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54 嘘を見抜く薬

「ずいぶん難しい顔してるけど、どうしたんだ?」



 授業から戻ってきたディーンに聞かれて、さっきの三人の話をかいつまんで伝えてみる。



「未来を見通す薬の次は、相手の本音がわかる薬?」

「まあ、そういうのがあればいいのかなと思ったんですけど」

「そりゃ、そんな薬があれば役に立つとは思うけどさ、いざ作るとなったら大変だぞ。何を取っ掛かりにして材料を選べばいいのか、見当もつかないし」

「そうなんですよね」



 まったくもって、ディーンの言うとおりである。



 相手の本音がわかる薬、なんてひと口に言っても、抽象的すぎて具体性に欠けるというか。漠然としすぎていて、狙いを絞り切れないというか。



「もっと現実的に考えてみたらどうだ?」



 ディーンはいつものローブを脱ぎながら(もうヨレヨレではない)、意味深に微笑む。これまでも幾度となく私を的確に導いてきたそのアドバイスに、首を傾げる。



「現実的?」

「例えばさ、セルマ・レクセル嬢とギルロス殿下がカスタル伯爵令息や婚約者候補の令嬢たちの本音を知りたいと思うのは、なぜだ?」

「え、言ってることが本心からの言葉だとは思えないからでしょ? 相手の言葉と行動が矛盾してるから、全部噓くさく思えてしまうというか」

「だろ? つまり、嘘をついていると思ってるわけだ」

「ですね」

「だったら、その嘘が見抜ければいいんじゃね?」

「あ……!」



 ディーンはちょっと得意げな顔をしながら、ソファの隣に座る。



「カスタル伯爵令息は『従妹の面倒を見ているだけ』と言ってはいるが、あの言動から推測すれば恐らく嘘だろう。ギルロス殿下の婚約者候補の令嬢たちも耳当たりのいい言葉ばかり並べているが、どうも全部嘘くさい。それぞれの嘘を見抜いて本音じゃないと証明できれば、二人が望む解決に一歩近づくんじゃないか?」

「でも、嘘を見抜く魔法薬を作るなんて可能なんでしょうか?」

「さあな」

「えー?」



 思わず大声を出すと、ディーンはけらけらと楽しそうに笑う。



「そんな薬を作ろうなんて思ったこともないしさ」

「でも嘘を見抜く薬とか本音を知る薬とか、過去にご先祖様の誰かが開発してそうな気はするんですけど」

「調べてみるか?」

「善は急げと言いますし」



 そうして私たちは、早速学園の帰りにラウリエ伯爵家の本邸に立ち寄ってみた。



「あら、キルカ公爵に公爵夫人、どうしたの?」



 玄関ホールに現れたロヴィーサ様が、わざとらしく私たちの名前を呼ぶ。とてもニヤニヤしている。



 あれからラウリエ家の人たちはみんな、事あるごとにわざわざ「キルカ公爵(夫人)」と呼んで私たちの反応を楽しんでいるらしい。ほんとにもう。



「ちょっと、書庫を調べたくて」

「また魔法薬の依頼でも受けたの?」

「まあ、そんなとこ」



 何食わぬ顔でロヴィーサ様と話すディーンだけど、心なしか微妙な表情ではある。そりゃ、毎回毎回顔を合わせるたびに「公爵」呼びだもの。どういう顔をしていいのかわからないというのが、正直なところだろう(私もだけど)。



「嘘を見抜く薬ねえ……」



 ざっくりと状況を説明すると、ロヴィーサ様は書庫の鍵を開けながら思案顔になる。



「以前、研究所のほうに似たような依頼があってね。そのときにもここを調べたのよ」

「何か手がかりになりそうな調合法は見つかったのか?」

「ご先祖様の何人かがそれらしい魔法薬の開発に着手したみたいだけど、誰も成功してないのよね。そもそも他人の心の内側に干渉して嘘を暴くなんて、倫理的な観点からすると不適切だと判断されることもあるでしょう?」

「そうだな」

「そういう倫理観や社会的規範に阻まれて開発を断念したケースもあったみたいだし、純粋に開発が難しいってこともあるし。言うほど簡単じゃないのよ」



 そう言って螺旋階段を上り、三階を目指すロヴィーサ様のあとを追う。以前探してまとめてあったという調合法の幾つかを手渡され、ディーンと二人で目を通す。



「どの人も材料を一つ二つ選定した辺りで頓挫してるみたいだな」

「そうなのよね。あったらいいなと思って一度は開発を試みたとしても、実際に魔法薬として生成するにはやっぱり非現実的すぎるんじゃないかしら」



 結局、ラウリエ家の書庫でも大した成果は見出せなかった。



 でも一度頭に浮かんだアイディアを、そうあっさりと手放すこともできず。



「本当に非現実的なんでしょうか?」



 離れに帰ってきてひと息つきながら、さっきのロヴィーサ様の言葉を反芻する。



「まあ、簡単ではないよな」



 思い悩む私の隣に座りながら、ディーンも難しい顔をする。



「しかも今回の場合、嘘を見抜けたとしてもそれを客観的に証明できないと意味ないだろ?」

「そうですね。嘘をついているという明らかな証拠が提示できないと、今まで同様『嘘じゃない』と否定されて終わりだと思います」

「嘘をついてるかどうかなんて、本人じゃないとわからないことだからな。ご先祖様たちの誰一人として開発に成功してないってことは、それだけ荒唐無稽な薬だってことだし」



 本当に、そうなのだろうか。



 どこかに、何かヒントはないものか……?



 そんなときはいつものあの本、アルフリーダのおとぎ話集の出番である。私室に戻って本棚から本を取り出すと、ベッドの上で枕に寄りかかりながらパラパラとめくり始める。



 今回のキーワードは、なんといっても『嘘』だろう。



 『嘘』と言われて真っ先に思いつくのは、やっぱり『女神スールの魔眼』の話である。



 スールは本来、全盲の女神である。その両目は常に布のようなもので覆われているけれど、物事の本質を見極めたり過去や未来を見通したりする際には布の下に隠された目に力が宿り、魔眼として発動する。



 物事の本質を見極めることができるというのは、嘘を見抜く力があるということ。スールはその力をもって物事の真偽や善悪を見定め、審判を行うとされている。



 アルフリーダの本にはそのほかにも、『嘘』や『偽り』がテーマのおとぎ話が複数載っていた。外見が醜悪だと有名な姫が婿を取ることになり、選ばれた騎士が魔女にもらった不思議なランタンで照らすと本当は美しい姫の姿が映し出されて呪いが解けたとか、東方の小国シェイロンには人の心を読んで嘘を見抜く『猩狒(しょうひ)』という神獣が住んでいるとか。それから、しょっちゅう悪質な嘘をついて村人を困らせていた少年が魔女に魔法をかけられたせいで、嘘をつくと身長が縮むようになってしまった話とか。



 そこまで読んで、はたと、考える。



 例えば、嘘をついたことで外見が変わるとしたら。



 見た目が醜悪になったり身長が縮んだり、何か目に見える変化が現れたとしたら。



 それは嘘をついたという、明確な証拠になり得るのではないだろうか?



 そんな効果を持つ魔法薬が、作れたら。



 セルマ嬢やギルロス殿下の抱える問題解決に向けて、一歩前進するのでは……?



 ガチャリとドアの開く音がして、ディーンが寝室に入ってくる。



「どうした?」

「……もしかしたら、ちょっとひらめいちゃったかも……!」



 






 



  




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