下調べ
ドアを開けた次の瞬間、わたしはその場に尻餅をつきそうになった。目の前に迫る炎に飲み込まれてしまうと思った。
慌てて両腕で顔面を覆ったけれど、その圧のある熱風を含んだ炎は、ドアに張られたバリアに遮られてこちらまではやってこない。
「おっと、慌てて入らなくて正解だったね」
ララがドアから距離を取って言った。
わたしたちはフィオナ迷宮のボス部屋に到達したばかりだった。いまの炎の攻撃はボスによるものだろうけど、その正体はすぐにはわからなかった。
「ここからだとボスの姿が見えないけど、また奥の方にいるのかな?」
炎が止むと、向こうにはいつものボス部屋が広がっていた。何もない空間で、モンスターらしい存在は見当たらない。
「どうだろう。入口まで攻撃が及ぶということは、近くにいるはずなんだよね。炎もかなり強烈だったしさ」
ララがそう言って、再び扉のほうに近づいた。
「あれ、いない。奥の方にもなんもないけど」
「何もない?」
わたしもララの隣に並んで奥の方に目をやった。
「ほんとだ。どこにもボスはいないね」
まさか、透明なモンスターが敵とか?
「アリサ様、天井のほうをご覧ください」
ベアトリスがそう言って、上部に指を向ける。
そこに、いた。モンスターが。
「……ドラゴン?」
間違いない。それはドラゴンだっだ。天井を覆い尽くすような巨体が、大きな翼をはためかせながら、悠々と移動している。
「これが、今回のボス?」
「みたいだね」
ドラゴンはずっと飛んだままだった。その口からは時折炎が吐き出されている。天井すれすれのところから、一気に地面まで赤い激流が流れ込み、当たり一面を真っ赤に染め上げている。
「……勝てるの、かな?」
「さあ、どうだろう」
「ドラゴンが地面に降りてくる気配はなさそうだな。つまり、遠距離での攻撃は欠かせないということになるが、いまのぼくたちではそれも難しいか」
マークさんの言うように、攻撃班とも言えるララとベアトリスはどちらも近接攻撃がメイン。ララは魔法剣士ではあるけれど、そこまで強力なものは使えない。
プリシラは純粋な魔法使い。でも、あの炎を見たら結界による防御に全集中してもらわないといけない感じ。プリシラは同時に二つの魔法を展開することができるのだけれど、その場合は威力も半減してしまうらしい。
「もうひとり、魔法使いを仲間にしないといけないのかな」
「いや、それはあまり意味がなさそうだ。あのドラゴンには魔法耐性のスキルがある。」
マークさんが背後に来て言った。どうやら真眼ですでにチェックずみらしい。
「なら、物理攻撃で戦うしかないということですか?」
「耐性であって無効化ではないから、無意味とは言えないだろうが、物理の遠距離攻撃で削ったほうが効率的と言えるだろう」
「遠距離攻撃……弓矢を使う、とかですか?」
「ああ。このドラゴンを倒すには、アーチャーを仲間にする必要があるかもしれない」
アーチャーーー弓使いならたしかに天井近くまで攻撃は届く。それでどの程度ダメージが与えられるのかはわからないけれど、他に方法はないのかもしれない。
「ただ、誰でも良いというわけではない。相当な腕前が必要だろう。ドラゴンは全身を強固なウロコで覆われている。その守りを突破する力がなければならない」
「相当なレベルがないと難しそうですね」
「それだけではない。武器の性能も重要になるだろう。生半可なものでは、あっさりと弾き返されるのがオチだ」
となると、そう簡単には見つからないのかもしれない。
「探すしかないよね。アーチャー自体は珍しいジョブじゃない。ギルドにもたくさん登録されているはずだよ」
ララが勇気づけるようにわたしの肩を叩く。
「ララにはそういう冒険仲間、いないの?」
「アーチャーの知り合いはいるけど、そこまでのレベルじゃないね。腕のいい冒険者は王都に行くから、そっちで探すほうが効率的かもしれない」
「王都、か」
王都に行くには、かなり時間がかかるし、騎士団の守りがないと正直不安。ハーミットさんがいれば召喚生物に乗って瞬く間に移動できたんだけれど。
「それは難しいかな。このエルトリアでまずは探してみようかと思う」
「そう。まあ、エルトリアも重要な拠点ではあるから、ギルドで探せば良い冒険者は見つかるかもしれないね」
「とにかく、このメンバーで戦うのは無謀というものだろう。ここはおとなしく撤退するか」
「はい」
わたしたちは仕方なく、フィオナ迷宮を後にすることにした。