


 性能は規格外で、見た目も派手、武装もロマン満載――子供の頃、憧れなかったやつはいないはずだ。


 ――まさか、こっちの世界でそんな枠に乗れるとは。


 心の中で叫びたいくらいだった。


 神様、あんたら喧嘩してたけど、これは間違いなく良い仕事だ。ありがとう。


「レイ? なんか嬉しそうだけど、特機型ってそんなにすごいの?」


 アキラが不思議そうに小声で尋ねてくる。


「あ、いや、まあ……なんか特別っぽいしな」


 抑えたつもりだったが、どうにも顔が緩んでしまう。


 こういう時、元爺さん――いや、爺さんじゃなくても隠しきれないもんだ。


 男ってやつは、いくつになってもこういう“特別”に弱い。


「いいじゃん。特別扱いってことでしょ?」


 アキラがニコリと笑う。


 その無邪気な顔に、儂は少し救われた気がした。


 しかし――


「ただし、浮かれるなよ」


 鋭い声が飛ぶ。


 甲斐少尉の目が、真正面から俺たちに突き刺さる。


「特機型は確かに性能は高い。だが、その分、癖も強く、メンテも大変だ。扱いきれなければ、宝の持ち腐れどころか、機体に振り回されて死ぬだけだ」


 教室内が一瞬で静まる。ざわついていた周囲も、一斉に緊張感を取り戻していた。


「機体に個性がある以上、メインもサブも“こいつは特別だから”なんて甘えた気持ちでいると、痛い目を見るぞ。お前たちは今日から、その特機型を『普通に扱える』ようになれ」


 ――『普通に扱える』。


 その一言が、妙に重く響いた。


 特別だからといってチヤホヤされるわけじゃない。


 むしろ、特別であるが故に、求められるレベルも高くなる。


「……気を引き締めないとな」


 儂は無意識に呟いた。


 その言葉に、隣のアキラも真剣な表情で頷く。


「うん。でも、逆に燃えてきたかも」


 言葉とは裏腹に、唇の端が少し上がっている。


 ――こいつも、負けず嫌いなんだよな。


 そんなことを思っていた時だった。


「キーン・ガドルペア――タイプA《重装甲型》」


「うわ、そっちか」


 アキラが小声で驚く。


 重装甲型――いわゆるタンク役だ。装甲は厚いが鈍重で、火力もある分、機動性は犠牲になっている。扱うにはパワーと根気が必要だし、二人の連携がズレればただのノロい的になりかねない。


 ガドルとキーンの方を見ると、二人とも無表情を装ってはいたが――やはり、どこかぎこちない。


「早瀬・風ペア――タイプB《高機動型》」


「ホワン・セシリアペア――タイプC《バランス型》」


「マーク・マイクペア――タイプA《重装甲型》」


 次々と読み上げられていく。


 それぞれ、顔を見合わせたり、軽く頷いたりしている。


 重装甲、高機動、バランス、そして俺たちだけが特機型――機体ごとに役割が違うことが改めて明確になる。


 つまり――いずれ、このペア同士で連携し、チームとして戦う時が来るってことだ。


 そんな未来を思い描いていた矢先だった。


「これで、全ペアに教官、機体タイプが割り当てられた」


 甲斐少尉が締めくくるように言うと、教室内には新たな緊張感が漂う。


 誰もが、これから始まる実機訓練に向けて気持ちを引き締めていた。


「本格的な訓練は明日からだが、今日の午後はペアで機体の基本説明と初期操作訓練を行う。それぞれ担当教官の指示に従い、しっかり準備しておけ」


 儂も「いよいよか」と心を決めたその時だった。


「それと――岩村、水沢」


 不意に名前を呼ばれ、思わず背筋が伸びる。


「お前たちは終わった後、居残りだ。またこの教室に来い」


 ピタリと教室の空気が止まったように感じた。


 居残り――?


 隣でアキラも「え?」という顔をしている。


「……はい」


 儂はとりあえず返事をしたが、心の中では軽く焦りが生じていた。


 ――何かやらかしたか?


 いや、まだ授業らしい授業も受けていない。


 それに、特機型っていう特別枠に配属された以上、何かしらあるとは思っていたが……。


「何だろうね?」とアキラが小声で囁いてくる。


「……さあな。でも、怒られる感じではなさそうだし」


「だったらいいけどさ」


 ひとまず不安を抱えながらも、午後の初期操作訓練に向け、儂は気持ちを切り替えることにした。


 ――居残りの理由は後で分かる。


 今はまず、目の前のことに集中だ。


「じゃあ、午後から頼むぞ、相棒」


 儂がそう言うと、アキラが明るく笑って拳を突き出してきた。


「了解!」


 コツン、と拳を合わせる。


 こうして、俺たちのパイロット科での最初の一日が、本格的に動き出していくのだった。

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