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よう来たな、まぁ座れや B面

帯状疱疹のハナシ

作者: たんばりん

2023年 帯状疱疹にかかった時のお話



【これが肩こりですか?】



 肩が重い。


 土・日曜日に朝から晩までPCに向かってイラストを描いていたら、利き手である右手の肩から二の腕にかけてじんわり痛くなってしまった。今まで健康体だったため肩こりなどというものとは無縁だったが、コレが肩こりなのだろうか。


 ま、多少肩が痛いだけだし、たかが肩こり、ほっときゃそのうち治るだろうと思っていたが一向に良くなる気配がない。


「肩こりかなあ」


 妻に言うと強く整体を勧められた。でも肩こりだよ? そんなのほっときゃ治るんじゃないの?


 火曜・水曜日と出張だったが肩の様子は全く変わらず、そう簡単には治らないかと思いはじめた木曜日、出勤すると「ツキッ」とした頭痛が襲ってきた。


 なにしろ「うっ」となる頭痛がずっと続くので「こりゃ仕事にならん」と、職場に置いてある頭痛薬を飲んだのだが、4時間程度でまた痛みがぶり返してくる。頭痛薬の注意書きには「6時間以上の間を空けて飲むこと」と書いてある。あと2時間も待つの? いやいや、仕事にならないから。


 もう1時間だけ我慢して頭痛薬を飲んだが、こんな対症療法では埒が明かない、根本を正さなければ。ではどうするべきか。


 1、医者に行く


 2、整体に行く


 まあ肩こりなら整体だろう。以前「首が痛い」と駆け込んだ市民病院では、CTをとって痛み止めを処方されただけで根本解決に繋がらなかったし、妻が通っている腕の良い整体師の電話番号を聞いていたのが決め手となった。整体に連絡するとちょうど今日の夜に空き時間があると言う。よし! じゃあ行ってみようじゃないか。






【初めての整体】



 整体。


 私にとっては謎の職業だ。でもまあ看板には「肩こり」なんて言葉も書いてあるし妻のお墨付きだ、きっと効果はあるのだろう。


 ベッドに寝かされ電気マッサージを受けた後、整体師は私の背中を触るなり「硬くなってるねぇ~」などと言うが、別に硬くても痛くなければいいような気もする。さらには「背中が丸いねぇ~」と猫背を指摘するが、問題なのは私が猫なことではなく肩がこって痛いということだ。


 あ、イタイ。結構イタイ。なんか痛いところを集中的にいじってくる。こっているとかいないとか、果たして触るだけで分かるのかが疑問だ。私だって自分でこっているかよく分かっていないのに。


 肩を一通りいじると手首をもって腕を上下に動かし、もう一度揉んでまた上下に動かす。


「ほら、動くようになっただろ?」


 と、言われても全く分からない。なんなら1度目に上下に動かした時だってまだ全然可動域に余裕があったのだが、さすがに「それ、お前の匙加減じゃねーの?」とは言えず、「そうですね、そんな気がします」と逃げてみる。


 肩甲骨周りを重点的にもみほぐし、そのあと首・肩と揉んでいく。頭痛薬の効果か整体の効果か分からないが、今のところ頭は全く痛くない。むしろ揉まれているところがやたらと痛い。


 頭痛は全くなくなったが「上半身が硬くなっている」と言われれば心当たりがありまくりなので、10回分の回数券を買って次回の予約を5日後に入れた。ま、肩こりについてはよく分からなかったが、今、頭痛がないので良しとしよう。解決解決、そう思って帰路についたがそんなに甘いものではなかった。






【病院に行くしかない】



 家に帰ってしばらくすると頭痛が戻ってきた。


 あれ? 整体で治まったと思ったのにやっぱり痛い。次第に痛みが激しくなってくる。たまらず家にあった頭痛薬を飲む。妻が心配して整体の予約を明日に変更しろと言うが、いいよ、ほっときゃ治るよ。と放置。だって肩こりなんだし。


