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4 恋心粉砕薬②

 いきなり無理難題を突きつけられ、手も足も出ない私は肩を落とすしかない。



「そんなの、できるわけないじゃないですか。日の出前から憂い草の自生地に行って朝露を採取するなんて、親が許してくれるわけありません」

「そうか。じゃあ、諦めるか?」



 なぜか挑むような、煽るような笑みさえ浮かべて、先生が私の顔を覗き込む。



「まあ、そうだよな。普通は無理だよなー」

「う……」

「でも自分で作るといった手前、材料は自分の力で集めないとだしな」

「う……」

「じゃあ『恋心粉砕薬』を作るのは諦めて、ほかの忘却薬にしたらどうだ? もっと楽に作れそうな忘却薬だってあるわけだし――」

「楽に作れるのは、効き目が薄そうじゃないですか」

「それはまあ、一理ある」

「先生、なんとかなりませんか?」

「なんとかってなんだよ」

「だってこの、『恋心粉砕薬』をどうしても作ってみたいんです。なんでもしますから、先生の知恵を貸してください」

「そんなの、知恵もクソもねえよ。お前が親に頼んで行かせてもらえばいいだけの話だろ?」

「それができないから言ってるんですよ」

「お前の『どうしても』はその程度のものなのか?」



 なんだかやけに手厳しい先生に、私はぐうの音も出ない。



 不貞腐れたように黙り込むと、先生は穏やかに諭すように話し出す。



「なあ、ルーシェル・フォルシウス。親が許してくれないかどうかは、話してみないとわからないんじゃないか?」

「……先生は、うちの親を知らないからそんなこと……」

「そりゃ、俺は侯爵夫妻のことをよく知らないけどさ。それでもお前がどうしてもって言うなら、どうにかして説得するしかないだろ? その努力もしないで、無理だなんだと嘆くのは早計だと思うが」



 正論である。ますますぐうの音も出ない。



 でもそれができていたら、こんなことにはなっていない。それもまた、歴然たる事実である。



 追い込まれた腹いせに恨めしい思いで先生を見返すと、可笑しそうにぷっと吹き出すからまた忌々しい。



「わかった、わかった。じゃあ、こういうのはどうだ?」



 大人の余裕とも言うべきか、ダサい眼鏡の奥の目を細めて含み笑いをする先生。



「お前がちゃんと親に話して説明して、正当な許可をもらえたら俺が採取に連れて行ってやるよ」

「え?」

「『憂い草の朝露』なんて、初心者が一人で行っても取ってこれるものじゃない。経験者がいないと、まず無理だからな」

「先生は経験者なんですか?」

「当然。ラウリエの家の者はな、小さい頃から材料の採取に駆り出される。魔法薬の調合は、ただ材料を混ぜ合わせればいいってもんじゃないんだ。自ら手と足を動かし、己の目で確かめて、最も適した材料を選び取る。その過程を経ずして、繊細さと芸術性を宿した神秘の科学と言われる魔法薬学を制することはできないんだよ」



 はっきりとドヤ顔を決める先生にそこはかとない反発心を感じつつも、説得力があり過ぎてやっぱりぐうの音も出ない。



 私は仕方なく、わざとらしいため息をつく。



「……わかりました。親に話してみます」



 満足げに頷く先生を眺めながら、暗澹たる思いに沈むよりほかなかった。






◇◆◇◆◇






 翌日。



 またしてもラウリエ先生の研究室に呼び出された私は、前触れもなく白い封筒を渡される。



「なんですか? これ」

「言ってみればまあ、『魔法の手紙』だな」

「は?」



 わかりやすく警戒心を露わにすると、先生が苦笑する。



「親に『憂い草の朝露』を取りに行く話をしたあと、読んでもらうといい。お前の話を聞いて、親がすんなり許可してくれた場合はこの手紙がお前を後押ししてくれるだろうし、もし反対された場合でもその状況を覆す切り札になると思うから」

「だったら最初からこれを読んでもらえばいいんじゃないですか?」

「それだと意味がないんだよ」



 意味深に微笑む先生に、冷ややかな視線を向けても怯んではくれない。



 そのまま封筒を受け取って帰宅して、夕食の時間になっても私の腹は決まらなかった。



 そもそも、この国の宰相という最重要ポストに就くお父様は常に多忙を極め、朝早くから夜遅くまで働きづめで食事をともにすることも少ない。物心ついた頃からそんなだったから、遊んでもらった記憶もなければ和気藹々と談笑した記憶もない。



