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転生 イチャラブに巻き込まれた儂

 アキラが「ちょっと行ってくるね」と言って人混みに消えたあと、儂はその場でベンチに腰を下ろし、ふうっと一息ついた。


 自然と、ここに来るまでのことを思い返してしまう。


 儂――岩村レイは、こう見えて本当は90過ぎの爺だ。まあ、今はどう見ても10代の若造になってるわけだが、元々はただの年寄りだった。


 死んだ理由も特別じゃない。普通に寿命だ。


 畳の上で、家族に囲まれながら静かに息を引き取ったのを覚えている。


 死ぬ間際には孫が泣いていたような気もする。


「ああ、これで終わりか」と、そんな穏やかな気持ちで目を閉じた。


 そこまではよかった。


 問題は、その後だ。


 ――確か、真っ白な空間にいた。


 周囲は何もなく、ただ広がる白。


 そこで出くわしたのが、一組の男女だった。


 二人は、言い争っていた。


 いや、言い争いというより、夫婦喧嘩のようなものに近かったか。


「どうしてほっておいたんだ! もう輪廻の輪に戻せないだろ!」


 男がそう怒鳴る。


「仕方ないじゃない! あなたと過ごしたかったんだもの! それに、まさかここに迷い込んでくるなんて、普通あるわけないじゃない!」


 女も負けじと声を張り上げる。


 どちらも見た目は若いが、妙に威厳があるというか、ただ者じゃない空気を纏っていた。


 あれが神様ってやつだったんだろうか……正直、今となっては曖昧だ。


「……それもそうだが、そうか。そんなに俺との時間が過ごしたかったのか」


 急に男の声が柔らかくなる。


「だって、数年ぶりだったんだよ。私、貴方の恋人なのに、そばにいられないなんて……あのクソ上司のせいよ」


 女はそう言いながら、涙目になっていた。


 なんだろうな、あの時は「ああ、これは見ちゃいけないやつだ」って、本能的に察したんだ。


 普通、人が死んだあとに行く場所っていうのは、もっと厳かなもんだと勝手に思っていた。


 それがまさか、喧嘩しているカップル――いや、もしかすると夫婦か?――に出くわすことになるとは。


 儂がぽかんと立ち尽くしていると、二人がふとこちらを見て今の話を聞いているのに気づいた。


 次の瞬間、明らかに焦った顔になって、慌てふためき始めた。


「お、おい、今のは内緒な……!」


 男が手を振って必死に制止してくる。


「やばい、この空間に長時間居たせいで、魂が進化しちまってるな……」


 そう呟いた時の彼の顔は、ちょっと真剣だった。


「わ、私知らないわよ! でももう戻せないんでしょ!?」


 隣の女性も青ざめている。


 ああ、これは本当に何かまずいことに巻き込まれてるんだな、と儂はその時確信した。


 男はため息をつきながら、頭を掻きむしる。


「くそっ……まあ、しょうがねぇか……」


 そして、こちらに向き直った。


 少し申し訳なさそうな表情で言った。


「悪いが、今から元の世界の輪廻の輪にはもう入れられない。これからお前を、まだ余裕のある別の世界の輪廻の輪に入れる。だが……お前はもう常人じゃなくなってしまった。魂に余計なもんが付いちまったからな」


 余計なもん……進化?