 しかし金曜日の朝になると、さらに激しい頭痛が襲ってきた。


 ぐわぁ~痛い、たまらず頭痛薬を飲むが30分経っても効いてくる様子がない。痛みに思わず体が跳ねる私を心配した妻が「病院行ってきて」と言うが行きたくはない。けれど妻が心配しているし、どうせこんなんじゃあ仕事に行ってもできやしない、と病院に行くことにした。


 でも痛いだけなんだし大丈夫だよ、と、PCで日課の『小説家になろう』の更新作品を読もうとすると「小説禁止! 寝てて!」となろう禁止令が出てしまった。いやいや、寝てても起きてても痛いのは変わらないから。


 さらに「仕事を休んで医者に連れていく」と言い出した。いや、いいよ、自分で行けるから。と言っても妻の心配は止まらない。「引き継ぎをしなきゃいけないから一度職場に行くけど、終わったら戻ってくるからね」と言って出掛けて行った。「待ってて! 絶対待っててね!」と念を押しながら。


 会社に電話し有給休暇をもらうと既にすることがない。あー痛いなあ。でも頭が痛いだけで暇だ。禁止された『小説家になろう』を開いてこそこそとエッセイなどを書き始める。


 2時間ほどで妻が戻ると、妻の車で市民病院へ向かう。市民病院っていつも人がいっぱいいるけれど、こんなに病人っているもんなんだね。受付で症状を説明すると内科の総合診療室を案内された。初診料がかかるよとも言われたが、どんなにかかろうがこの痛い頭を押さえて今から他の病院に行けるものか。


 そんなことより、いいオトナが「たかが頭痛で妻に付き添われている」ことに気恥ずかしさを感じるが、だからって心配する妻をそれでも突き放すほうがよっぽど大人気なく、どちらにしたって情けない気分だ。


 体温・血圧・脈拍・身長・体重を測り、症状や経緯と共にシートに記入して順番を待つ。順番が来ると診察室に呼ばれ、問診→CT検査→再度問診という流れで診察が進む。


 医者はCTの結果を見ながら「血管も骨も大丈夫だし、肩からの痛みだろう」と診断、頭痛薬を処方してもらえることになった。結局「痛いだけ」で別にどこが悪いというわけではないらしい。なんだか予想通りの展開だが、脳梗塞ではないと分かっただけ良かったというものだ。これで妻も心配しなくて済むだろう。


 薬局で薬をもらうと既に13:30、病院ってなんでこんなに時間がかかるんだろう。


 処方された薬は2種類。


・頭痛薬A 朝晩の食後に胃薬とともに1錠ずつ

・頭痛薬B それでも痛い時に何かを胃に入れて3錠(6時間以上間を空ける事)


 なんでも、痛いからって短時間で薬を飲むと「心臓・腎臓」を悪くし「胃潰瘍」になる危険もあるらしい。つまり「痛くても耐えろ」ということだ。


 遅めの昼食をとり緊急用の痛み止めを飲む。まあでも、何でもないならそのうち痛みもおさまるだろう、と、来週からは仕事に復帰するつもりでいた。






【帯状疱疹って何?】



 ところがいつまでたっても、痛みが引く気配がない。いや、なんとなく痛みが襲ってくる感覚は長くなっているような気もするが、これは効いているといえるのだろうか。すでに頭痛薬AもBも飲んでおり、これ以上できることはない。


