53 本音がわかる薬
「いつのまにか、ここがあいつらのたまり場になってないか?」
「そうですね、否定はしません」
忌々しげにつぶやくディーンに苦笑しながら、ソファに陣取る生徒たちに目を向ける。
三人であそこに座って、あーでもないこーでもないとしゃべり倒す様はなんだか微笑ましい。
「エドヴァルド、最近ほんと調子に乗ってると思うんですよ」
「そうだよね、一時はちょっと大人しくなったのに」
「僕、オールステット子爵令嬢のほうがなんだか気になるんだけど」
「え、何? 殿下ってああいうのが好みだったんですか?」
「違う違う。この前、あの二人が仲睦まじげに話しているところに遭遇しただろう?」
「あー、はい」
「あのとき、彼女が君に向けていた視線がやたら挑発的というか、攻撃的だったような気がして……」
「ああ、あの方、わりと最初からそうですよ。エドヴァルドがいつも自分を優先するからって勝ち誇った顔をして、見下したように自慢げに話しかけてくるんです」
「子爵令嬢が侯爵令嬢に対してそんな態度を取るなんて、だいぶ問題ありなんじゃないの?」
「マリーナ先輩、そういう常識があの方に通用すると思います?」
……本当に、いつのまに仲良くなったんだ君たちは。
学年も全員違うし生まれも育った環境も違うというのに、妙に馬が合うらしい。
しかしながら、現状彼らの抱える問題にさほど進展は見られない。
セルマ嬢は、実は以前からカスタル伯爵令息の態度について父親であるレクセル侯爵に相談していたという。
しばらくは様子を見ようということになって、セルマ嬢がたびたび諫めたり忠告したりしながら観察を続けていたけれど、まったく改善が見られない。というか、逆にひどくなっている気さえする。その報告を受けたレクセル侯爵は、いよいよカスタル伯爵に対して事実確認の書簡を送って苦言を呈することになった。
その直後、カスタル伯爵令息はオールステット子爵令嬢を優先し過ぎたことについてセルマ嬢に謝罪し、反省の意を述べたらしい。これで一件落着、事態は好転するかと思われたのだけど。
でも気づいたら、もとの状態に逆戻りである。
カスタル伯爵令息は「やっぱり一人ぼっちでかわいそうだから放っておけない」と言って、再びオールステット子爵令嬢と行動をともにするようになった。オールステット子爵令嬢も、「エドにとっての一番は私」とますます増長した態度を見せているらしい。
しかも最近では、「学園でのことをいちいちレクセル侯爵に報告するのはやめてほしい」とか「かわいそうな従妹の面倒を見ているだけなのにそれが許せないなんて、君の心の狭さにはがっかりしたよ」とか、セルマ嬢を非難するようなことまで言い出したカスタル伯爵令息。
これはもはや、擁護できないレベルまで来ている気がする。
ちなみにセルマ嬢はといえば、「別にもういいんです」と思った以上にサバサバしている。
「もちろん、これまで婚約者として良い関係を築いてきたつもりですし、好意がなかったとは言いません。でもどうしても引き留めたい、と思うほどの気持ちじゃないんです。そっちがその気ならお好きにどうぞ、という感じで」
「ずいぶん冷静なのね?」
「はい。だって、先生たちを見ていて思ったんですよ。大事にされるとか大事にし合うってこういうことなんだなって。少なくとも、今の私はエドヴァルドに大事にされていませんから」
聡いセルマ嬢は、すでに婚約の解消をも視野に入れている。本当は今すぐにでもと思っているのだろうけど、残念ながらそこまでの話には至っていない。
なぜなら、カスタル伯爵令息に退場を突きつけられるだけの確たる証拠がないからである。以前ディーンが指摘していた通り、「従妹の面倒を見ているだけと主張されれば反論は難しい」状況なのは依然として変わらない。明らかな不貞、とまでは言い切れないのである。
「十中八九、あれはクロだと思いますけどね」
マリーナ嬢が自信満々で豪語する。
「あの従妹は、もともとカス令息のことが好きだったんじゃないですか? 多分はじめから奪い取るつもりで入学してきたんだろうし、下手したら『面倒を見てあげてほしい』と頼んできた父親の子爵もグルですよ」
「あなた、『カスタル伯爵令息』を省略しすぎじゃない? 違う意味になっちゃうんだけど」