 意味がわからない。


 ただ、それが良いものなのか悪いものなのか、判断すらつかないまま、儂はただ呆然とするしかなかった。


 男はため息混じりに肩をすくめると、最後にこう言った。


「まぁ、上手くやれよ」


 そして、手をひらりと振る。


 その瞬間、儂の体がふわりと宙に浮いた。


「あっ――」


 言葉にならない声を上げたところで、視界が真っ白に染まった。


 次に感じたのは、妙な圧迫感と、息苦しさ。


 それに、全身を包み込む、ぬるりとした感触。


 そして――


「おぎゃあ……おぎゃあ……」


 自分の口から発せられた、赤ん坊特有の泣き声だった。


 あれが、生まれたてってやつか。


 全身が痛いし、目はまともに見えないし、呼吸もうまくできない。


 だけど、生きてる実感だけは嫌というほど湧いてきた。


「ああ……これが、もう一度生まれるってことなのか……」


 思考ははっきりしているのに、体はまったく言うことを聞かない。


 頭では90過ぎの爺さんなのに、体は完全に新生児。


 不自由極まりないこのギャップに、儂は泣きながらも心の中で苦笑いしていた。


 あの時はただただ必死だったけど、今思えば、妙に貴重な体験だったのかもしれない。


 生まれる瞬間なんて、普通なら覚えているわけないしな。


 ──そんなことをぼんやり思い出していると、アキラがこちらに手を振りながら戻ってきた。


「レイ、お待たせ!」


「おう、行くか」


 儂は腰を上げ、アキラと並んで歩き出す。


 人混みを避けるように校庭を抜けながら、ふとアキラがこちらを見上げてきた。


「どう? 体の調子は」


 さらっとした問いかけだったが、その言葉に儂は思わず内心で身構える。


 ──そうだ。


 儂には、どうにも説明しづらい“変な力”が付いていたんだった。


 魂に余計なもんが付いた、と言われた時は意味不明だったが、生まれ変わって数年経つうちに、自分が“普通じゃない”ことに嫌でも気づかされた。


 性別が変わる。


 それが、儂に宿った一つ目の力――いや、“呪い”とでも言うべきなのかもしれん。


 目覚めた時は男でも、ある日突然女になる。


 そして、また気づいたら男に戻っている。


 最初は混乱した。


 四歳ぐらいだったか。


 朝、目覚めた時のあの衝撃は今でも忘れられない。


 いつもと同じように布団から起き上がって、何気なく体を触った瞬間、違和感に全身が凍り付いた。


 あるべきものが――無い。


「……え?」


 寝ぼけているのかと思った。


 けれど、どう確認しても、そこには何もない。


 声を出せば妙に高くて、昨日までの自分とはまるで別人だった。


 パニックになりながらトイレに駆け込んで、鏡を覗き込んだ時、さらに絶句した。


 髪が伸びている。


 肩まで届くほどに。


「……うそだろ」


 自分の口からそんな言葉が漏れたが、幼い少女の声で余計に混乱した。


 顔つきも少し丸みを帯びていて、どう見ても“女の子”になっていた。


 夢じゃないかと頬を叩いてみたが、痛いだけだった。


 訳がわからないまま、泣きそうになりながら両親にすがりついた。


 最初は冗談だと思われたが、状況が状況だけに、すぐに青ざめた顔になって、慌てて病院へ連れて行かれた。


 それから何度も検査を受けた。


 大きな病院でも診てもらったし、専門家にすがるように頼んだことも覚えている。


 結果は――異常なし。


「こんな例は聞いたことがありません……」


 医者は困惑していた。


 両親は途方に暮れて泣いていた。


 だが、当の儂は――もう、それどころではなかった。


 天を仰いで、心の中で叫んだ。


『神様、詳しく教えてほしかった……』


 そう、あの時のあの男だ。


 魂に余計なもんが付いた、とか、常人ではなくなった、とか言っていたくせに、具体的なことは何も教えてくれなかった。


 おかげで儂は、四歳で地獄を見た。


 けれど――


 人間、慣れるもんだ。


 こっちで生きていくうちに、どうにか適応してきた。


 最初は、親も過保護になるくらい心配していた。


 そりゃそうだ。自分の子供が、ある日突然性別が変わるなんて、普通は受け入れられるもんじゃない。


 病院に駆け込んで、何度も検査して、専門家に相談しても異常なし――原因不明。


 親父は肩を落とし、母親は涙ぐんでいた。


「ごめんね、レイ……つらい思いさせて……」


 そんなふうに謝られた時は、儂も胸が痛んだ。


 とはいえ、本人の儂はすでに天を仰いで神様を恨んでいたわけだが。


 だが、そんな状況も長くは続かなかった。


 異変が日常になり、慣れてきたころ、親たちの様子に変化が現れた。


 最初に変わったのは母親だった。


「……ねえレイ、これ着てみない?」


 ある日突然、リボンがついた可愛らしいワンピースを差し出してきたのだ。


「は?」


 儂が固まっていると、母親は満面の笑みでこう言った。


「夢だったのよ! 親子コーディネート。男の子もいいけど、女の子もいいわね!」


 目を輝かせながら、楽しそうに洋服を広げる母。


 その手元には、他にもフリルやレースがふんだんに使われた服が山積みになっていた。


 どうやら、女の子モードの儂を使って、長年の夢を叶えるつもりらしい。


 息子に急に娘の姿を重ねたことで、母の何かが弾けたんだろう。


「いや、待て待て母さん、これは――」


 必死に抵抗しようとしたが、母の勢いは止まらない。