 食事を摂るのも辛くなってきた私に、妻は大量のゼリー飲料・野菜ジュース・プリンなどを買ってきてくれた。


 だが夜も遅くなるとますます痛みが激しくなってくる。妻は明日の土曜日にも仕事があったが休むことに決め、うずくまる私を心配して夜間救急に行こうと言い出した。


 いやいや、痛いだけだから、そんな大げさなものじゃあないから。一晩寝れば治るって。


 風呂に入ろうと上着を脱いだ私の体を見た妻が言う。


「背中赤くなってるよ? それいつから?」


 何だよ心配性だな、というか自分の背中が見えない。


 触ってみると右の肩甲骨の上あたりに、親指くらいの太さのみみずばれがあるように感じる。ん? どこかでひっかいたのかな。


「それ、帯状疱疹(たいじょうほうしん)じゃない?」


 帯状疱疹? なんだそれ。聞いてみれば妻が若い頃、おなかにブツブツができて「帯状疱疹」と診断され、薬で治療したことがあるそうだ。え? 頭痛だけで精一杯なのにもう一つの病気? んなわけない。ないない。あったとしてもブツブツなんてほっときゃ治るよ。それにしても頭が痛い。


 妻はしつこく「夜間救急に行こう」と言う。しょうがない、妻が心配するならその心配を取り除くのは必要なことだ。






【夜間救急】



 夜10時ころ、妻の車で夜間救急に向かう。以前「尿路結石」で夜間救急に行った時はまだ独身で、痛い腹を抱えて自分で車を運転したが、今は心配した妻が運転してくれる。心配かけてごめんね。


 深夜の市民病院にはそれでも10人以上の患者がいた。みんな救急の割には涼しい顔をしているがいったい何の病気だろう。


 受付でシートを記入すると、待ち時間が2時間と告げられた。うん、決して「救急」ではないな。しかし夜間、どんな病気かもわからない患者を少人数(?)で診るって大変なんだろうな。


 待合室にやってきた医者に今までの経緯と希望を話す。朝診てもらった結果では骨も血管も大丈夫そうなんだけど、なにしろ頭が痛いんで、もっと効くクスリをください、と。医者はおくすり手帳を見ながら「痛み止めは効くヤツが出てるし、少しでも効いてれば効果があるってことだよ、これ以上の薬は出せないからある程度は頑張ってもらうしかない」と言ってきた。


 え? 頑張るの?


 医者はこれ以上できることはないと言い切るが、いやだってこの痛み、眠れる気がしないんだが。


「そういえば『帯状疱疹』かもしれないんですけど見てもらえます?」


 思い出して医者に告げると、背中を見た医者は「あぁ……」と言うと「ちょっとお待ちください」とまた診療室に戻ってしまった。それからどれくらい待っただろうか。医者が戻って来ると「帯状疱疹ですね」と診断するがお前、今までの間は何だったんだ。


 医者は私ではなく妻に向かって「もし言葉が怪しくなったりまっすぐ歩けなくなったらすぐに救急で来てください」などと恐ろしいことを言いだした。え? 待ってナニソレ、皮膚病じゃないの? なんでも帯状疱疹のウイルスが脳に入ると顔面麻痺とか、失明とか、大変なことになるらしい。いやいや、頭痛がひどいんだけど、もう脳に入ってるんじゃないの?


 頭痛はどうしようもないけれど帯状疱疹ならできることもある、と薬を処方してもらえることになったが、私にとって問題は頭痛なんだよ。この耐え難い痛みをどうにかしてほしいんだよ。


 院内薬局で薬を受け取り、家に帰ると軽い食事をして薬を飲む。


 帯状疱疹の薬は1週間分。夕食後に2錠ずつ。


 そういえば「専門じゃないから明日か来週にでも、皮膚科で見てもらってね」と言われた。来週まで待ってなんかいられるか、明日の朝、皮膚科に行こう。






【痛み止めって効いてるの?】



 翌朝、皮膚科で「帯状疱疹」と診断された。


 なんでも子供の頃にかかった水疱瘡(みずぼうそう)のウイルスが体内に潜伏し、免疫力が落ちた時にぶり返すのだそうだ。太い神経に沿って炎症が進行し、症状として皮膚に帯状の水ぶくれを作る。私のように頭痛から始まるケースも多いようだが、皮膚に水ぶくれができるまでは判別できないらしい。


