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精霊流し  作者: 名夢子
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ピアノと合唱

登場人物


僕:吉野和樹 カズちゃん

 2年G組 次期合唱部指揮者 部長候補

 小学生の時:横井長子先生

 中学校の時:祐宗美智子先生

 高校生の時:篠沢凉子先生

 両親は転勤で東京に。独りアパート住まいをしている。


篠沢凉子先生:

 祐宗先生の友人で、横井先生の弟子。

 パリ音楽院で学び、演奏活動を東京で始めるが

 体調不良で帰郷。音楽教室を始める。


井沼圭三先生:

 二期会に所属する声楽家で音楽教諭 合唱部顧問


山崎保

 3年生 現在部長 東大進学を目指す


松尾由紀

 3年生 副部長 ピアノ伴奏 長身 

 喉に悪性腫瘍を抱え、夏に手術を控えている


辻琴音

 3年生 ソプラノ 芸大声楽科志望


木田周生きだしゅうせい

 2年生 バリトン 文系の教員志望


長島紀子

 2年生 ソプラノ 次期パートリーダー 芸大声楽科志望


松尾加代

 2年C組 アルト 次期パートリーダー 音楽教員志望

 和樹の父親と加代の父親は同じ会社に勤めている

 和樹の近所の幼なじみ


シュウちゃん 峰秀一

 2年G組 学年トップの成績優秀者 県内1位

 和樹の幼なじみ。小学生の時転入。

 孤児院 ドミニコ神の園 から学校に通う

 小学生の和樹が訪問した際にピアノのことで、

貧富の差についてまざまざと知ることに。



ジアノ修道女 峰秀子

 ドミニコ神の園の修道女 峰秀一の実姉

 和樹があこがれる女性。しかし信仰のため、直接

 話をするのがためらわれる。


マリアンヌ院長

 ドミニコ神の園の院長

 孤児院ハウスみんなの母親


久保美佐

 2年C組 次期伴奏者

 和樹と同じピアノの先生(篠沢)に師事

 父親は漁業関係企業の重役

 家庭での疎外感がある


福田精一

 親友、ギター部 大塚の幼なじみ


福田玲子

 精一の妹


田川美佳

 玲子の幼なじみ


福田清五郎

 精一の父親 和樹の高校で倫理を教えている


大塚良一

 親友、ギター部


大塚利一郎 大塚の祖父 

 原爆病院に入院する原爆病患者


金村

 数学教諭 善い教師を演じたいといつも考えている


 2年G組 バスケットボール部 和樹のことを

 嫌っている 理由は不明


米田

 2年G組 剣道部 3段 正義感溢れ、刑務官志望


宗猛君そうもうくん

 新人男子 将来僕の後を継ぐ部長となる


柳井正やないただし

 新人男子 テナー


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「暑かね」

 僕は耳の下に流れてくる汗を手拭いで、ぬぐいとりながら、隣を歩いている久保に呟いた。

「うん...」

 小さな声で呟く久保の方をみると、僕と違って目に見えるような汗はかいていない。女の子とは、こういう生き物なのか、と不思議に思っていると、

「先生に、果物でも買っていきなさいって、親が...」

真っ白の封筒に入った金をみせる。

「ああ、おいもそう思いよったとばい。半分出そうか。」

「うん」

 金のことを切り出すのがつらかったのか、お見舞いの品を一人で買うのが不安だったのか、久保は少しほっとしたようだった。それにしても、暑い。原爆病院まで、まだ道のりは長い。本当ならば川縁の柳が涼しさを演出してくれるはずなのだが、すっかりしおれてしまって、腐臭が漂っている。

「暑かっ!」

と叫ぶと、僕は浦上天主堂の上に広がる空を、うらめしく見上げた。雲一つ無い真っ青な空だ。


 数日前、僕は諏訪町のピアノの篠沢先生宅を訪れていた。僕は週2回、最後のレッスン者で、時間は午後7時頃だ。終わるのは8時か9時ぐらい。ちょっと早めに着いたので、控えの部屋で、先にレッスンを受けている人の音を聴いていた。唐突に音が途切れたかと思うと、そこでレッスンが中断されたようだ。どうかしたのか、と思ったが、くぐもった声がして、突然扉が開いて中から女子が出てきた。なんと久保である。

「お、なんしよっとや」

「同じ先生だったのよ。知らなかった?」

「知らんかった。そうかぁ」

「あ、先生、お体の調子が悪いって。」

 それで、中断したのか、と言おうとしたら、先生が出てきた。3年前留学先から帰国して、東京で演奏活動をしていたらしいが、体調を崩し故郷にもどってピアノ教室をはじめたのだ。

「先生大丈夫ですか?」

「ううん、平気だけど。座っているのが辛いの。少し横にならせて。」

 久保が甲斐々々しく先生を待合の僕が座っていたソファに座らせ、近くにあったクッションを枕に寝かせると、奥に入って先生のお母様を連れてきた。

「今日は、帰ります。」

と僕が言うと。

「ああ、いいのいいの、気にしないで。ピアノ弾いていって」

 そう、僕は家にピアノを弾く環境がないのだ。両親は東京にいて、この長崎で独り住まいをしている。僕のピアノは東京にあり、誰も弾かないまま埃にまみれている。

「じゃ、少しだけ」

と言うと、先生はにっこりと微笑んでくださった。

「私も、聴いていていいですか」

久保がそっときいた。

「もちろん、いいわよね。すごいのよこの人のピアノは、悪霊退散って叫んでいるみたいだから」

 先生は無理に笑おうとしたが、思わず咳き込んで、久保が必死に先生の細い背中をさすっている。お母様も側に寄り添って、先生の肩を撫でていた。僕はそれを横目に見ながら、ピアノの部屋に入り、さっきまで久保が弾いていたピアノの鍵盤をそっとさわった。まだ暖かかみの残る鍵盤を掴むように、僕はバッハのプレリュードを弾き始めた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 高校2年生に進級し、僕が所属する合唱部でも新入生獲得と、夏の二つのコンクール予選に向けて準備が開始される。その後は、市内の県立高校4校の合同演奏会、文化祭、クリスマスには教会へのボランティア、などなど、行事とその準備、練習と、年間スケジュールが大きく貼り出された。

