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27 宵闇の夢③(ディーンside)

 自分の気持ちを自覚して、密かに想い続けていこうと決めると途端に心は軽くなった。



 むしろ、今まで鬱々と澱んで見えた世界がぱーっと色鮮やかになって、なんだかまぶしい。



 自分でもびっくりするほど前向きな心境になり、「俺は生まれ変わったんだよ」なんて言ったらルーシェルはだいぶ訝しげな顔をしていたけど。



 それからはルーシェルと一緒にいても不要な葛藤を抱えることはなく、ルーシェルにどんどん惹かれていくのを無理に押し込めることもなく、でも自分の気持ちはひた隠しに隠したまま、ただただルーシェルのために在ろうとする日々だった。



 一方のルーシェルは、『殿下よけフレグランス』(のちに『ディフェンスフレグランス』と命名されることになるが)の開発に没頭していた。ただ、脇目も振らずにのめり込むあまり、どうやら自分の卒業後のことをすっかり忘れているようだった。



 ハルラス殿下との婚約が解消してすぐの頃は、自分の進路に悩んでいたルーシェル。



 ラウリエ魔法薬開発研究所とかウイアル公国への進学とかの選択肢もありながら、「ここで助手として雇ってくれたらいいのに」なんて甘えるような目で言われてしまえば、なんとかしてやりたいと思うのは完全に惚れた弱みである。



 学園のベテラン教師陣に聞いてみたところ、これまでにも卒業した学園生が助手とか研究生といった立場で研究室に残った例は複数あるとのこと。



 ひとまず学園長に掛け合ってみたところ、予想外にすんなりと



「本人が望むのなら、特例として認めましょう」



 という返答を得る。学園長もハルラス殿下たちの騒動に関しては思うところがあったようで、学園側としてルーシェルに対し何もしてやれなかったと罪悪感めいたものを抱いていたらしい。



「ただ、良家のご令嬢に助手をお願いするわけですから、親である侯爵様の許可は得ておいたほうがよろしいかと思いますよ」



 恰幅のいい学園長に至極真っ当な正論を言われ、俺は思わずうなってしまう。



 まあ、確かに。それはそうなんだが。俺だって、そのつもりではいたのだが。



 でもそうなると、相手はあの圧倒的子煩悩で有名なフォルシウス侯爵その人である。一筋縄ではいかない気がする。いやむしろ、いくわけがない。



 怯む気持ちをなんとか抑えつけ、会う約束を取り付けた俺は王城に向かった。



「あなたのほうからいらっしゃるとは、珍しいこともあるものですね」



 宰相の執務室で待っていたフォルシウス侯爵は、仏頂面をさらに険しくしたような厳しい顔をしていた。



 でも別に、怒っているわけではない。元々こういう強面の顔をしているだけで、不機嫌なわけでもない。それに、多少皮肉な物言いをするからどうしても誤解されやすいのだが、実は悪い人ではないしどちらかというと親切で世話焼きな人だったりする。



 要するに、根は愛情深い人なのだ。



 幼い頃から面識があり、否応なしに長い付き合いとなっているからこそ知り得たそういう()()()()を、娘であるルーシェルから完全に誤解されていたのはだいぶ残念なことではあったが。



「で、今日はどうされたのですか?」

「……侯爵のご息女、ルーシェル嬢のことでな」



 俺がそう言うと、侯爵はぴくりと片眉を上げる。さすがに、愛娘に関する話となったら穏やかではいられないらしい。



「ルーシェルが、何か?」

「卒業しても、助手として俺の研究室に残ってもらいたいと思ってるんだ」



 意を決して真正面から切り込むと、侯爵はすぐさま眉間に何本もの皺を寄せる。



「……助手、ですか?」

「ああ。当代きっての才女と名高いルーシェル嬢だが、中でも魔法薬学の成績が突出しているのは侯爵も知っているだろう?」

「ええ、まあ」

「以前手紙にも書いた通り、彼女の魔法薬学に関するセンスや資質といったものは群を抜いている。ラウリエ家の者に勝るとも劣らないあの才能を、このまま埋もれさせてしまうのは惜しいと思うんだ。現に今、彼女は新たな魔法薬の開発に没頭していて、完成すれば大きな話題を呼ぶどころか世界各国の魔法薬学の研究者から注目を集めることは間違いない。俺としては、彼女の才能が花開くのをなんとか後押ししたいんだよ」



 反論する隙を与えず、一気に言い募る。



 元々はルーシェルの淡い願望を叶えてやりたいだけなのに、よくもまあこれだけもっともらしい理由を並べ立てたものだと我ながら苦笑してしまう。



 侯爵は話を聞きながら、何を考えているのかますますひどい仏頂面になっていく。



「……ハルラス殿下との婚約が解消になったあと、今後のことについてはルーシェルとも何度か話し合っています。その際、ラウリエ魔法薬開発研究所への入所やウイアル公国への進学といった選択肢と共に、あなたの研究室に残る可能性についても話題に上りました」

「そうか」

「現状、ラウリエ魔法薬開発研究所の採用試験はすでに終わっておりますし、公国への進学を決めたとしても今から準備して間に合うかどうか。そうなると、確かにあなたの研究室に残ることが最良の選択なのかもしれません」



