エルフの里
エルフの里にたどり着いたのは、夕暮れが辺りを支配する頃だった。
エルフの里は以外にも普通の集落だった。わたしには前にやったゲームのイメージがあって、エルフは木をくりぬいた内部で生活をしているとばかり思っていたのだけれど、実際にはそうではなかった。
開けた大地に木製の住居が点々と置かれている。中央には清らかな川が流れ、井戸や畑の類いは見当たらない。周囲は柵で囲われていなくて、自然と一体化した作りとなっていた。
「ヴァネッサ、帰ってきたのね」
エルフの里に入ると、ひとりの女性がこちらへと近づいてきた。
「姉さん」
とヴァネッサは言った。どうやら二人は姉妹らしい。
「思ったよりも早かったわね。この人たちがモフモフ召喚士なの?」
「はい、そうです」
「わたしはニーナ。歓迎するわ」
ニーナというその女性は、わたしの方を見てそう言った。外見からすぐにわたしがモフモフ召喚士であると判断できたらしい。
「あ、はい。わたしがモフモフ召喚士のアリサ・サギノミヤです」
「そう。思ったよりもだいぶ若いのね。それで、ヴァネッサ、あなたは本気でクライヴを救うつもりなの?」
ニーナさんは再びヴァネッサさんに向き直った。
わたしはモフモフを呼んで欲しいと言われるかとも思い、心の準備をしていたのだけれど、そこまでの興味はなさそうだった。
「もちろん。そのためにモフモフ召喚士を、アリサを連れてきたのだから」
「諦めなさい。一度かかった呪いは決して解けることはない。例えモフモフ召喚士であっても」
「でも、やっみないと」
「時間的な制約もあるわ。長老は明日にでも追手を差し向けるとしている。いまからではもう間に合わないでしょうね」
ニーナさんの声には感情の揺れがない。家族の一大事だといのに、冷めた感じすらあった。もしかしたら、クライヴさんとは仲が元々悪かったのかもしれない。
「姉さんはそれでもいいの?大切な家族が殺されるかもしれないんだよ」
「それが運命というものよ。エルフの掟を破った時点で、もはや家族とは呼べない。今さら思うことなど何もないわ」
ニーナさんは単に割り切っているのかな。ダークエルフになった場合は、もはや家族とは見られないだけなのかもしれない。
それにしても、ダークエルフ。やっぱり、そこが気になる。
ヴァネッサからは具体的なことは聞けなかったけれど、その本人とわたしは対峙する可能性があるわけだから、呪いの具体的な症状くらいは聞いておきたかった。
「あの、エルフがダークエルフになると、どんな変化が現れるんですか?」
「呪いはその心身を侵食し、やがてはエルフに仇なす者となる。エルフとしての知性を失い、あらゆるものに牙を向くようになる。早めに処分しなければ、いずれ里を滅ぼそうとするかもしれない」
ニーナさんがそう答えた。処分、家族に使う言葉としては重すぎる。情みたいなものを一切感じない。
「アリサ、あなたも無理には期待に応えようとはしないことね。ダークエルフに近づけば、あなたも危険な目に遭う可能性がある。世界を救うべきあなたが、こんなところで命を落とすわけにもいかないでしょう」
「でも、わたしたちにはヴァネッサの協力が必要不可欠なんです」
「協力?」
わたしはヴァネッサに仲間になってもらうことを条件に、今回の件に協力をすることになったいきさつを説明した。
「ヴァネッサ、それは本当なの?これから彼らと行動を共にするつもりなの?」
「この件が片付けば、そうするつもり」
「モフモフ召喚士とともに、世界を救うというの?」
ヴァネッサはうなずいた。
「では、ヴァネッサ、あなたはなんのために、クライヴを救うというの?」
「それは、兄さんに生きていて欲しいから」
「にも関わらず、あなたは里を出ていこうとしている。世界を救うにはおそらく、相当な時間がかかる。何年と言う月日では済まないかもしれない。エルフは長命とはいえ、無限の命を持っているわけではない。クライヴをそこまで慕っているのなら、本来であれば近くで過ごしたいと考えるのが自然じゃないの?」
「……」
「……あなたはすでに、クライヴのことは諦めているのね」
「え?」
「モフモフ召喚士を連れてきたのは、クライヴを助けるためではなく、自分を納得させるためではないの?自分に出来ることはすべてやった。そう自分に言い聞かせるために。あなたはすでにクライヴの死を前提に動いている。クライヴの死を受け止めきれないことを知っているから、この里も出ていこうとしている。違う?」
ニーナさんの指摘に、ヴァネッサは反論しなかった。
「……好きにしなさい。エルフは本来、人の争いには関与しないけれど、その意志そのものを縛ることは難しい。ただ、安全には注意することね。かつてエルフと人は対立していた時もあると聞いたわ。いつその感情がぶり返すかわからないのだから」
「そうなんですか?」
わたしは驚いてそう、聞き返した。エルフと人間が争ったなんて話は初めて聞いたから。
「わたしも具体的なことは知らないわ。そのようなことがあったと、漠然と耳にしただけ。でもこうして完全に生活圏が分離しているということは、かつての対立の名残かもしれないとは思うわね」
それだけを言うと、ニーナさんはそこから立ち去った。