エルフの里へ 2
里までは遠くはないとヴァネッサは言ったけれど、それには一つの条件があったようだ。真っ直ぐに進んだ場合のみ、というものが。
「……崖?」
わたしたちはそれを見て立ち尽くしていた。行く手を遮るようにして地面に亀裂が入っている。絶壁とも言える崖が、大地を二つに分けていた。ギリギリのところに立って下を覗き込んでも真っ暗で、ここから落ちたら間違いなく死んでしまう。
「どうした、来ないのか?」
ヴァネッサはすでに向こう側にいた。馬で亀裂を飛び越えたからだった。
「いや、普通の馬にはこの距離は無理だよ」
崖と崖の間は5メートルくらいあって、それを飛び越えるというのはとてもじゃないけど無謀なチャレンジとしか言いようがなかった。
エルフの馬は特別なようで、ヴァネッサはあっさりとジャンプをしたけれど、わたしたちの馬では到底無理な話だった。間違いなく落ちてしまう。
「そうか。なら迂回するしかない。しばらく走れば崖の終端にもつくからな」
「その迂回路、どのくらい先にあるの?」
「一晩も走ればたどり着くはずだ。わたしもそちら側に向かおう」
一晩?まだ日は出ているけれど、そんなに長くこの崖は続いているの?
「なんとかこの崖、渡る方法がないかな?」
出来ることなら迂回はしたくない。わたしはこちら側にいる三人に対策を聞いてみることにした。
「その辺に生えてる木で橋を作るってのはどう?わたしやプリシラの炎で根本を焼けば、簡単に倒れると思うよ」
「木の橋、か」
たしかに木は高く伸びていて、倒してしまえば充分に向こうへと届くくらい。それは良いアイデアだと思ったけれど、すぐさまヴァネッサが向こうから否定した。
「それは困る。ここはすでにエルフの領域だ。身勝手な理由で自然を傷つけるのは、許されることではない。バチが当たるぞ」
「身勝手というわけでもないと思うけど」
「迂回できる以上、どうしても必要な行動とは言えないだろう。他の方法を考えてくれ」
「では、わたしが皆を投げ飛ばすというのは、どうでしょうか?」
ベアトリスの提案は、その力でみんなを崖の向こうまで運ぶというもの。ベアトリスは人はもちろん、馬くらいの重さのものでも崖を飛び越えさせることはできるらしい。
「さすがにそれは無理でしょ。わたしたちは受け身を取れたとしても馬なんか骨折しちゃうだろうし。だいたい、こっちに残ったあんたはどうするつもりなの?自分で自分を飛ばすことなんて出来ないでしょ」
ララが呆れたように言った。
「……それは、考えていませんでした」
「っていうか、そもそもそんなことできるの?」
「はい。わたしは最近レベルが上がりまして、重破というスキルを手にいれましたので」
「ジュウハ?」
「これは一時的に相手の重さを無効化するスキルです。どんな重いものでも持てるようになり、遠くへと投げ飛ばすことが可能となっております」
「へぇ、それは便利だね」
とはいえ、いま必要なスキルではたしかにないんだけど。
結局、長い迂回路を使うしかないのかな。ここではモンスターは出てこないから、一晩くらい森で過ごしても平気そうだし。
「わたしに任せてください」
プリシラが崖に近づくと、杖を持って何かを唱えた。
次の瞬間、雨が降り始めた。崖の部分にだけ降る極狭い範囲の雨だった。
それはプリシラの魔法らしい。崖の端に落ちた雨はそのまま氷になった。端と端から徐々に氷が形作られ、やがてそれが結合して1本の橋へと変化した。
「これで渡れますよ。氷なので滑りはしますが、落ちないように手すりも作っておきました」
氷の両端はたしかに一段高くなっていて、落下防止の役目を果たしていた。
「プリシラはこんなこともできるんだ。かなり器用だよね」
「魔法使いならこれくらい、なんでもないことですよ」
プリシラは平然と言う。頼もしさを感じるというか、こういうときのプリシラはかなり大人びて見える。
「一応確認しておきたいんだけど、壊れたりはしないよね」
「平気ですよ。試してみますか?」
プリシラは氷の橋の上に乗り、安全を示すように何度かジャンプしてみせた。
「ほら、アリサさんも飛んでみてください」
そう言った直後、プリシラは足を滑らせて転倒し、頭を氷の地面にぶつけた。
「あたっ」
「だ、大丈夫、プリシラ」
プリシラは恥ずかしそうな笑みを浮かべて、立ち上がった。
「頭をぶつけても、ヒビ一つ入りませんよ。これでこの橋が頑丈なのが証明できましたね」
「そ、そうだね」
ドジなところはやっぱり年相応かな、とわたしは思った。