「どうせカスだからいいじゃないですか。ほんと、セルマが気の毒です」
「そこは同感だけど」
「経験者の立場で言わせてもらうとですね、あの手この手を使ってカス令息を籠絡した子爵令嬢も、その手練手管に堕ちたカス令息もどっちの有罪です。でも従兄妹同士という隠れ蓑のせいで、こっちも手の出しようがない」
「そこなんですよね」
セルマ嬢は、ちょっと投げやりにため息をつく。
「やってることは断罪スレスレなんですけど、『従兄妹だから』と言われるとそれ以上追及できないというか。場合によっては心が狭すぎるなんて糾弾されて、こっちが悪者です」
「もう一度レクセル侯爵に話して、カスタル伯爵に抗議してもらったらどうなんだ?」
ギルロス殿下の提案に、セルマ嬢は力なく首を振る。
「恐らく、前回と同じことになると思います。それどころか、『いちいち告げ口するな』とか責められそうですね。『こっちは何も悪いことはしていないのに、君は狭量すぎる』とかなんとか」
「自分のやってることを棚に上げて?」
「前回のとき、エドヴァルドはカスタル伯爵にだいぶきつく言われたらしいんです。この婚約は、うちにとってはそれほど利があるわけではありませんが、向こうにとっては今後の事業拡大を左右する頼みの綱ですから。でも、エドヴァルドはどうもその辺りをきちんと理解できていないようなんです。というか、以前はわかっていたと思うんですけど、リンダ様にうまいことそそのかされたんじゃないかと……」
「そそのかされた? 何を?」
「うちには年の離れた弟がいて、爵位は弟が継ぐことになっています。つまり私はどこかに嫁がなくてはならなくて、婚約が解消になれば行き先がなくなって困るだろうと」
「だからどうせ婚約は解消されないと高を括って、あんなに堂々としらばっくれてるわけ?」
「腹立たしいにも程があるね」
セルマ嬢の窮状を目の当たりにして、義憤に駆られる先輩令嬢と第二王子。
「何かこう、はっきりとした不貞の証拠というか、『従妹の面倒を見ている』以上の行為が見つかればいいんだけど」
「それか、エドヴァルドの本心さえわかればいいのにと思うんです」
「本心?」
「だって、明らかに今のエドヴァルドはリンダ様しか見えていないじゃないですか? でも私の前では『従妹だから』と言い訳して、なんとか誤魔化そうとしています。その化けの皮が剥がれてくれないかなと」
「化けの皮か……」
神妙な顔つきで視線を傾けるギルロス殿下が、大袈裟なくらい「そうだよね」と賛同している。
「本心とか本音がわかれば、取り繕った仮面も剥がれ落ちるだろうね」
「殿下も婚約者候補の方々の化けの皮を剥がしたいのですか?」
「セルマ嬢は、結構ずばっと切り込んでくるよね?」
ストレートな物言いに多少面食らいつつも、ギルロス殿下はどこか楽しそうである。
「僕の婚約者候補が二人に絞られた話はしただろう?」
「確か、一人は以前からお慕いしている方がいるからと辞退されて、もう一人も自分には王子妃は務まらないと言って辞退されたんですよね?」
「そう」
殿下の婚約者選びに関しては、少しだけ状況が変わりつつある。
令嬢たちの本音と建前に翻弄されるだけでなく、いつか心変わりするのではと疑心暗鬼に陥っていた殿下だったけど、「心変わりへの不安も含めて、相手の本音を知りたいのなら自分も本音をさらすしかないのでは?」と二人の先輩令嬢に諭されすぐに実行したらしい。
その結果、親や家門からの圧力に負けて名乗りを挙げていた令嬢が二人、あっさりと辞退することになった。殿下が本音でぶつかったらちゃんと本音で返してくれた、正直な令嬢たちである。
ただ、残った二人の令嬢は、率直に言うと「どれが本音なのかわからない、というかどの言葉も全部本当に思えない」と殿下が頭を悩ませていた方たちだった。「殿下をお慕いしております」と言うわりにはその瞳に澱んだ影が沈んでいる令嬢とか、「殿下より素敵な方など会ったことがありません!」と必要以上にわざとらしい笑顔で声高に宣言する令嬢とか。
令嬢たちの真意を計りかね、殿下はいまだに婚約者を決められずにいる。
「相手の本音がわかれば、こんなに苦労しないのにね」
殿下の寂しい嘆きの言葉は、確実に私の中の何かを、刺激した。