 しかも水疱瘡のウイルスなので、水疱瘡の免疫がない者にはうつるとのこと。


 帯状疱疹の原因ははっきりしないがストレスによる免疫力低下や加齢によるものもあるらしい。50~80歳で日本人の1/3がかかるそうだ。なるほど、予想以上に私の体は歳をとっているということか。


 妻が言う。


「ストレスって何があった? 出張?」


「別にストレスには感じてないけどなあ」


「じゃあ小説(小説家になろうでの活動)?」


「そんなことはないよ趣味でやってるんだから」


「趣味だってストレスになるんだよ? やっぱ小説禁止ね」


「ひどい! そんなのってないよ」


「じゃあ、何がストレスなの? まさか結婚生活?」


「……小説」


 すまん、小説! だって結婚ってわけにはいかないだろう、たとえストレスの尺度(※1)で結婚のストレスが7位に入っていようとも。


 塗り薬と頭痛薬を処方してもらったが、今飲んでいる頭痛薬が効かないと訴えてもやはり我慢するしかないようだった。頭痛薬は市民病院で処方されていたものと同じだが、飲み方が少し変わった。


・頭痛薬A

旧 朝晩 食事後に胃薬とともに1錠ずつ

新 痛い時に何かを胃に入れて1錠ずつ(6時間以上間を空ける事)

・頭痛薬B

旧 痛い時に何かを胃に入れて3錠(6時間以上間を空ける事)

新 朝昼晩の食後に2錠ずつ


 このあたり、結構曖昧なのかもしれない。


 そしてその日から数日間、私は頭を割って中身を捨てたくなるほどの頭痛と戦うことになる。






【頭の頭痛が痛くて激しく頭痛が頭の激しく痛い】



 痛い。


 頭痛薬は確かに効いているようだ。飲んでから30分~1時間くらいで効き始め、効果が2~3時間くらい続くだろうか。とはいっても「痛くない」わけではなく、痛みが多少やわらぎ、痛みがやってくる間隔が長くなるだけだった。それはまだいい。問題は痛み止めが全く効いていないであろう時間が、1日の内大半であることだった。


 この時間が何しろひどい。


 あまりにも痛いので数を数えていたのだが、10~20秒ほど「ズキ(くる)……ズキ(くる)……ズキ(くる)……」と予兆があり、その後10秒ほど「ズキーーーン(キターーー!)」とくる。小説禁止もクソもない。ハッキリ言って何もできない。うずくまって耐えるだけで精いっぱいだ。


 だけど隣でその姿を見ている妻はものすごく心配する。


 正直に言うが、心配されたところで痛みが引くわけではなく、心が休まるわけもない。妻が隣にいなければ「ってぇ~なぁちくしょうめ!」なんて叫ぶこともできるが、妻が居たのでは心配させるだけなので叫ぶこともできない。むしろ心配させまいとうずくまって声を噛み殺し、痛みに耐えることになる。


「大丈夫?」


 なんて声をかけてくれるが、その問いに答える事さえつらい。


「大丈夫じゃないよ~痛いよ~」


 なんて笑顔を作って答えてみるが、その間にもやってくる突き刺すような痛みに思わず頭が跳ねる。ヤバいなこれ、どうしよう。


 時は大東亜戦争末期、ここはシベリア。ソ連の諜報機関が大日本帝国軍部の極秘情報を引き出すため、俺に拷問をかけている。畜生、しゃべるもんか、ぐわぁ~~。


 無理やりな妄想でごまかそうとするが無理だった。だって痛いんだもん。すげぇな、口を割らないスパイって。


 こういう時はどうするんだっけ、素数を数えて気を紛らわせるんだっけ。


「2、3、痛った、えと、なんだったいなぁ、えと、3の次ッはッぐわっ……」


 ちっとも進みやしない。






【深夜の戦い】



 夕食後に頭痛薬Bと帯状疱疹の薬を飲み、効いてきたころにホッと一息。風呂に入ろうと服を脱ぐと、水ぶくれが右肩から肘にかけて帯状にでき始めていた。妻に背中を見てもらうと右の肩甲骨の辺りが全体的に赤く膨れあがり、プツプツと水ぶくれと発疹ができているとのこと。


