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後編


 深夜になって、僕らは浜辺へとやって来ていた。手を繋ぎ、きゅっと指を絡める。部屋の中で触れていても思ったことだが、何て細くて長い指なんだろうと思う。もし指輪があったなら、きっと一番小さいサイズなんじゃないか、なんて想像した。


 夜の潮風に、緩やかに靡く彼女の長い髪は、扇情的で美しい。


 彼女は、ウエディングドレスに見立てた真っ白のワンピースを着ていた。月光を反射して、より純白な光沢を放っていて、いっそ神々しくもある。

 僕は、タキシードに見立てた黒のリクルートスーツを着ている。ずっと着ていたビジネススーツは着古してよれよれだったから、せめてと思い、就職活動中にだけ使っていた古いスーツを持ってきていた。



 たかがリクルートスーツだけど、僕にとっては今は、結婚の為の服に他ならない。一週間前にわざわざ持って来たものだったが、本当に袖を通すことができるなんて。僕はまだ夢を見ている気分だった。

 最後に見ている、とっても都合のいい夢だ。



「ダイビングの道具は持ってきてないの?」

「うん。だって、つけたら顔が見えないから」



 向き合って、彼女の頬を撫でた。

 マスクも、スノーケルも、レギュレーターも、絶対に必要になる。海の中で無防備な目を開けていることはできないし、当然酸素がないと結婚どころではなくなる。

 でも、全部付けたら、彼女の表情はほとんど見えなくなってしまう。


 彼女は目を細めて優雅に笑うと、仕方ないなぁ旦那様は、と言ってくれた。まだ結婚式を始めていないのに、もう僕は旦那様になれたんだ。

 やっぱりこれは、僕の都合のいい夢なんだろう。そうでなければ、流れ星が叶えてくれた奇跡なのかもしれない。

 視界の端で、またいくつもの大きな星が流れて行った。どぉん、とはるか遠くから、遅れて音が届いた。まるで、二人で見ていたアクション映画の爆発音みたいだった。




 僕らは手を繋いで、一緒に海の中に入っていく。



「冷たいね」

「冷たいな」



 あっという間に着ている服は海水を吸って、重くなっていく。



「でも、今日の招待客は満員だね」



 彼女が顔を上げたので、倣って僕も夜空を見上げた。

 闇に浮かぶ、満天の星。日本からこんなに沢山の星が見えていたのかと、驚愕するほどの輝き。そして、今まさに結婚しようとしている二人の頭上では、目では追いきれない数の流れ星があった。瞬いては消え、また線を引く様にしながら強く光って流れていく。


 流星群、と言ってこれだけ流れているのを見たのは初めてだった。降って来た星が空から姿を消したと思うと、地震かと思う程激しい揺れを感じる。海の水が大きく波打って、僕らはお互い倒れてしまわないように抱き締め合った。


 抱き締め合ったままゆっくり足を進めて、肩まで海に浸かる。星は、流れ続けている。

 彼女と向き合った。ウエディングベールを上げるように手を動かした。彼女は嬉しそうに微笑んで、二重でぱっちりとした大きな目には水の膜が張って、潤んでいる。

 肩を掴んで、引き寄せて、唇を重ねる。「愛してる」と伝えてからもう一度を唇を重ねた。彼女からも、引き寄せてくれたような気がした。

 同時に、海に大量の星が降った。大きな波が覆いかぶさってくる。



 僕達の足の裏から、感覚が消え、一瞬で前も後ろもわからなくなった。わかるのは、しっかりと握っている、彼女の手のぬくもりだけ。







 ――2XXX年、八月某日。突如やってきた流星群は、全ての大地や海に、次々に輝く星の根を下ろした。星の根が下りた場所では、あるいは地割れを起こし、あるいは洪水を起こし、あるいは炎を巻き起こした。



 ほどなく、地球と呼ばれる星の何もかもを、満遍なく焼き尽くした。





   ***





 数千年前の話だ。星が降って来て生物のほとんどが消えたというこの星は、星屑(ちきゅう)と言う。もちろん、星屑をそのまま「ちきゅう」と読むことができるわけではない。

 嘗て、この星は宇宙から見ると、丸くて青い星だったらしく、字を地面の球と書いて、「ちきゅう」と読んだ。しかしその数千年前の厄災によって、「ちきゅう」は大きく姿を変えた。宇宙から見る姿は、球というよりももっと、ごつごつとした岩のようなものへと変貌した。



 当時の災厄や、災厄が起こるより前の世界の状態を、事細かに記した書類は数多くあった。それを書いたのは一人の技術者で、多くの人間が死滅した中での数少ない生き残りだったらしい。おかげで、この時代の人間達は、かつて地球が丸かったことを始めとした多くを知ることが出来た。

 そして、貴重な資料として先日、当時の人類と思われる、腕から先の骨が見つかったのだ。



 かつて海だったとされる場所の地面の、奥深くで、発見されたものだ。損傷は酷かったが、今ならどんな形だったのかを復元することができた。



 透明のケースの中にある物体。直に少しでも触ったら、一瞬で砕け散ってしまうのではないかと思う程に、ヒビの入った骨。

 そこには、太い骨の手と、細い骨の手が、繋ぐように絡み合ったまま展示されていた。





end



世界が終わりを迎えた時の、とある男女の「終わり」を考えた小説でした。

拙作をお読みいただき、ありがとうございました!

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