最後の贈り物
わたしは今日、街の郊外にある墓地を訪れていた。エリオットさんのお葬式のため、じゃない。それは数日前に終わっていた。
「これがその、ミランダさんのお墓だね」
ティムくんが墓石の前に立って、そう言った。
わたしたちがいるのは広大な墓地のほぼ中央。その前に四人で立っている。
いまここにいるのはわたしとベアトリス、そしてティムくんとリディアさんの四人だ。
「はい。ですが、ミランダが亡くなったのはもう十年も前のことなので、いまさら降霊が可能なのかどうか」
ここに二人を連れてきたのはわたしだった。ミランダさんの残したプレゼントというものを、探して上げたかったから。
かつてリディアさんには親友と呼べるシスターがいた。名前はミランダさん。けれども彼女はある事件で命を落としてしまった。
そのミランダさんが亡くなる前に、リディアさんへのプレゼントがあると言っていたらしい。
ただ、それがなんなのかはわからないまま、いまに至っている。
そこで、本人から直接聞いてみてはどうだろう、とわたしが提案した。ティムくんの能力を使えばそれが可能になると思ったから。
「降霊、及び憑依はいつやるのが正しいのか、はっきりとは言えないんだ。亡くなってからある程度経ったほうがやり易くはあるのだけれど、数年経ったあとでも問題ない場合も多い。時間経過とともにその想いは薄れるものだから、さすがに十年という月日は厳しいかもしれない。ただ、不可能というわけでもないんだ」
わたしがお願いしたら、ティムくんはすんなり了承してくれた。わたしを犯人扱いしたことを、申し訳なく思っていたところもあるらしい。
「それで、思い出の品は?」
降霊をやり易くするには、その人の持ち物を持っていると良いらしい。古い霊の場合はとくに必要となる場合が多いらしい。
「これは、ミランダが身に付けていたロザリオになりますが」
「それで十分だよ」
ティムくんはリディアさんからロザリオを受け取ると、それを手にもったまま、再び墓石へと向き直った。
念じるようにしばらく目を閉じていると、その姿に変化が訪れた。
ティムくんの輪郭がぼんやりしてきたかと思うと、やがてシスターの格好に包まれ、長い髪をたらした女性がぼんやりと出現した。
「み、ミランダ!」
リディアさんの声を聞くと、リディアさんと思われる女性がおもむろに目を開いた。
「リディア、あなた、なのですね」
「わたしがわかりますか?」
「ええ、いまの状況もなんとなく。わたしはシャーマンによって、降ろされたのですね」
降ろされた幽霊というのは、ひとつの型にはまるものではなく、それぞれに個性があるという。
没個性で相手を理解しない場合もあれば、いまのミランダさんのように過去の記憶を持ったまま対応できるものもある。
ただ、共通しているのは、幽霊は嘘はつかないということ。質問をすれば、大抵の場合は真実を話すという。
「久しぶりというものおかしな話ですが、リディア、あなたを見ると懐かしさを感じる部分はあります。心は失われたはずなのに、不思議ですね」
「わたしも、あなたのことを忘れたことはありません。あの日、あなたを救えなかった後悔を、いまも引きずっているのです。わたしがもっと、あなたのことを理解していたら、あなたはあのような行動は取らなかったのではないかと」
リディアさんは涙を流しながらも、その表情は明るかった。複雑な感情が交錯しているのかもしれない。
「あなたが気に病む必要はありません。あれはわたしが引き起こしたようなものです。同情すべきは、亡くなった人たちのほうですよ」
「わたくしのため、だったのですよね」
「だとしても、その結果を考えると、許されることではありませんから」
かつてこの街では疫病が流行ったことがあった。それはリディアさんと対立していたテイマーが、何者かに襲われた結果だった。
テイマーは街から逃げ出し、その力によって制御されたモンスターは放置されてしまった。ウイルスはそこから発生したと見られる。
「余計なお世話だったかもしれませんが、わたしはどうしてもあのテイマーが許せなかった。その命を奪うことすら考えました。その行為が、まさかあのような結果を生むとは思いもしませんでした」
「どうして相談してくれなかったのですか。そうしてくれてたら結果も変わったかもしれない」
「そうしていたら、あなたは間違いなく止めたでしょう。当時のわたしは結局、自分の感情を優先させてしまったのです」
「ミランダ、わたしはそんなことを望んではいませんでした。過去は過去だとすでに割り切っていたのです」
「……本当ですか?あれをあなたのせいにするつもりは毛頭ありませんが、テイマーに会ったときのあなたは、ひどく怯えていました。だからわたしはせめて……」
「せめて?」
「いえ、なんでもありません」
ミランダさんは沈黙した。幽霊は嘘をつかない。
でも、答えないという選択肢は残っているらしい。リディアさんもあえて追求をしようとはしなかった。
「そうですか。いま言っても仕方のないことですね。あの日起こったことは、もう変えられない。それよりもわたくしは、プレゼントについて聞きたいのです」
「……プレゼント」
「ミランダ、あなたは最後にわたくしにプレゼントがあると言っていました。あの発言がどうして気になっているのです。どうして亡くなる直前にあのようなことを言ったのですか?わたくしにはそれが遺言のように、ずっと頭に残っているのです」
「なるほど、だからわたしをこうして喚んだのですね」
「申し訳ありません。でもあなたがそれを望んでいたのではないかとも思ったので」
「リディア、あなたはいま、幸せですか?」
「え?」
「あなたからは悲壮感というものが感じられない。肌艶も良さそうですね。いまのあなたの毎日が充実しているようで、わたしは安心しています」
「ミランダ」
「であるのなら、無理にそれを探す必要もないかと思います。元々あなたに送るべきかどうか、わたしも迷いました。いまのあなたには不要かもしれません」
「ですが、わたくしは知りたいのです。あなたが死の間際にまで言い残そうとした思いを、受け止めたいのです」
「……もう、時間はなくなったようです。さようなら、リディア。最後に、こうしてあなたと話せて、わたしは、幸せでした」
そうして、ミランダさんの輪郭が薄くなり、次の瞬間にはティムくんへと戻っていた。