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60 夏虫草の根②

 セルマ嬢の話を聞いて、ギルロス殿下も腹が決まったらしい。



「僕もすぐに使ってみます!」



 そう言うや否や、喜び勇んで研究室を出て行った。



「……わかりやすいやつ」

「ふふ、そうですね」



 二人きりになった研究室で、ディーンが意地悪く微笑んでいる。



 ギルロス殿下が『噓発見薬』をすぐにでも使う気になったのは、間違いのない効果が得られるとわかったからではない。



 いや、多分、それも少しはあると思うけど、一番の理由はそれではなく。



「念願叶って婚約は解消になったわけだし、これからどうするの?」



 セルマ嬢の報告が終わると、マリーナが何気なく尋ねたのだ。



 その言葉に、私もふと自分自身を振り返る。婚約解消まですったもんだしてようやく解放されたのだから、そう簡単に「はい、じゃあ次」なんて気分にはならなかったし、セルマ嬢もそうなのでは。



 と、返そうとしたら。



「今度はもっとちゃんとした婚約者を見つけたいですね。幸い、すでに幾つか釣り書きが届いていまして」

「え、もう?」

「はい。私たちの婚約はいずれ解消になるだろうって待ち構えていた人がいたみたいなんです」

「さすが、学年トップの才女は違うわね。引く手数多とはこのことね」

「本当に、ありがたいことです」



 女子二人がそんな風に話している横で、ギルロス殿下の表情が目に見えてさーっと蒼ざめていく。



 その瞬間、確信してしまった。いや、本当は、少し前から薄々そんな気はしていたのだけど。



 だってギルロス殿下、セルマ嬢と話してるときすごく楽しそうなんだもの。あの視線に友情以上のものを感じ取っていたのは、私だけじゃないはず。



 現にディーンも気づいていて、意味ありげに目配せしてくるし。



 そんなわけで、焦った殿下はすぐに『噓発見薬』を使うことにしたらしい。



 結果はもちろん、大成功だった。



「といっても、ボレリウス伯爵令嬢には『噓発見薬』を使わなかったんです」



 結果報告に来た殿下は、少し複雑な表情を見せつつ一瞬だけ視線を下に向ける。



 ちなみにボレリウス伯爵令嬢とは、「殿下をお慕いしております」とか言いながらも常に暗い目をしていた令嬢である。



「お茶会の際、『噓発見薬』の使用について伝えたんです。そしたらようやく、自分から本当のことを話してくれて」

「本当のこと?」

「彼女は伯爵家でひどい扱いを受けていて、使用人同然の生活を強いられていたんですよ」

「え?」

「彼女の母親は幼い頃に亡くなったそうなのですが、父親であるボレリウス伯爵はすぐに再婚したらしいのです。その再婚相手と後に生まれてきた弟に虐げられ、家では屋根裏部屋に押し込められておよそ令嬢とは思えない生活をしていたそうで。でも生来勤勉な性格だったため学園では勉学に励み、その甲斐あって僕の婚約者候補として名前が挙がったのです。そうなったら今度は長年彼女を放置してきた伯爵がしゃしゃり出てきて、絶対に婚約者の座を逃すなと半ば脅されていたというのです」



 ……ひどい話である。



 マリーナの事情もそうだけど、世の中にはこんな不条理な話がごろごろ転がっているのだから本当に嘆かわしい。



「ボレリウス伯爵令嬢自身は、僕のことはもちろん嫌いではないけれどやはり王子妃となると気後れしてしまう、と正直に話してくれました。ずっとひた隠しにしていたことを打ち明けてくれた勇気に報いるべく、僕はボレリウス伯爵家の内情について宰相に相談したのです。その結果、最終的に彼女はフォルシウス侯爵家と縁戚関係にあるロセアン伯爵家の養女となったようですね」



 いくら親兄弟とはいえ、家族を虐げていいわけがない。



 圧倒的子煩悩で知られる宰相(つまりお父様)の愛情深さは、他家の子どもにも十二分に発揮されることとなった。ギルロス殿下の話を受けて独自の調査を開始し、ボレリウス伯爵令嬢に対する不当な扱いについて伯爵家を厳しく追及したのである。