 まだ薬を飲み始めて2日目、すぐには効果は出ないんだろう。風呂から出る頃には痛みが戻ってきたので頭痛薬Aを飲んで、痛みが和らいできたのを見計らって寝てしまうことにする。


 そして深夜1時、あまりの頭痛で目が覚めてしまった。


 一度目が覚めてしまえば、痛みでもう眠ることさえ出来やしない。30分ほど努力をしてみたが痛みはどんどん大きくなってくるばかりだ。しかし頭痛薬Aは10時頃に飲んだので4時までは飲めない。布団の中で体を丸めるが、思わず声が出てしまいそうだ。横には妻がスヤスヤ眠っている。妻にはこの2日、心配かけたし、家事も全部やってもらっている。せめてゆっくり寝かせてやりたい。私はこっそり敷布団を持ってリビングに移り、ビーズクッションの上で布団を被ってうずくまった。


 痛い、痛い、痛い。


 あぁ~痛い。


 なんだよクソッ、痛ぇよ。


 やめろちくしょう。


 痛ってーなぁ、ふざけんなよ。


 以前かかった尿路結石よりマシ、と言いたいところだが、どっちが痛いかと言われればどっちも痛い。ただ、尿路結石はずーっと痛いのに対して、今回は断続的に痛い。でも何をしようが痛いのは同じ。どっちがイヤかと言われればどっちもイヤ。


 痛ってェよぉ。


 ぐっ……くっ。


 ううっ、はあはあ。


 ただ痛いだけなのに何故呼吸が荒くなるんだろう。とにかく最悪の3時間を過した後、バナナを食べて頭痛薬Aを飲む。


 もう少し、もう少し我慢すれば薬が効く。


 朝、ようやく頭痛がほんの少し治まってきた頃、妻が起きてきた。心配されるのがイヤなのでこっそり戻ろうかと思っていたのに、リビングでうずくまっている姿を見られてしまった。


「大丈夫?」


「全然平気じゃないけど、ちょっと痛いけど、でも痛いだけ」


 まだ大丈夫、まだ頑張れる。






【まだ痛いのかよ】



 翌日曜日も終日痛かった。


 朝昼晩と頭痛薬Bを飲み、その間の痛みが激しい時間に4回ほど頭痛薬Aを飲む。朝晩と塗り薬を塗ってもらい、晩には帯状疱疹の薬を飲む。朝・昼の頭痛薬が効いている10時頃から夕方3時頃までが一番マシな時間で、あとはひたすら痛い時間が続く。


 というか朝晩はあまりの痛さに食事もできない。妻が心配するので平気な顔をしていたいのだが、痛みにこらえるのに精一杯で余裕がない。なんとか一口だけのどに通して薬を飲み、少し頭痛が収まってきた頃に残りを食べる。


 義母が心配して寝たままでも食べられるように海苔巻きを差し入れしてくれた。ありがとう。寝てても痛いけど、それでも起きているより幾分ましだった。


 ところで塗り薬なのだが、私の場合、患部が背中なこともあり自分では見えないし塗ることも出来ない。自然、妻に塗ってもらうことになるんだが、コレが独身者だったらどうやって塗るんだろう。孫の手でも買ってくるんだろうか。なんだか悲しい想像をしてしまった。


 皮膚の水ぶくれはだいぶひどくなってきた。塗り薬を塗ってガーゼを当てるのだが、かなり広範囲で時間もかかる。にもかかわらず妻がニコニコしながら塗っているのが不思議でならない。


