エルフ 2
「モフモフ?」
エルフの女性がその単語に反応した。テーブルに両手をついて立ち上がると、キョロキョロと周囲を見回した。
「どこ?モフモフ、どこ?」
どうやら、このエルフの女性はモフモフに興味があるらしい。エルフにとってもモフモフは特別な存在であるみたいだった。
ここでモフモフを喚んでみれば、ララの言うようにその衝撃で、一気に酔いもさめてハッキリと意識を取り戻すのかもしれない。
「モフモフ!」
わたしはモフモフを喚んだ。複数のグラスが置かれたテーブルの上に、モフモフが出現する。
「おお、これがあのモフモフ」
興奮なのかお酒の影響なのか、震える手でモフモフを持ち上げるエルフの女性。
「まさか、こんな簡単に出会えるとはね。わたしも運が良い。これがあればきっと兄さんの呪いも解けるはず」
エルフの女性はモフモフを脇に抱えるようにすると、酒場を出ていこうとした。
「あ、あの、ちょっと待ってください」
わたしが呼び止めると、やっぱり睨みつけるようにしてくる。
「あん?」
「すいません、その、わたしの話、聞いて欲しいんですけど」
「……あんた誰?」
もう、さっきの記憶すらなくなっているみたいだった。
わたしはとりあえず、ミステルの杖を握り直してモフモフを元に戻した。
「……あれ?」
抱えていたはずのモフモフがふいに消え、エルフの女性は困惑した様子だった。わたしが事情を説明しようとしたとき、外のほうから悲鳴のような声が聞こえた。
「誰か!そいつを捕まえて!泥棒よ!」
「泥棒?まさか、モフモフを?!」
最悪のタイミングだった。エルフの女性はモフモフが泥棒に盗まれたと勘違いしている。
「いや、そうではなくて、モフモフはわたしが戻しただけで」
エルフの女性は自分のテーブルに目をやってそこに戻ると、弓矢を持って外に出た。
わたしたちもその後に続くと、ちょっと目の前の通りを泥棒らしい人物が通りすぎるところだった。
「わたしのモフモフを盗むとは、なんと罰当たりなやつ。ここで成敗してやる」
エルフの女性が弓を高く掲げたとき、わたしはまずいと思った。
相手が強盗とはいえ、弓矢で誰かを狙うのは危険すぎる。殺人事件なんてことになったら、パーティーメンバーになってもらうことも出来なくなる。
「……」
それでも、わたしは静止する声を上げられず、そこから目が離すこともできなかった。
彼女の弓矢がどの程度の腕前なのか、興味があったから。エルフならきっと、相手を傷つけることなく、その動きを止めることができる。
ーーけれども。
エルフの女性は弓を地面に放り投げた。
え?とわたしが目を丸くしていると、今度はもう一方の手に持っていた酒瓶を握り直した。どうやら弓と一緒にテーブルから持ってきたものらしい。
彼女はそれを泥棒のほうになげつけた。くるくる回転しながら泥棒のほうに飛んでいく酒瓶。泥棒の足に直撃し、その場に転倒する泥棒。
エルフの女性はダッシュし、起き上がろうとする泥棒の上に馬乗りになると、その胸ぐらをつかんだ。
「おい、わたしのモフモフはどこにやった?」
「へ?」
「わたしのモフモフだよ!どこに隠したんだよぉぉぉぉ!」
泥棒の体を激しく揺さぶるエルフの女性。
このまま勘違いを放置するのは良くない。わたしは彼女の元に近づき、モフモフを召喚してみせた。
「ん?こんなところにモフモフが落ちている」
エルフの女性は泥棒の体から手を離すと、モフモフを拾い上げた。
「よーし、帰るぞ。今度は逃がさないからな」
それでは困るので、わたしはすぐにモフモフを帰還させる。
「なっ!モフモフ、どこに行った!」
あわてふためく彼女の目の前で、わたしは再びモフモフを喚んでみせた。
「お、モフモフ」
再びモフモフを帰還させる。
「うん?」
そしてまたモフモフを出す、この繰り返し。
「……」
何度かそれをやって、ようやくエルフの女性の顔が真顔になる。体を動かした分、酔いが少し覚めたのかもしれない。
いまの状態なら、ちゃんとした話し合いができそうだった。
「そのモフモフ、あんたが出したのか?」
「はい、そうです。わたしはアリサ・サギノミヤ。モフモフ召喚士なんです」
「モフモフ召喚士」
「お願いがあるんです。突然ですけど、わたしたちのパーティーに入ってもらえませんか?」