エルフの里へ
わたしたちは翌日の早朝、正確には夜明け前にエルトリアを出た。目指すのは北西にある森。深くて広大な樹海で、そこを通り抜けた先にエルフの里があるという。
時間的にはそれほど掛からないと、ヴァネッサは言った。
普通の人間は迷うような仕組みとなっているので、簡単にはたどり着けないところにあるというイメージを持つ人もいるらしいけれど、馬を使えば1日もかからずに到着するという。
わたしはすでにある程度馬に乗れるようにはなっていたけど、まだ未熟な部分があるので、ベアトリスの馬で行くことにした。ララのほうにはプリシラが乗り、三頭でエルフの里を目指すこととなった。
実際に樹海にはあっという間についた。中へと足を踏み入れると、そこはもうエルフの領域らしい。エルフの森ではモンスターは一切でないらしく、わたしたちは安全に移動することができた。
人が通ることを前提としていないからなのか、明確な道というものはなくて、でも馬の走りを邪魔するようなものはなかった。それぞれの木々は大きくそして間隔は広くとられていた。
エルフの森は、どこか他とは違う感じはした。わたしの知る森よりも、なんていうかもっと清浄な感じを受けた。人の出入りがあまりないので、空気が澄んでいるのかもしれない。
綺麗な泉を見かけ、わたしたちは馬の休憩を含めて、一度休むこととなった。わたしたちは馬を降り、エルトリアからもってきた食事を取ることにした。
けれど、ヴァネッサはそれに一切口をつけなかった。理由を聞いてみると、エルフはさほど食事をしなくても平気らしい。
また、肉や魚は一切口にはしなくて、森の果物などがメインの食事になるという。
「動物はわたしたちの仲間でもある。殺すことなどは考えられないからな」
ヴァネッサはそう断言する。ヴィーガンというものかな?まあ、エルフのイメージ通りとも言えるんだけど。
「そうなんだ。でも、それだと、パワーとか足りなくなるんじゃないの?」
「問題ない。エルフはそうできている。わたしたちからすれば、人間の方がよっぽどひ弱に見えるくらいだからな」
肉や魚を食べないわりには、ヴァネッサの体つきはたしかにしっかりとしていた。痩せてはいるのだけれど、長い手足を支えられるような骨格となっている。
「でもさ、お酒であそこまで酔えるってことは、食に対する欲って、本当はあるってことなんじゃないの?」
ララが興味深そうにそう聞く。
「わたしはモフモフ召喚士がどこにいるのか知りたかっただけだ。酒はこれまでに飲んだことがなく醜態をさらしてしまっただけで、わたしの本質とは違う」
「酒場の主人は酒に興味がありそうだと言ってたんだけど」
「酔うという状態をわたしは初めて目の当たりにし、それがどんな状態なのかと気になっただけだ。酒に溺れたわけではなく、あくまでも人間の性質を学ぶ目的でわたしは酒を飲んだに過ぎない」
ヴァネッサは酩酊していたときはまるで別人のようで、あれって本当にあった出来事だったのかなと、わたしはつい自分の記憶を疑ってしまうほどだった。
「エルフは人に比べて寿命が長い。それゆえ、欲望への耐性も強いと言われている。寿命が60年程度の人間であれば何かにつけて焦って答えを出そうともするが、わたしたちは長い時間のなか、落ち着いて判断をすることができる」
「じゃあ恋愛とかにも、興味がないとか?」
その質問を聞いた瞬間、ヴァネッサの表情はわずかに歪んだように見えた。
「ゼロではない。ただ、人間に比べれば急いで子作りをする必要性は低い。子供を多く作りすぎれば、里や森のバランスも崩れてしまう。わたしたちエルフは自然の一部だ。恋愛や結婚も、その全体的な流れの中で決まるものだ……基本的には」
「それで人生楽しいの?こんなことを言ったら良くないのかもしれないけれど、なんか、操り人形みたいな感じもするんだよね」
「楽しいかどうかで判断するのは間違っている。わたしたちはこういう生き様に誇りを持っている。感情の揺れ動きが激しいからと言って、充実した一生とは限らない」
いままでの会話を聞いて、わたしはまだあのことを聞いていないことを思い出した。
ーー前回のモフモフ召喚士のこと。
エルフが長命なら、当時の出来事を知っているのかもしれない。すぐに自殺をしてしまったというその動機が、わかるのかもしれない。
同じモフモフ召喚士として、どうしても気になる。彼女が死んだ理由を知りたい。
「ねぇ、ヴァネッサ、ひとつ聞いても言いかな。あなたはいったいいくつなの?」
「わたしは65だ」
前回のモフモフ召喚士が亡くなったのは百年くらい前のことだよね。ならヴァネッサは何も知らないかな。一応はきいてみるけど。
「それがどうかしたのか?」
「実は……」
わたしは自殺の部分は隠したまま、前回のモフモフ召喚士について説明した。
「前のモフモフ召喚士について、か。残念ながら、わたしは一切聞いたことはない。人間の方には記録とかは残っていないのか」
「一般には知らされていないみたい。国の偉い人は知ってるかもしれないけど」
「では前回の危機では、何も起こらなかったということなんだな」
国が危機に瀕するとき、モフモフ召喚士は現れるとされている。その危機というのはおそらく、千年前に封印された魔王の復活であるはず。
「しかし妙な話だな。森の奥にいたわたしですら、アリサの存在は耳にしていた。仮に何も起こらなかったとしても、普通の人々の間でもモフモフ召喚士の存在については、何かしらの情報は共有されているはずだろう」
「それは、わたしも疑問に思っているんだけれど」
「何か隠さなければならないことが、起こったのかもしれないな」
「隠さなければならないこと?」
「わたしに聞かれてもわからないが、フィオナ以外のモフモフ召喚士の話が後世に伝わっていないのなら、国や教会がその時々に情報を制限した可能性が高いのではないか」
なんのために?
もちろん、ヴァネッサが知っているわけではないのだけれど。
「里の長老などは、モフモフ召喚士が生まれた当時を知っているだろう。里に到着したあと聞けば、何か答えてくれるかもしれない」
「エルフって、何年くらい生きるものなの?」
「大体二百から三百年くらいだな」
人間の3倍くらいなんだ。人間だと百年前もの話は忘れてしまいそうだけれど、エルフの場合は三十年くらい前ってことだよね。それなら覚えていても不思議じゃないかな。
「里まではあとどのくらいなの?」
「遠くはない。この休憩が最後になるだろう」
そう言ってヴァネッサは立ち上がった。