「なに笑ってるの?」


「あなたの役に立てるのが嬉しいの」


 えっ、何その答え。泣かそうとしてない? 鼻歌なんかを歌いながらガーゼを切る妻。ホンキで楽しそうだ。もう感謝しかない。


 この日から頭痛の場所が少しずつ移動し始める。


 最初は右の後頭部、首の付け根あたりが痛かったのだが、次第に右側頭部、耳の上辺りが痛み出した。ただし痛さは変わらない。


 頭が痛いと寝ることもできないので、頭痛薬が効いているうちに寝るのだが「痛くないときに寝ている」というのがなんとももったいない。せっかくなら痛くない時間は起きていたいが、実際に起きている時間は痛い時間で、つまるところほぼ何もできないということだった。


 というかいつまで頭痛が続くんだ。今のままでは仕事なんかできやしない。帯状疱疹の薬が1週間分あるということは、1週間は痛みが続くのだろうか。仕方がないから来週1週間の休みを貰うことにする。電話をかけるとどうやら職場には水疱瘡未経験者が複数名おり、うつるから完治するまで来るなとのことだった。


 月曜日になっても痛みは変わらない。有給休暇は取ったがどうしてもやらなければいけない仕事があり、朝の痛み止めが効いている間に連絡を済ませ、代理を頼む。妻には仕事に行ってもらった。十分助けてもらったし、いくらなんでもそろそろ頭痛もおさまるだろう。これ以上休ませるわけにもいかないし、ありがたいが休んでもらってもしてもらえることはない。


 帯状疱疹の薬を飲み始めたのが土曜日の24:30、もう3日経つ。そろそろ良くなっても良さそうなものだが。






【おかしいな、まだ痛い】



 火曜日になってもまだ痛い。


 次第に痛みが頭頂部に移ってきたが痛いことに変わりはない。あるいは神経の末端まで到達したら痛みはなくなるのだろうか。とはいえ今は相変わらず、痛みで夜中は目が覚めるし食事もできない。


 だが薬を飲むサイクルは決まってきた。そうすると痛くない時間も、痛い時間も決まってくる。夕食の前4時間と、朝食の前4時間、それが魔の時間だった。


 水曜日になると、頭痛とは別に両あごの関節と右肩から手首までの痛みが襲ってきた。頭痛よりマシと言いたいところだがやっぱり痛い。というか帯状疱疹め、ここにきてまだ「痛みの重ね掛け」をしようっていうのか?


 顎と手首が痛くって何ができないかというと食事だった。箸を持つ手が震えている、咀嚼するのがつらい。箸を左手に持ち替えてみるが不自由で右手に戻し、やっぱり痛みであきらめる。スプーンに変えてみるが顎が痛くて食べられない。ゼリー系の流動食品を飲んで頭痛薬を飲み、痛みが引くのをひたすら待つ。


 この「良くなっている気がしない」「先が見えない」というのは結構キツい。どうやら妻も慣れない生活にだいぶ疲れが溜まってきているようだ。火曜日には「もう動けない」とばかりに寝込んでしまった。これはいけない。何とか私に出来る事をしようと思うのだが、頭痛薬が効いていない時間は痛みをこらえるので精いっぱいだ。


 痛いのは30秒中10秒程度なのだが、では痛くない20秒に動けるかというとそんなわけにはいかなかった。できれば痛くない時間は平然と過ごし、妻に笑顔を見せ、少しでも安心させてやりたかったが、次の痛みに備えるのがやっとだ。


 だがとにかく妻には休んでもらわなければ。


「疲れてるんだよ、なんもしなくていいから早く寝よ」


 私が動けない間、妻には家事全般を任せてしまった。仕事も1日休んでしまったこともあり、かなりの疲労が溜まっているようだ。私の事を必要以上に心配してくれて、かなり気を張っているんじゃないだろうか。だが2人で倒れるのはまずい。とにかく体を休めなければ。自分が動けないのがもどかしい。


 妻の体調は水曜日には回復に向かった。職場で食べたものがよくなかったらしい。ほっと一息だが、私の方はいったいいつになったら良くなるのだろうか。


 痛さは変わらなくても、長く続くと余裕のない時がやってくる。


 最初のころは、妻に「大丈夫?」なんて言われても、「大丈夫……じゃない……けど痛いだけ……死ぬわけじゃないし」とか、「ありがとう、こんなにお世話されるなんてむしろラッキー」とか言っていたのだが、次第に答えるのが辛くなってくる。


