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厳しい現実

 新入生全員の自己紹介が終わり、教室内に張り詰めていた緊張が少し和らいだように感じた、その時だった。


「では次に、我々教官陣の自己紹介に移る」


 最初に入ってきた時から、一際強い存在感を放っていた、まさに軍人といった風貌の男性が一歩前に出る。


 鋭い眼光で教室を見渡し、はっきりと言い放った。


「私は地球圏防衛軍、甲斐少尉だ」


 ──少尉。


 つまり、この中で階級的には一番上ってことか。


 儂は自然と背筋を伸ばす。


 名前以上に、その眼差しと立ち振る舞いが、こちらの心を締め付けるようだった。


 続いて、隣にいた大柄な男性が前に進み出る。


 甲斐少尉にも引けを取らない体躯だ。


 まるで壁のような体つきに、太い腕。


 その声もまた、低く腹に響くものだった。


「私はリーレン軍曹です」


 一歩引き下がったところで、今度はその隣。


 やや線は細いが、鋭い目つきと、無駄なく鍛えられた体が、いかにも現場叩き上げといった雰囲気を醸し出している男性が前に出る。


「ファーム軍曹です」


 続いて、唯一の女性教官が進み出た。


 黒髪をきっちりまとめ上げ、凛とした表情。


 女性といえど、戦場で鍛え抜かれてきたことは一目でわかる。


 無駄のない動きに、ピリッとした緊張感を覚えた。


「田中軍曹です」


 そして最後に、一歩遅れて歩み出る初老の男性。


 髪には白髪が混じり、皺も目立つが――


 その立ち姿には、歴戦を潜り抜けてきた者特有の“重み”があった。


 鋭さよりも、厳格さ。


 どこか、安心感すら覚えるほどに堂々としている。


「……ベン軍曹だ」


 簡潔に、だが深く響くその声に、教室内がさらに静まり返った。


 五人それぞれが、一言だけ名乗っただけなのに、教室全体に一層の緊張が走る。


 まるで、ただ“いる”だけで、こちらの腹を探られているような──そんな感覚だ。


 アキラもさすがに姿勢を正し、目の前の軍人たちにじっと視線を向けている。


 儂は心の中で思った。


 ──このパイロット科、噂以上に厳しいぞ。


 今さらながら、背筋に冷たいものが走る。


 今日から、ここで生き抜いていかなきゃならないんだ。


 甲斐少尉が、一度こちらを鋭く見回し、低く通る声で名乗った。


「これから先、お前たちはパイロットを目指すことになる。だが――全員がパイロットにはなれない」


 一瞬、教室内の空気がピンと張り詰めた。


「適性を見て、メインパイロットとサブパイロットに分けることになる」


 ザワ……と小さく囁き合う声があがる。


 当然だ。


 誰もが「自分こそメインに」と思ってこの場にいる。


 サブになるってことは――つまり、補佐役だ。


 直接機体を操縦する機会は減り、いわば陰の立場になる。


 その事実に気づいた瞬間、儂も思わず拳を握った。


 やるからには、当然メインを狙う。


 誰だってそう思っているはずだ。


「今から、事前適性試験の結果を報告する」


 低く静かな声が、さらに教室内を引き締める。


 事前適性試験――そういえば、入学前に一度、脳波テストや模擬操縦訓練を受けたっけな。


 あれがもう結果に反映されているのか。


 ゴクリ、と唾を飲み込む音が、自分のものなのか他人のものなのかすらわからなかった。


「まずは――岩村!」


 突然、自分の名前が呼ばれた。


「――メインだ」


 その瞬間、張り詰めていた胸が一気に解放される感覚に襲われた。


 メイン。


 儂は、メインパイロットとして認められたんだ。


 思わず小さく拳を握る。


 隣を見ると、アキラが「やったね!」と口パクで笑顔を見せてくれていた。


 儂も小さく頷き返す。


 でも、安堵もつかの間だった。


 次々に名前が呼ばれていく。


「次、ガドル!……サブだ」


 その瞬間、教室内の空気がわずかに揺れた。


「……っ」


 儂の数列前に座っていた、大柄な少年――ガドル・バスークが、悔しそうに奥歯を噛みしめる音が聞こえた気がした。