 その事実はすぐさま世間に知れ渡ることになり、伯爵家の評判は地に落ちたと言っていい。そして令嬢は、子どものいないロセアン伯爵家の養女になることが決まった。すべて宰相の采配である。



「わざとらしく殿下にアピールしていたセーデン伯爵令嬢のほうはどうだったの?」



 マリーナが尋ねると、殿下は一転して頬を緩める。思い出し笑いをこらえきれないらしい。



「彼女は、とても正々堂々としていました。『私は嘘など申しません!』と言い切って」

「へえ」

「でも結果は散々なものでしたよ? 『君は僕のことを本当はどう思っているの?』と尋ねたら、全部言い終わる前にしゃっくりが止まらなくなって」

「彼女は何て言おうとしてたのかしら」

「多分いつもと同じ、『殿下より素敵な方など存在しません』とか『心からお慕いしております』とかそういうことだと思うんですけど。でも途中でしゃっくりが止まらなくなったから、よく聞き取れなくて」

「つまり、いつも言ってたことが全部嘘だったという……」

「そういうことでしょうね。一生懸命しゃっくりを止めようとしてましたけど、止まるどころかどんどんひどくなっていって。結局、彼女も本当のことを話すしかなくなったんです」



 セーデン伯爵令嬢が話したところによれば、彼女はギルロス殿下というよりも王子妃という立場に多大な魅力を感じていたらしい。そしてそれは、父親であるセーデン伯爵の思惑でもあったという。



 ギルロス殿下の婚約者候補を選ぶ際、国の上層部では何度か会議が開かれた。そのときセーデン伯爵はとある有力貴族に賄賂を渡し、見返りとして自分の娘が選ばれるよう働きかけたというのである。



 要するに、セーデン伯爵令嬢は本来選ばれる資格のない令嬢だったのだ。



 『噓発見薬』の利用によってその目論見のすべてが白日の下にさらされ、セーデン伯爵も賄賂を受け取った有力貴族も厳しく罰せられることになった。当然、セーデン伯爵令嬢も婚約者候補という立場を早々に取り消された。



 当たり前である。



 そして。



「今回の不正な政治的癒着の発覚に関しては、陛下がいたく感銘を受けておいででした。近いうち、陛下からキルカ公爵家に対して何らかの報奨が与えられるということです」

「え、マジで?」



 ディーンが驚きのあまり目を丸くしている。しかも「俺、ほとんど何もしてないんだけど」とかぼそぼそ言っている。



「本当に、何もかも先生方のおかげです。ありがとうございました」



 立ち上がって深々と礼をした殿下は、隣に座っていたセルマ嬢に対して「じゃあ、行こうか」なんて優しく声をかける。



「これから正式な手続きがあるので、王城に行かなきゃならないんです」

「あらそう」

「よかったな」

「はい」

「お幸せにね」



 少し頬を赤らめてはにかんだ表情を見せる、ギルロス殿下とセルマ嬢。



 ギルロス殿下はあれから一念発起したらしく、いつのまにかちゃっかりセルマ嬢のハートを射止めていた。殿下が心を奪われたのは、用意された婚約者候補ではなくセルマ嬢だったのだ。



 まあ、わりとはじめから、あの二人は気が合うようだったから。さもありなん、という気はする。



「よかったですね」



 取り残されたマリーナが本当にうれしそうに、まるで自分のことのようにはしゃいでいる。



「あなたたちはどうなの?」

「は?」

「あなたとアルヴァーよ。相変わらずなの?」

「ああ、だって、私たちは『偽装』ですし」



 マリーナはけろりとした表情で、あっさり言い放つ。



「学園ではちゃんとした婚約者を演じてくれてますけど、家に帰ると見向きもされませんよ?」

「まだそんな感じなの?」

「仕方ないですよ。アルヴァー様が嫌がる気持ちも無理はないと言いますか」

「ほんとにごめんね、意固地な弟で」

「いえいえ。侯爵も侯爵夫人もすごくよくしてくださいますし、この通り学園にも変わらず通わせてもらっているのです。文句なんて一つもありませんよ」



 屈託のない笑顔を見せるマリーナを横目に、「あの馬鹿、後悔しても知らねえぞ」とひっそりつぶやく、ディーンだった。














 

残り二話で完結予定です。

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