「頼むから話しかけるな!」


 あまりの痛さに、そう言いたくなる弱い心を必死で押さえつける。


 もしこれが不治の病で痛みが一生続くとしたら、その時私は妻への感謝を持ち続けられるだろうか。ひどい言葉を、投げやりな言葉を投げつけてしまわないだろうか。そんなことはない! と言えるだけの自信が持てない。






【あれ? 良くなってきた?】



 木曜日、ついに痛みがやわらいできた。食事も難なくできる。たまにやってくるツキッとした痛みに体が跳ねることはあるけれど、それがいったい何だというのだろう。


 夜、眠れる。


 ご飯が食べられる。


 これだけできれば痛くったっていいじゃない。それでも今の状態で仕事ができるかと問われれば「できません」と答えるだろう。だって始業時から終業時まで頭痛薬の効果が持たないから。というか頭痛薬が切れたら生活できる気がしない。もう手持ちの頭痛薬もないし、皮膚科に行って追加の頭痛薬をもらってこなければ。


 それにしても痛み止めってすごい。痛み止めがなかったなら、どれだけの苦しみを耐えることになったのだろう。戦時中は痛み止めがなく、麻酔もなしで手術したと聞くが、そんなのに耐えられるだろうか。はたまた、そんな痛みが1週間、1か月、1年と続いた場合、どこまで耐えられるのだろうか。


 転生なんて絶対イヤ。


 中世なんて絶対イヤ。


 肌の水ぶくれは次第にかさぶた状になってきた。そうなればもう触ってもうつることはないらしい。


 帯状疱疹の症状は様々で、妻の場合はおなかに水ぶくれができただけで頭痛も何もなかったらしい。それはうらやましくもあるが、もしそうだったなら私は間違いなく医者に行かなかったし、もっと悪化したことだろう。だから良かったのだと思うことにする。


 そして案外、帯状疱疹はメジャーな病気だった。


 私は初めて聞いたのだが、帯状疱疹になったと言うと「私も経験者」とか「母がなった」とか身近に経験者がわんさかいた。それなのに頭痛で医者に行っても帯状疱疹の可能性は示されない。うん、どういうことなんだろう。頭痛の原因としての帯状疱疹はドマイナーだということか。


 とにかく、まだ目途は立たないもののようやく回復の兆しが見えてきた。昼・夜と食事の準備もできるようになり、妻に笑顔を見せる余裕も出て来た。


「今までありがとう、『あなたの役に立てるのがうれしい』って言葉、忘れないよ」


 改めて妻に感謝の言葉を言う。


 妻がいなければ病院に行くのも遅れたし、食事すらできたか怪しい。おそらくバナナを買ってきて、食べて、頭痛薬を飲んで、寝るだけの生活になっていただろう。塗り薬だって塗ることができなかっただろう。


「頭には水ぶくれできていないよね?」


 私の頭をまさぐり、水ぶくれを探してくれる姿が、まるでニホンザルの毛づくろいみたいだと思いながら感謝する。毎朝、毎晩、楽しそうに塗り薬を塗ってガーゼを当ててくれたことを、私は決して忘れないだろう。


 ありがとう。


 そして土曜日、ようやく頭痛薬の効果が1日持つようになったのだった。






【健康って素晴らしい】



 翌週月曜日から仕事に復帰した。


 思えば学生時代からこんなに休んだことはなかったが、貯まりに貯まっていた有給休暇が少しは片付いただろうか。


 復帰後も1週間は頭痛薬を飲み続けたが、その後は頭痛薬も必要なくなった。まだ(発症から4週間目に突入)後遺症で皮膚はピリピリするし、腕や頭の痛みもたまにある。どうやら帯状疱疹には後遺症が残るようで、それは高齢者ほど長く続き、生活に支障が出るほどの人もいるようだが、幸い私の場合はそれほどでもないようだ。


