59 夏虫草の根①
「できたのですか?」
翌日。
セルマ嬢とギルロス殿下が研究室を訪れたタイミングで、出来上がった『噓発見薬』を手渡した。
「これは、相手が嘘をついているかどうかを見極めるための魔法薬、名づけて『噓発見薬』です。飲料に一滴たらして飲んでもらったあと、相手が嘘をついた場合しゃっくりが止まらなくなります」
「しゃっくり?」
ギルロス殿下がすかさず不思議そうな顔をする。
「そうです。しゃっくりです。でも、たかがしゃっくりではあるんですけどたった一滴で絶大な効果を発揮する、わりと強めの魔法薬です」
説明する私の横で、ディーンがとても渋い顔をしている。
身をもって体験した本人が言うには、たかがしゃっくりとはいえ相当きつかったらしい。スプーン一杯分を口に入れただけで、しばらくはしゃっくりが止まらず苦しい思いをしたのだもの。恐るべし、夏虫草の根である。
「ただし、使用する際には注意点が二つあります。まず一つ目は、さっきも言った通りわりと強めの魔法薬なので一回の使用量は一滴だけにしてほしいということです。一滴で充分な効果を発揮しますし、必要以上にたくさんの量を摂取してしまうと多分大変なことになります」
「多分」というのは、実際どうなるかわからないからである。いや、相当やばいことになりそうではあるけど。
目の前の少年少女は、だいぶ神妙な顔つきで頷いている。
「そして二つ目の注意点は、使用することをきちんと相手に伝えて了承を得ることです」
「え、言わないといけないんですか?」
ちょっと不服そうな口調で、セルマ嬢が尋ねる。
「そうです。何も言わずに黙って使うのは、倫理規定に反します。安全性は確認されていますが、相手の精神に作用する魔法薬ですから。了承を得ないで使用することはやめてください」
「つまり、騙し討ちはいけないということですね」
ギルロス殿下の冷静な態度に、セルマ嬢も納得した表情を見せる。
「その通りです。でも、この薬はこういう薬で今から使いますけどいいですか? と尋ねたときに拒んだり抵抗したりするということは、その時点ですでに自分が嘘をつく可能性があると暗に宣言していることになるんですよ。嘘さえつかなければしゃっくりも出ないし、なんの問題もないわけですから」
「なるほど」
「確かにそうですね」
「とにかく、この魔法薬を使ってみたときに相手がどんな反応をするかによって、お二人の抱えている問題に何らかの進展が見られることは確実です」
「使ってみる価値はありそうですね」
「すぐにでも使ってみたいです」
少年少女は乳白色の液体が入った小瓶を受け取って、目をキラキラさせながら中身を眺めている。
「お二人のご武運をお祈りしておりますね」
にっこり笑って伝えると、勝ち戦に向かう武将のように不敵な笑みを浮かべる二人だった。
◇◆◇◆◇
数日後。
真っ先に『噓発見薬』を使ったセルマ嬢が、一部始終を報告するため研究室を訪れる。
「もうお聞き及びかとは思いますが、無事エドヴァルドとの婚約は解消になりました」
想像以上に晴れやかな表情で発表する、セルマ嬢。
「おめでとうございます、でいいの?」
「もちろんです。ほんとに先生のおかげです」
「じゃあ、『噓発見薬』は役に立ったのね?」
「そりゃあもう。みなさんにも、あのときのエドヴァルドをお見せしたかったですよ」
集まったイツメンにそう言って、これ以上ないほどの上機嫌で話し始める。
『噓発見薬』を受け取った翌日、セルマ嬢は父親であるレクセル侯爵にもすぐに事情を話して自邸にカスタル伯爵令息を呼び出してもらったという。
最近は学園で顔を合わせることもめっきり減っていたし、定期的なお茶会もなんだかんだですっぽかされていたこともあって、呼び出されたカスタル伯爵令息は慌てた様子で登場したそうである。
「父にも同席してもらったうえで話し合いたい旨を伝えて、『噓発見薬』の使用について説明しました。最初、エドヴァルドはすごく嫌そうな顔をして『そんなものを使いたいだなんて、君は僕のことを信用していないのか?』とかなんとか言っていたのですが、即座に父が『やましい気持ちがないのなら、別に構わないだろう?』と切り返しまして」