 なんてことを言いながらも、侯爵の表情は依然として渋いままである。



 まったくもって納得していないのだろうということは、長年のつきあいでなくてもわかってしまう。皮肉か不満か、侯爵が繰り出す次の言葉を身構えながら待っていると。



「……あなたはもしや、ルーシェルのことをただの生徒としてではなく一人の女性として見ているのですか?」



 ストレートすぎるその質問に、思わずギクリとする。



「は? 何言って――」

「あなたがルーシェルの才を高く評価してくださっていることは親としてこれ以上ないほど誇らしく、また感謝の念に堪えません。それに、あなたがうまく話してくれたおかげで私に対するルーシェルの誤解が解け、私たち親子の関係が劇的に改善したことだって感謝してもしきれないくらいだ。しかしあなたは、これまで他人に対して一定の距離を保ちつつ、深くかかわらないようにしてきたはずです」

「ああ、まあ……」

「それなのに特定の誰かに対してこんなふうに肩入れするなんて、これまでのあなたからすれば考えられないことでしょう? だとしたら、そこに何か特別な感情があると仮定してもおかしくはない」



 宰相の探るような鋭い目が、俺を捉える。



 数秒間、無言で睨み合う。



 そうして俺は、すんなりと覚悟を決める。



「……侯爵の言う通りだよ」



 嘘は、つきたくなかった。



「ルーシェルが望むことならなんでもしてあげたいと思うくらいには、大切な存在だ」



 心からの本音だった。



 幼い頃から俺を気にかけ、事あるごとに世話を焼こうとし、一生の孤独を決めた俺の行く末を案じてくれるこの人に、適当な嘘なんかつきたくない。



 俺の返事に宰相は言葉を失い、瞬きすら忘れたかのように動きを止める。



 それから不意に、顔を歪めた。



「あなたは……私が今どんな思いでいるのかわかりますか……?」

「お前ごときに大事な娘はやらん、とでも思ってるんだろう?」

「もちろんそれもあります。誤解からとはいえ不必要な我慢と苦労を引き受けてきたルーシェルに、これ以上つらい思いはさせたくない。あの子はこの先あの子の望むタイミングで、あの子自身が望むところへ嫁がせようと思っています」

「それはそうだろうな」

「でも私にとって、あなたはすでに弟のような存在なのです。誰とも深くかかわらず、孤独に生きていくと決めたあなたに大切な相手がいるのなら、どうにかしてやりたいと思うのは当然のことではありませんか……?」

「え……」



 強面の宰相の声は、心なしか震えている。


 

「それほど大切だと思うのなら、いっそのことあなたがルーシェルを娶ればいいのですよ」

「グスタフ、それは……」

「ひと目惚れしたなどと言いつつ、堂々と心変わりしたうえ醜態をさらし続けたどこぞの王子などより、あなたのほうが余程信頼できる。もしもルーシェルが望むのなら、そういう選択肢だって――」

「それはダメだ」



 容赦なく言い切ると、普段は冷静沈着で知られた宰相がすかさず「なぜです?」と食ってかかる。



「確かにルーシェルは俺にとって唯一無二の、大切な存在だ。でも大切だからこそ、この気持ちをあいつに伝えるつもりはない」

「ですからなぜ……?」

「俺の地獄にルーシェルを引きずり込むわけにはいかないだろ?」

「ディーン……」

「いくら好きな相手ができたからって、俺は一生結婚しないという選択を覆すつもりはないんだ。そんな人生に、あいつを巻き込みたくない。俺はルーシェルに、誰よりも幸せになってほしいんだよ」



 そう言って宰相を見返すと、彼の視線は静かに愁いを帯びていく。



「あなたはどうあっても、その決意を翻すことはないのですか?」

「何度も言ってきただろう? 俺はこれからも、ディーン・ラウリエとしての人生を歩んでいきたい。その人生に王族の血という事実はいらないし、こんな不正な血は俺で終わらせるべきなんだよ」



 感情を押し殺した声で答えると、宰相グスタフ・フォルシウスは物悲しげな目で大きなため息をついたのだった。






◇◆◇◆◇






「……ってことはあったけどな」



 俺の話に、驚いて声を上げたり顔を赤くしたりと可愛い反応を見せていたルーシェル。



 すっと腕を伸ばして抱き寄せると、恥ずかしそうに俯いてしまう。



「せ、先生……」

「もう先生じゃないって何度言わせるんだよ?」



 焦がれる想いは胸に秘めたまま、ずっとそばで見守っていこうと心に決めたはずなのに。



 あのとき、目の前からいなくなるとか別の誰かに取られるとか、そんな想像が頭をかすめただけでもうおかしくなりそうだった。



 しかもルーシェルが俺のせいで泣いていると気づいたら、その瞬間無意識に手は伸びていた。



 たまらず手を伸ばしてしまったことを、後悔はしていない。今はただ、この腕の中に閉じ込めたルーシェルの温もりを感じていたい。



「好きだよ、ルーシェル」



 俯いたまま顔を上げようとしない愛しい人にささやくと、「わ、私もです……」なんて照れたような甘い声が聞こえた。







 









次回からルーシェル視点に戻って、またすったもんだしていきます。

あと、ディーンの溺愛が今後加速しますのでご注意ください。

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