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最後の贈り物 4

「……え?」


箱の中には意外なものが納められていた。


それは、箱と同じくらいの大きさの細長い機械だった。先端が細かく分かれていて、上に行くほど太さが増していき、その中間地点は折れ曲がるような仕組みとなっていた。


「これは、義手?」


間違いなかった。機械で作られた人用の腕だった。

これが、ミランダさんからリディアさんへのプレゼント?

でも、どうして?義手は腕をなくした人がつけるもののはず。


「ああ、ミランダ、やはりそうだったのですね」


リディアさんがその場に膝から崩れるようにして、両手を地面についた。


……いや、そうじゃなかった。


リディアさんは両手はついていなかった。片手だけだった。右手の手のひらは地面についていたけれど、逆側はそうじゃなかった。


そこは空白だった。何もなかった。リディアさんの左腕は、存在していなかった。


「リディアさん、それは」


そう言った直後、わたしの頭にはいくつかのシーンが浮かんできた。


スープ。

コリー。

幽霊。


まさか、まさかあれって。


「わたくしは、かつてサーカスでモンスターが暴れたとき、左腕を失ったのです。」


同じサーカスに所属していたテイマーの嫉妬により、当時幻想使いとして活躍していたリディアさんは家族や仲間を失うことになった。吟遊詩人のスキルにより、サーカスのモンスターが暴れてしまったからだった。


そのときのことだったようだ。リディアさんが大怪我をしたのは。モンスターから逃げようとしたときに、左腕を噛まれてしまったらしい。


「じゃあ、いままでは」

「幻想、でした。人前に出るときは、魔法で腕を作り出していたのです」


よく見ると、リディアさんの服の袖は折り畳まれていて、それを内側に入れているようだった。そのまま、だらりと外に垂らすわけにはいかないからのようだった。袖を切り落とせば簡単だろうけど、それだと周囲にばれてしまう。


「そのことは誰にも言ってないんですか?」

「はい。ここに来てからは、ずっと幻想で過ごしてきました。体の一部分なら長時間それを作り続けることも可能ですから」


エリオットさんのお屋敷に招かれたとき、リディアさんはスープばかり飲んでいた。それはきっと、片手しか使えなかったから。


教会に来た子供が転んだとき、リディアさんは助け起こそうとはしなかった。それはむしろ、助け起こすことができなかったから。


リディアさんはある女の子に幽霊と呼ばれていた。それもたぶん、片腕がないから。直接その光景を見なくても、例えばそう、壁に寄りかかっているようなところを見られたら?それはまるで、その壁を通り抜けているようにも見えるのかもしれない。


「もしかしたら、気付いてた人もいるのかもしれません。修道院では他人の過去にはあまり触れないような不文律がありますから、あえて口にしなかっただけなのかもしれません。ミランダのように」

「これを残すということは、ミランダさんは確信していたんですね」

「いつ気づいたのかはわかりませんが、ミランダは元冒険者ですから、他の人よりも感覚は鋭かったのでしょうね」


リディアさんと同じ状態にするために、ミランダさんはテイマーを襲った。それでリディアさんの気持ちが少しは晴れると思ったに違いないと。


「それにして、この義手は精巧な作りをしているね。滑らかな肌も再現されている。こちらの世界の物ではないだろうね」


ティムくんが義手に触れて、感心したように言う。


「ミランダさんは召喚士、おそらくこれもどこからか喚んだものだろうけど、こうしていまも現存しているということは、相当な腕の持ち主だったんだろうね」


召喚というのは生物でも物でも基本的には一時的なもので、こちら側に完全に移行させるのは難しいそう。それが出来るのは限られた優秀な召喚士のみで、それでも、その寿命を犠牲にするくらいのエネルギーがないと出来ないんだとか。


「それだけミランダさんは、リディアさんのことを想っていたということだろうね。だからこそ、これを渡せなかったのかもしれない。片腕がなくても平気で暮らしているリディアさんを、惑わせるようなことはしたくはなかった。」

「だから、埋めた」

「人に見られるわけにもいかなかった。かといってこれだけ大きな物を、自分の部屋に置いてもおけない。土の中に埋めざるを得なかった、というのが一番正しいのかもしれない」


人が寄り付かないここは、隠し場所としては最適だったのかもしれない。埋めているところだって見つかる確率は低い。


「それでも、最後には伝えようとしたんだよね」

「永遠に隠しておく気は最初からなかったのかもしれない。生きていればいずれ、さらに過去を分かち合い、リディアさんからなくした腕のことを伝えてくれるかもしれないと考えていた。そのときのためにミランダさんはこれを取っておいたのかもしれない」


けれど、ミランダさんは亡くなってしまった。隔離施設の男の子を悪魔つきにしてしまったせいで。


失くなる直前、ミランダさんが頭に思い浮かべたのはリディアさんのことだったのだろうと思う。そして自分が死んでしまったら、二度と義手のことには伝えられないと焦った。だからプレゼントについて言及しようとした。その場所だけでも教えようとしたのだと思う。


「ミランダさんは自分の代わりに、自分が召喚したものをリディアさんに残したかったのかもしれませんね」


リディアさんが立ち上がった。その目は義手に向けられたままだった。


「あの日、テイマーが襲われたとき、わたくしはもしかしたらミランダの仕業かもしれないと疑いました。わたくしと同じく、テイマーが片腕を失ったからです。それに、ミランダはそのとき、こう呟いていました。これでおあいこだと。

ミランダがわたくしの復讐のために行ったのだとしたら……そう思っても本人に確かめることは出来ませんでした。隠し続けることに、わたくしも慣れすぎていたのかもしれません」


もし、リディアさんが早いうちに全ての過去を伝えていたら、結果は変わっていたのかな。ミランダさんが復讐に走ることもなくなり、モンスターから病が伝染することもなかったのかもしれない。


「リディアさん、この義手はどうするつもりですか?」

「持って帰ろうと思います。いまのわたくしに、これをつける勇気はまだありません。でもいつか、きっとこれを必要とする日が来る。その日まで大事に保管しようと思います」

「同僚の人に見つかるかもしれませんよ」

「それならそれでも構いません。わたくしの運命がそうだった、というだけです」


リディアさんは義手を持ち上げようとした。片手しかないことに気付いたのは、その後のようだった。リディアさんは苦笑すると、ベアトリスに代わりにもってもらえますか、とお願いした。


ベアトリスはうなずいた。そして言った。


「その前に、この穴を埋めておきましょう」

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