「さすがは侯爵。わかってらっしゃる」
「はい。それでエドヴァルドも渋々了承してくれました。そのあと話し合いが始まったのですが、もういろいろ面倒くさかったので単刀直入にズバッと聞いてみたんですよね」
「何を?」
「『あなたはオールステット子爵令嬢と、体の関係がありますか?』って」
「は?」
「な……!」
「あらま」
こういう話題にはまったく免疫がなかったであろうギルロス殿下は真っ赤になって言い淀み、対するマリーナはどこか感心した様子でくすくすと笑っている。
ちなみに、ディーンは可笑しくて仕方がないのか忍び笑いをこらえている。
「そしたらエドヴァルドは『あるわけないだろう!』って興奮した様子で立ち上がったんですけど、まあ、案の定すぐにしゃっくりをし始めまして」
「えー?」
「そうなの?」
「まさか……!」
「私も、まさかとは思ってたんですけど」
「そういう関係だって、知ってたの?」
「いえいえ、ちょっと鎌をかけてみただけなんです。そしたら思いのほか、大物が釣れてしまいました」
てへ、なんて可愛らしく舌を出すセルマ嬢に、みんなちょっと唖然としている。
いや、この子、意外と策士かもしれない……!
「それを見た父が、もう激昂してしまって。手加減なしに問い質されて、エドヴァルドも本当のことを洗いざらい話すしかなくなってしまったんです。もちろん、しゃっくりしながらですけど」
「ずっとしゃっくりしていたの?」
「いえ、すごく不思議なんですけど、本当のことを話している間はしゃっくりが出ないんですよ。でも嘘を言うと途端にしゃっくりし始めるので、わかりやすかったです」
「効果覿面だな」
思った以上の成果に、ディーンもだいぶ満足げである。
「でも話のほとんどは、こちらの想定通りの内容でした。オールステット子爵令嬢は入学してきてすぐにエドヴァルドに告白して、『愛人でもいいからずっとそばにいたい』とか言ったらしいです。その健気さにほだされてしまったと」
「奪うつもりじゃなかったんだ?」
「はじめはそのつもりだったのでしょうけど、以前うちの父から苦言を呈されたカスタル伯爵がエドヴァルドを説教したことがあったじゃないですか? あの話を聞いて、私との婚約は覆せないのだと思ったらしいのです。でもそれがかえって二人の気持ちに火をつけてしまったというか、公には決して認められはしないけれどもこれは真実の愛だとか悲劇の主人公気取りになって、その勢いで体の関係を持つに至ったようです」
「盛り上がっちゃったのねえ」
マリーナのひと言が、酸いも甘いも嚙み分けた場末の飲み屋のママみたいでちょっとウケる。
「というわけで、エドヴァルドの不貞行為が露呈したおかげで私たちの婚約はすんなり解消になりました」
「破棄じゃなくて解消になったの?」
「あちらの有責で破棄ということになると、時間がかかりそうだったんですよ。もともとは政略的な意味合いの強い婚約だったので、父が破棄の意向を伝えてもカスタル伯爵はすんなり受け入れてくれなかったんです。そのうえ賠償だなんだという流れになったら、ますます話が進まなくなってしまって。私としては一刻も早くあの人との関係を清算したかったので、もう解消でいいやと」
「カスタル伯爵令息たちはどうなったの?」
「はっきりとは聞いていませんけど……。でもカスタル伯爵が相当怒り心頭らしくて、エドヴァルドの廃嫡を決めたみたいですね」
「あらま」
「じゃあ、オールステット子爵家に婿入りするのかな?」
「いえ、あそこは確か、年の離れた兄がいて家督を継ぐことになっているはずなので」
「ということは……」
みんなで顔を見合わせる。
二人が添い遂げようとする限り、貴族として生きていく道は断たれてしまうことになる。でも二人のただならぬ関係はすでに周知の事実になってしまったから、お互いにこの先別の人を見つけるなんて至難の業だろう。
思った以上に大きな代償を払うことになった二人の行く末を思うと、なんというか、まあ。
お気の毒に。