 むしろ、止めるどころかエスカレートしていった。


 父親も、それに乗っかった。


「そうだな。かわいいし、カッコいい! 自慢の息子と娘を一気に授かったんだ。神様、感謝します。こんなカッコ良くて可愛い息子娘をありがとうございます!」


 両手を組んで拝む親父。


 その横で、服選びに熱中する母。


 完全に意気投合している。


「おい、ちょっと待てってば! 儂の意思は――」


「さあ、着てごらんレイ! ほらほら!」


「おお、似合うぞレイ!」


 ……こうして、儂は女の子モードになるたびに、母親の着せ替え人形としてこき使われることになった。


 最初は嫌だったが、次第に諦めの境地に至り、


「もういいか、着るか」


 と割り切るようになった。


 不思議と、女の時は女の時でそういう感覚に体も引っ張られるのか、いつしかそこまで抵抗はなくなっていった。


 ……今思えば、これもあの“余計なもん”のせいなのかもしれない。


 魂が進化したとか言っていたが、こんな方向に進化させてほしかったわけじゃない。


 性別が変わる力に加えて、他にも細々とした“余計な力”がある。


 けれど、どれも日常生活では全く必要ないものばかりだった。


「レイ、どうしたの? 急に難しい顔して」


 不意に、隣でアキラが首を傾げながら覗き込んでくる。


 さっきから無言で歩いていた儂を気にしたらしい。


「あ、いや……なんでもねぇ」


 儂は慌てて手を振ってごまかす。


 余計なことを考えてたなんて、バレたくないしな。


 過去の恥ずかしい思い出と、無駄に思えるこの力の数々――


 それらを頭の隅に押し込めるように、強く意識を切り替える。


 ――こうして、儂は男でも女でも、“親の自慢の子供”として育てられてきたわけだが。


 母親は服を選ぶ時に「今日は息子モード? それとも娘モード?」なんて聞いてきたり、


 父親は友人に「うちの子、二倍楽しめるんだぞ」とか訳の分からん自慢をしていたっけ。


 振り回されたことも多かったが、まあ――幸せだったから、いいか。


「ん? どうした?」


「いや、ちょっと昔のこと思い出してただけだ」


「あはは、変なの」


 アキラが笑い、儂もつられて微笑む。


「とりあえず早く教室に行こう。パイロット科は遠いぞ」


 儂がそう促すと、アキラは「あー、やっぱ遠いんだ」とげんなりした表情を見せる。


 この学園は敷地が広い。


 その中でもパイロット科の校舎は端っこにあり、正門から歩いて行こうものなら、早歩きでも十分以上はかかる。


 入学初日、教室に遅刻するわけにはいかないし、急ぐに越したことはない。


 だが、次の瞬間、アキラはニヤリと笑って儂を見上げた。


「レイ、おんぶして運んでよ。そうすれば一瞬で行けるでしょ?」


 ……いやいや、ちょっと待て。


 何をサラッと言ってるんだ、こいつは。


 儂は内心で頭を抱えた。


 確かに、余計な力のひとつに“人並外れた身体能力”ってものがある。


 全力で走れば、人混みを縫うように疾走して、教室までたどり着くことも不可能じゃない。


 アキラをおんぶしてだって、楽勝だ。


 ……だが、それをやったら最後だ。


 目立つ。


 というか、確実に見られる。


「いやいや、アキラさん。他の人に見られたら儂、終わるんだが」


「えー、いいじゃん。速いし楽だし、一石二鳥でしょ?」


「儂はタクシーじゃないの。ほら、歩くぞ」


 半ば強引にアキラの背を押し、歩き出す。


「ちぇー」


 なんて口を尖らせるアキラだったが、すぐに笑顔に戻っていた。


 こいつ、絶対本気じゃなくてからかってるだけだろう。


「まぁ、間に合わなかったら頼むからね?」


「間に合わせるわ!」


 そう言い返しながら、儂は少しだけ早歩きになった。


 ――力は必要な時以外は使わない。


 ……性転換は別として、だが。


 それが、儂がこっちで生き抜くために決めたルールだ。


 いくら魂に余計なもんがついたからって、目立ちすぎれば何かしら面倒ごとに巻き込まれるのは目に見えている。


 現に、子供のころも周囲に変に注目されて気まずい思いをしたことは何度もあった。


 だから、普段はただの普通の学生として過ごす。


 これが儂の中で決めた鉄則だった。


 とはいえ――


 アキラにはその“例外”が適用されることも、あるんだけどな。


 小さい頃から一緒にいて、何でも話せる幼馴染だ。


 何度か、アキラを助けるために力を使ったことがある。


 最初は確か、まだ幼稚園の頃だったか。


 アキラが公園で木登りをしていて、バランスを崩して落ちそうになったんだ。


 儂は無我夢中で駆け寄って、普通じゃ考えられないスピードで飛び込み、受け止めた。


 その時のアキラの「……レイ、すごい」というキラキラした目と、


「あ、これ見られたな」という儂の冷や汗は、今でも忘れられない。


 あれ以来、アキラは儂の力を知りつつも、変に怖がることなく接してくれている。


 むしろ、「便利だね!」くらいに軽く受け止めているところが、こいつらしい。


「レイ、もうちょい速く歩こうよ~」


「お、おう」


 横で歩きながら、アキラがちょっとせかしてくる。


 急ぐと言っても、やっぱり普通に歩いてる方が安心だ。


 そんなことを思いながら、儂はアキラと並んで、パイロット科の教室を目指して歩き続けた。

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