 仕事に復帰するといろんな人から声を掛けられた。


 みんな心配してくれてありがとう。でも、私の病気は軽いものだ。命の心配がない、ただ痛いだけ。それでもたくさんの人に力を貸してもらった。


 土日含めて10日も休んでしまい、その間仕事を回してくれた職場のみんな。


 出張予定を急遽代わってくれた同僚。


 気を紛らわせるために書いたエッセイに温かい感想をくれた『小説家になろう』のみんな。


 心配して、寝たまま食べられるように海苔巻きを用意してくれた妻の両親。


 そしてずっとそばにいてくれた妻。


 全ての人に感謝を。健康でいられることに感謝を。



 もし、体に帯状の水ぶくれができたら、すぐに皮膚科に行ってください。なんでもなければそれでいいのだから。とはいっても、自分だったらやっぱり行かないだろうなあ、なんて思いますが。

※1:Holmes T.H.,Rahe R.H. The Social Readjustment Rating Scale, Journal of Psychosomatic Research. 1967;11:213-218

結婚に対するストレスを50点とした場合のストレス測定法 「社会的再適応評価尺度」


【2023.02.10 追記】

「社会的再適応評価尺度」は、1968年にアメリカ ワシントン大学のホームズ氏等が開発したストレスの測定法で、結婚のストレスを50点(なぜに結婚が基準なんだろう)としたときに、他のライフイベントが何点になるかを調査するものです。

厚生労働省の「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」の心理的負荷の強度基準(強度、中程度、軽度)の根拠の一つとして使われています。


ちなみにアメリカ人376名に聞いた結果はこうなります。

1 配偶者の死  100点

2 離婚     73点

3 夫婦別居生活 65点

4 拘留     63点

5 親族の死   63点

7 結婚     50点


ストレスを語るときに必ず出てくる表で結婚は7位となっていますが、調べてみると大阪樟蔭女子大学の夏目 誠氏等が日本人対象の調査をしているようです。それによると


大企業に就労中の勤労者1,630名(女性308名)に聞いたストレスランキング

1 配偶者の死 83点

2 会社の倒産 74点

3 親族の死  73点

4 離婚    72点

5 夫婦の別居 67点

28 結婚   50点


大学生(国立大学教養学部)1,900名(女性335名)と女子短大生542名に聞いたストレスランキング

1 配偶者の死      83点(大学) 89点(短大)

2 近親者の死      80点(大学) 85点(短大)

3 留年         78点(大学) 85点(短大)

4 親友の死       77点(大学) 89点(短大)

5 100万円以上のローン  77点(大学) 89点(短大)

26 結婚        53点(大学) 46点(短大)


主婦424名(専業161名 パート48名 常勤118名)に聞いたストレスランキング

1 配偶者の死    83点

2 離婚       75点

3 夫の会社の倒産  74点

4 子供の家庭内暴力 73点

5 夫が浮気をする  71点

41 結婚      50点


なかなかおもしろい結果です。

参考)https://www.niph.go.jp/journal/data/42-3/199342030005.pdf

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― 新着の感想 ―
[良い点] つらさがひしひしと伝わってきます [一言] いやぁ、災難でしたね。医療機関で働いていると、数多くの患者さんが帯状疱疹ワクチンを接種しに来るのですが、やっぱり一度かかると二度とかかりたくない…
[一言] 私もこないだ、かかってひどい目にあいました。 ある程度進んでから、ネットで帯状疱疹と検索すると思いあたる予兆にたくさんあてはまっていたのですが、初期の段階での判断はなかなか難しい。 今後…
[良い点]  感謝を忘れないようにしたいものですね。  闘病、おつかれさまでした。 [気になる点]  小説は、ストレス何点なんだろ? [一言]  私も一時期。酷い偏頭痛ありました。たぶん顎関節のズレ…
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