 あれだけ堂々と「最前線で戦います!」と宣言していた男だ。


 当然、メインパイロットになるつもりでいたんだろう。


 僅かに拳を握りしめたまま、それでも「はい」と低く返事をするガドル。


 その声に滲む無念さが痛いほど伝わってくる。


 儂は思わず視線を落とす。


 ──正直、わかる。


 メインとサブで何が違うのか、入学前から耳にしていた。


 メインは起動兵器の操縦を担う、いわば花形だ。


 戦場で直接機体を駆り、敵と渡り合う。


 誰もが憧れる役割。


 対してサブは、機体内部で計器管理や武器制御、状況確認、各種チェックを担当する。


 要は、メインパイロットの負荷を減らし、円滑に機体を運用するための“影の支え”だ。


 どちらが欠けても戦場では生き残れない──


 そう頭では理解している。


 けど、現実問題として、誰だって“前に出たい”んだ。


 サブが重要な役割だとわかっていても、やっぱり一番目立つのはメインパイロットだ。


 最前線で機体を操る姿こそ、誰もが夢見るヒーロー像なのだから。


 ガドルも、きっとそうだった。


「最前線で戦います!」と力強く言い切ったあの姿が、頭をよぎる。


 ――それでも、現実は非情だ。


 サブだって重要だ。


 むしろ、サブがしっかりしていなければ、メインは戦えない。


 いざ戦闘になれば、サブが命綱になる場面も多いと聞く。


 それでも――


 メインじゃなかった、という事実が、ガドルにとっては悔しくて仕方ないんだろう。


 儂はそんな彼の背中を見つめながら、改めて胸に刻んだ。


 ――生き残るためには、どちらも必要なんだ。


「次!」


 甲斐少尉の声が再び響き、別の名前が呼ばれる。


「キーン、メイン!」


「セシリア、サブ!」


「早瀬、メイン!」


「風、サブ!」


「ホワン、メイン!」


「マーク、メイン!」


「マイク、サブ!」


「水沢、サブ!」


「やっぱりね」


 隣からアキラの声が聞こえた。


 落胆でもなく、諦めでもなく、どこか満足げな声音だった。


 儂は思わず横目でアキラを見た。


 正直、少し落ち込むんじゃないかと心配していたんだが――拍子抜けするほど穏やかな表情をしている。


「……お前、それでいいのか?」


 小声で尋ねると、アキラは肩をすくめながら笑った。


「うん。最初からそうなると思ってたし。私、操縦そんな得意じゃないからさ」


 あっけらかんとしたその言葉に、儂は少し唖然とした。


「でも、悔しくはないのか?」


「そりゃあ、ちょっとはね。でもさ、メインで暴れ回るより、レイとかみたいに前に出る人を支える方が性に合ってるかなって」


 そう言って、アキラは自然に笑った。


 ──強いな。


 儂は心の中でそう呟いた。


 メインとかサブとか、そんな枠組みに囚われすぎていたのは儂の方だったのかもしれない。


 アキラは、最初から自分がやるべきことを見据えていたんだ。


「そっか」


 それだけ言って、儂は前を向いた。


「レイがメインなら、私がサブについた方が絶対安心でしょ?」


 いたずらっぽく笑うアキラ。


「はは、そうだな」


 儂もつられて笑った。


 まだパートナーの組み合わせが決まったわけじゃない。


 けれど、もし一緒に乗れるなら――


 きっと上手くいく。


 そんな気がした。


「お前、強いな」


 つい、本音が漏れた。


「え、何? 今褒めた?」


「褒めてねぇよ」


「えー、絶対褒めた顔してた!」


 小声でそんなやり取りをしていると、前方で甲斐少尉が書類を確認する音が聞こえた。


 どうやら、まだ説明が続くらしい。


 教室内の雰囲気が、再び引き締まっていくのを感じる。


 儂は再び背筋を正し、覚悟を決めた。


 パイロット科での本当の生活が、ようやく動き出す。


 隣にアキラがいる――


 それだけでも、心強い。


「……頑張るか」


 小さくそう呟いて、儂は教官たちを見据えた。

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