最後の贈り物 2
そうして、ミランダさんの輪郭が薄くなり、次の瞬間にはティムくんへと戻っていた。
「結局、分からずじまいだったね。リディアさん、本当にプレゼントの正体が知りたかったのなら、もっと追求するように聞くべきだったよ。そうすれば幽霊も答えざるを得なくなったはずなんだ」
「それ、事前に言って上げれば良かったのに」
「いえ、構いません。こうして最後に彼女に会えただけでも良かったです」
実際にそうなのかもしれない。リディアさんは晴れやかな表情をしていた。
「そうは言っても、ぼくの方は消化不良だね。ここまで関わった以上、そのプレゼントがなんなのか、知りたい気持ちがある」
「もう一度、ミランダさんを喚べたりするの?」
「いや、もう無理だろうね。その気配は完全になくなっている。ミランダさんのほうもリディアさんに会えて心残りというものは完全に消えたようだね」
「なら、諦めるしかないよ」
プレゼントの正体は分からないけれど、そこまで必死に探すべきものなのかな。きっと他愛のないものだから、ミランダさんも渡さなかったのだろうし。
「それでも、探偵としてはどうしても気になるんだよ。リディアさん、ここまで来たからには最後まで付き合ってもらうよ」
「え、ええ」
「それじゃあ、まずはミランダさんとの思い出を語ってもらおうか。そこに何かしらのヒントがあるのかもしれない」
「わかりました」
リディアさんはわたしに語った内容を、ティムくんにも伝えた。その中でティムくんが一番気になったのは、ミランダさんが好きだった花のことだった。
「マリーゴールド?」
「はい。ミランダはその花が好きで、部屋にも飾っていました」
「どうして?」
「どうしてと言われましても、人の好みはそれぞれですので」
「他の花は?」
「ミランダは花が好きでしたので、教会の花壇などの手入れも率先して行っていました。ただ、部屋に飾っていたのはマリーゴールドのみだったと記憶しています」
「マリーゴールド、か」
ティムくんはしばらく沈黙した。
「アリサくん、きみはマリーゴールドの花言葉を知ってるかい?」
「知らないけど」
「たしか健康や愛情、だったかと思いますが」
リディアさんがわたしの代わりに答える。
「たしかにそうだ。しかしマリーゴールドは色によっても花言葉は異なる。悲しみや絶望、嫉妬といった花言葉も存在しているんだ」
「それって正反対の意味なんじゃないの?」
「そうだよ。だからマリーゴールドは『迷い』という意味で受け取られることもあるんだ」
「迷い」
「ミランダさんはリディアさんへのプレゼントを用意していた。最期の瞬間に口にするということは、彼女にとっても強いこだわりのあるものだったにちがいない。ではなぜ、それをリディアさんに渡さなかったのか。ぼくはそこに迷いというものを感じてしまうんだよ」
「渡したかったけれど、渡せなかった?」
「何か躊躇う理由があったはずだ。リディアさん、それに心当たりはないかな?」
「いえ、とくには」
リディアさんは平然と答えたけれど、その手がかすかに震えているようにも見えた。
「では、マリーゴールドから連想される何かはないかな?」
「……花壇」
「花壇?教会の?」
「いえ、感染した人たちを収容していた施設に、ミランダはあるとき、花壇を作ったのです。そこにはマリーゴールドが多く含まれていた、ということを思い出したのです」
「いま、その施設は?」
「放置されたままです。もともと空き家だったのですが、そこを買うという人は現れないようで、取り壊しも含めて検討されたようですが、結局はそのままになっているようです」
「感染者の隔離施設か。そこに隠されている可能性も否定できないね」
「わざわざそんなところに隠すかな?」
わたしはそんな疑問を口にした。隠し場所ならもっと良いところがあるような気がする。
「他人に見つかると、まずいものだったのかもしれない。隔離施設なら好き好んで近寄る人はいない。隠しものをするなら最適だと判断したのかもしれない」
他人に見つかるとまずいもの、そんなものがプレゼントになるのかな?髪が薄い人に育毛剤を送るという感覚なら、まあ理解できないこともないのだけれど。
「シスターなら修道院で暮らしていたはずだ。集団生活の中、部屋に置いておくには何かしらのリスクがあったのかもしれない」
「でも感染した人が亡くなったあとは、誰かがきっと建物のなかを掃除をしたはずだよね。仮にそこに置いてあったとしても、とっくに処分されてるんじゃない?」
「建物内部にあるとは限らない。それこそ、花壇に隠していた可能性もあるんじゃないかな?」
「花壇?」
ティムくんはうなずいた。
「とりあえず、そこへ行ってみよう」




