エルフ
店内は騒然としていた。等間隔に丸テーブルが置かれた部屋の中、足の踏み場もないほどに人が倒れていた。そのどれもが屈強な男性だった。
ここは酒場だった。さきほどギルドに訪れたハンスさんはこの店の主人で、わたしちが冒険者であると把握すると、とりあえずついてきてほしいとお願いされた。
わたしたちはハンスさんの経営する酒場まで駆けてきて、いま中に入ったばかりだった。
床で伸びている男性たちは、明らかに冒険者と言えるような体格をしていたけれど、みなが意識を失っているようだった。
「いったい、何があったの?」
そう呟いた直後、わたしの視線は奥にあるひとつのテーブルに釘つけとなった。
そこにはひとりの女性が座っていた。淡く輝くプラチナブロンドの髪、透き通るような白い肌と繊細に整った顔立ち、手足は椅子に腰かけていてもわかるほどスラリとしていて、名のある芸術家が仕上げた彫像のような趣がある。
そして、細長く伸びた耳。
それはまさに、わたしの想像するエルフそのものだった。
エルフの女性のテーブルには、大きめのグラスが置かれている。彼女はそれを持つと、テレビのコマーシャルみたいにグビッと仰ぐようにして飲んだ。
「くぁぁ!たまんないね、こののど越し!病み付きになるよ、この刺激は!胃に落ちたとたんに沸き上がる活力、マスター、もう一杯頼むよ!」
エルフの女性がグラスを叩きつけるようにしてテーブルに置くと、酒場の主人であるハンスさんは「ひぃぃ」と怯えるようにしてわたしたちの影に隠れてしまった。
良くみると、床に倒れている男性は怪我などは一切していないようで、赤ら顔でしゃっくりやげっぷの音が聞こえても来る。どうやら、みんな単に酔っ払っているみたいだった。
「えっと、ハンスさん、何があったんですか?」
「じ、実は」
ベアトリスにしがみつくようにして、ハンスさんは説明した。
ハンスさんの酒場では今日、何人かの馴染みのお客さんがお酒を飲んでいた。みんな冒険者で、クエストの成功を祝う祝勝会みたいなものを開いていた。
そこに突然現れたのが、あそこでお酒を飲んでいるエルフの女性だった。
ハンスさんや冒険者の知り合いではなく、エルフそのものを見るのも今回が初めてのことだったという。
とにもかくにも、その美貌を目の当たりにした冒険者たちはみんな見とれてしまい、わらわらと集まって声をかけた。
最初は素っ気ない感じだったエルフではあったのだけれど、テーブルにあるお酒を目にしたとたんに表情が一変。
お酒が好きなのかと冒険者が聞くと、彼女はうなずいてそれに手を伸ばそうとした。
冒険者たちはお酒を持ち上げ、これが欲しいならおれたちのパーティーに入ってくれと言った。
エルフの女性はそれを拒否。冒険者たちはそれなら酒飲みで勝負しようと持ちかけた。
より多くのビールを飲めたほうが相手の言うことを聞くというルール。
その様子を見ていたハンスさんは、もしあんたが勝てたなら好きなだけビールを奢るよと、半ば冗談のつもりで言った。
そして、いまもエルフの女性はビールを飲んでいる。複数の男性がアルコールにやられてもなお、酔い潰れてはいない。
「あのエルフ、ずっとお酒を要求してくるんです。もう勘弁してくださいと言ったら、今度は弓矢で脅されてしまい」
エルフの女性が座っているテーブルには、人の身長もあるほどの弓矢が立て掛けられていた。
「でも、そう約束しちゃたんですよね」
「そうですけど、まさかあんなに飲むなんて思わなくて」
だから、冒険者に助けてもらおうとギルドを訪れた、ということらしい。
ハンスさんは困っているけれど、このトラブルはわたしたちにとっては最高のタイミングだった。
まさかこんな簡単にエルフに会えるとは思っていなかった。トラブルを解決する次いでにエルフを仲間に出来るかもしれない。
「わかりました。わたしたちに任せてください」
「いいの、アリサ?」
ララが怪訝そうに聞いてくる。
「うん。だってエルフの人と親しくなれるチャンスだし、この機会を逃すわけには行かないよ」
「ってか、あれって本当にエルフなの?あたしのイメージだと知的で物静かって、感じだったんだけれど」
その点はわたしも疑問ではあるけれど、わたしたちがそうであるように、エルフにもそれぞれ個性があるんだと思う。
「近づいたとたん、弓で射られたりするかもしれないよ」
「まさか」
「誰でもそう。酔った相手は何をするかはわからないよ。慎重に声掛けした方がいいよ」
「う、うん」
わたしたちはエルフのテーブルに近づき、相手の反応をうかがいながら声をかけた。
「あ、あの、ちょっと良いですか?」
「おう、さっさと寄越しな」
こちらに向かって手を伸ばしてくるエルフの女性。お酒を要求しているみたいだった。
「すいません、わたしはお酒を持ってきたわけではないんです」
「あん?」
不良が睨み付けてくるみたいな目で、エルフの女性はこちらを見た。
「わたしはアリサ・サギノミヤと言います。エルフの方、ですよね。ちょっと話をきいてもらいたいんですけど、良いですか?」
「なら、酒で勝負しな。わたしに勝ったなら、話くらい聞いてやっても良いよ」
「わたしはお酒、飲めないんですけど」
エルフの女性は目を細め、わたしの顔をじっと見つめる。
「なんだ、まだ子供じゃないか。さっさと帰りな。お子様はもう寝る時間だろ」
いまはお昼を過ぎたくらいなのだけれど、酔っている相手に何を言っても無駄なのかもしれない。近くで見ると顔はもう真っ赤だし、目もとろんとしている。
「どうしよう、話が通じないかもしれない」
わたしは顔を振り向かせ、ララたちに助けを求めた。
「こいつは仕方ないね。酔いが覚めるまで待つしかないよ」
「でも、その間にいなくなってるかもしれないよ」
ずっと酒場で待ち続けるというわけにもいかない。いまもまだお酒を飲める余裕があるみたいだし。
「なら、驚かせてみれば良いんじゃない?そうすれば一気に酔いもさめるかもしれないよ」
「どうやって?」
「モフモフを目の前に出すとか?」
「モフモフ?」