 父親というよりは、この国の宰相。どこまでいってもそんな印象しか持てない相手に、これから一世一代の大勝負を挑まなければならないなんて。



 まったくもって、勝てる気がしない。



 気が重すぎて、ため息しか出ない。



「姉さん」



 不意に呼ばれて、顔を上げたら真向いに座る弟のアルヴァーと目が合った。



「どうかしたの? 姉さん」

「え? どうして?」

「さっきから何度もため息ついてるみたいだから……」



 その目に、やんわりと気遣いの色が浮かぶ。



 なんだか居たたまれなくて、「大丈夫よ」なんて軽くあしらおうとしたのに弟はなおも食い下がる。



「もしかして、ハルラス殿下のこと?」

「え? 全然関係ないんだけど」



 即座に否定してから、全然関係ないとも言い切れないかと思い直す。『憂い草の朝露』を採取しに行きたいのだって、そもそもハルラス様への恋心を忘れたいからなんだし。



 でもそれを、いちいち説明する気にはなれない。



 その後もため息を連発しながら夕食を終え、アルヴァーだけでなくお母様にも声をかけられ、なんとか振り切って自室に戻るとすぐにお父様が帰宅したと侍女から聞かされる。



 本当に、なんというタイミングだろう。こんなにも早い帰宅は珍しい。まるで、今日ケリをつけろと言わんばかりである。



 ……仕方ない。



 私はのろのろと立ち上がり、ラウリエ先生の手紙を持ってお父様の執務室へと向かう。



 ドアの前に立ち、深呼吸をしてから恐るおそるノックをすると「どうぞ」という返事があった。声を聞いたのは、何日ぶりだろう。



「お父様、今よろしいでしょうか……?」



 おずおずとドアの隙間から顔を出す。執務机の向こうで何かの書類に目を通していたお父様が、私を凝視する。



「ルーシェルか? なんだ?」



 相変わらずの、まったく温度を感じない目。なんの興味も関心もなさそうな声。心なしか歪んだように見えた顔に、思わず後ずさりしたくなる。



 でも意を決して、私は執務室に踏み込んだ。



「実は、お父様に折り入ってお願いがあるのですが……」

「なんだ?」



 硬い声が急かすように飛んでくる。せっかく早く帰ってこれたというのに、私ごときに煩わされたくないのだろう。



 ここに来て、ようやく私も腹を決めた。



「……魔法薬を作るための材料を採取しに行きたいので、許可をいただきたいのです」

「魔法薬の材料?」



 なんだか妙に間の抜けた声が返ってきた。そんなに驚くことだろうか。いや、驚くか。



「それは、授業で使うのか?」

「いえ、その、単なる私の趣味です」

「趣味? 魔法薬を作ることが趣味なのか?」

「え? まあ、はい」



 曖昧に答えると、お父様が急に思案顔になる。「魔法薬学の成績は確かに群を抜いているからな……」とかなんとか聞こえたような。



「わざわざ許可をもらいに来たということは、その材料は何か特殊なものなのか?」

「はい。『憂い草の朝露』と言って、朝日を充分に浴びた朝露でないとダメなんだそうです。なので憂い草が自生している場所で、朝日が昇るのを待っていないといけなくて」

「まさか一人で行くつもりなのか?」

「いえ、魔法薬学のラウリエ先生が連れて行ってくれると言っています」

「ラウリエ先生? ……現伯爵の弟のディーン・ラウリエ伯爵令息か?」

「あー、はい」



 そうか、先生も「伯爵」家の「令息」ではあるのか。なんかそう呼ばれることに、違和感しかないんだけど。



 先生の名前を出した瞬間、お父様はなぜか表情を強張らせて、それからしばらく無言で考え込んでいた。



 なんとなくではあるけど、旗色の悪さを感じる。戦況が思わしくない。劣勢に傾いている気さえする。



 どんどん張り詰めていく空気に戦慄していると。


 

「ラウリエ伯爵令息がついているなら問題ないだろう。気をつけて行ってきなさい」

「……は?」



 やばい。変な声が出た。



「なんだ?」

「え、その、いいのですか?」

「……私が許可しないとでも思っていたのか?」

「あ、いや……」



 そうです、とはとても言えない雰囲気である。



「私がこれまで、お前の望んだことを突っぱねたことがあったか?」

「い、いえ……」



 というか、お父様に何かを望んだこと自体ないと思うんだけど。



 でもそんなことを言おうものならまた面倒くさいことになりそうだから、ひとまず口をつぐむ。



 と同時に、ラウリエ先生の手紙の存在を唐突に思い出す。



「あ、お父様。これ、ラウリエ先生から預かってきた手紙です」



 すんなり受け取ったお父様は、手紙を読み進めるうちなぜだか次第に顔をほころばせていった。終いにはニヤニヤしていると言っても過言ではない表情になり、私ですらちょっと怖気づく。



 先生、ほんとに一体、何を書いたんですか……?





 



  








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