「よかか、こいはおおまかなスケジュールやけん、こまかところが抜けとる。そいは、めいめいがよお考えて、行動することっ!よかか!とにかくこのスケジュールをもとに、各パートリーダーが先導してやるように。」

 新部長の山崎先輩は、熱血漢だ。段取りもうまく、顔立ちも良く、成績も県で1位を争うほどだ。しかし、校内の男子生徒の受けはいいとはいえない。

「部長、テナーはだれがリーダーすっとですか。」

 山崎先輩は、僕と同じテナーだが、部長なのでパートリーダーを兼任するのか、と思って僕は聞いたのだ。

「わいが、すればよか。」

え、僕がか?

「ばってが、テナーは和ちゃん一人じゃなかね。あははは」

 ソプラノのキンキン声で笑うのは、3年の辻琴音先輩だ。確かに辻先輩の言うとおり、テナーは山崎部長と僕しかいない。バスパートにいたっては同じ学年の木田だけだ。ということは昨年10人にいた男子のうち7人が卒業して、たった3人になったのか。周りを見渡して人数を数えてみると、男の10倍は女子がいる。この比率は、かなりやばい。

「そうそう、コンクールも女声3部でいくほうがよかね」

 副部長の松尾先輩だ。伴奏を担当しているが、おそろしくピアノが上手である。身長が高いので、舞台で目立ちすぎるという理由で、入部当時から伴奏担当である。

「ちょっと待って!男子の少なかとは、カズと木田になんとかしてもらわんといかんたい。特に新入生の獲得。こいはおいたち男子の面目のかかっとっとばい!」

 確かにそうだ。女声だけの合唱部ならば、僕ら男子の存在価値はない。伴奏に回りたくても、松尾先輩がその座を譲るわけがない。

「今日は、まだ課題曲もきまっとらんし、各パートで基礎練習して、適宜終わってくれ。」

「は~い」

と女声陣は奥のパート部屋にこもっていった。残されたのは木田と僕、山崎先輩と松尾先輩、そしてアルトで同学年の久保だ。部長が僕らの顔を見渡すと、僕の目を見ながら話し始めた。

「とにかく、1年の男子ば、最低でも5人、集めること。よかか。」

「はいっ」

 僕と木田は緊張よろしく返事した。

「そいから、久保のことばってんが、久保は音大受験するとらしか。」

「はい」

 久保が松尾先輩の顔色をうかがいながら返事をした。

「それが、ピアノ科を受験するそうじゃけん、伴奏もさせてくれんかて松尾に相談したと。」

「そこから先は私が。それでね、私も無理言って伴奏させてもろうたけん、今年は久保に伴奏を譲ろうと思うとるとよ。いままで誰にも言うとらんばってん、あ、ザキは知っとうけど、私の喉の奥に腫瘍があっと。」

 心底驚いた。あの電柱松尾先輩に腫瘍があるということが。どうしてこんなにあっけらかんと告白できるのだろうか。そしてその腫瘍という言葉が恐ろしかった。

「たいしたことはなかとよ。でも声帯に負担はかけられんから、ずっと伴奏してたと。でも受験を前に手術して綺麗さっぱりしたかとたい。わかるやろぉ、この乙女心。」

 誰も笑わない。僕らの持つ恐ろしさよりも松尾先輩が感じている不安の方が何倍も何百倍も大きいことが伝わってきたからだ。

「まぁ、どこに乙女心があるかわからん松尾のことやけん、手術はうまくいくさ。それでだ、伴奏を久保にやってもらうとして、1学期中はおいが指揮をするばってん、2学期から、すなわちコンクール予選から2年生に指揮ば任せたか。できれば、男子にやってもらいたかとおいは思っうちょる。」

「えっ、1学期だけ。」

「そう。個人的な要望で悪かとばってんが、夏は東京の受験ゼミで合宿すると。コンクールにもでられんし、練習不足で足も引っ張ることになる。それじゃ、いかんやろ部長として。今の3年生の大半が音大受験ばってん、おいだけが理系で、成績ももっとあげんといかんと。みんなに悪かと思うとる。」

「じゃ、カズが指揮、次期部長でよかでしょ」

 いままだずっとだまっていた木田がバリトンのよく通る声で発言した。

「おいは、本格的に音楽のことは知らんし、ピアノもわからん。指揮者は伴奏者のことも考え、全体を見渡す力が必要たい。おいには、いっちょんむいとらんです。」

 僕は、木田こそみんなの心を敏感に察知し、普段から部内の雰囲気を良くする役をかって出てくれていることをよく知っている。


 結局、木田の言うとおりになり、部長と松尾先輩はソプラノリーダーと次期リーダーの長島紀子、アルトリーダーと次期リーダーの松尾加代を呼び出して、話をした。事前に各リーダーから話を聞いていたらしい、長島と加代は、素直にうなずくと僕の方を見ていた。加代は木田の方をじっとみていたが、納得したようだった。

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