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エリオット事件 11

それはいまから十数年ほど前の出来事だったという。


その日はフィオナ祭りで、エルトリアは一年でもっとも賑わう期間を迎えていた。

領主であるエリオットさんも式典などに呼ばれはするけれど、実施する組織は別にあるので1日中拘束されるわけではない。


エリオットさんは昔から他人の姿になって外出するのが好きだった。領主になってからはマーカスさんの監視の目が厳しくなったけれど、お祭りの日なんかはマーカスさんもそのお手伝いをしてりするので、比較的自由に動くことが出来た。


エリオットさんはフィオナに憧れていた。だからフィオナ祭りのときには、本などに描かれたその姿をイメージしてフィオナに成りきっていた。他の人から本物みたいと褒められると、とても嬉しかったという。


変身している間はマジックポイントが減るので、ずっと、その姿のままというわけにもいかない。エリオットさんは大通りを離れて変身を解こうとした。


そのときだった。若い男性の二人組にからまれたのは。

どうやら、フィオナの姿があまりにもきれいだっので、ナンパ目的で近づいてきたらしい。


エリオットさんは困った。このままだと、自分の秘密がばれてしまう。二人組みは逃げ道を塞ぐようなして近づいてくる。


そこに現れたのが、メグのお母さんだった。たまたま近くを通りかかった彼女が異変を察知してエリオットさんを助けに来たのだった。


メグのお母さんは冒険者で、剣士のジョブ持ちだった。男性の二人組みとはいえ、一般人なら手こずることもなかった。


エリオットさんは自由の身となり、メグのお母さんに感謝の言葉を述べた。そのときだった。エリオットさんの変身が解けたのは。


一瞬、メグのお母さんは驚いた表情を浮かべた。それでも、冒険者として数々の試練を乗り越えてきたからか、大きく取り乱すことはなかった。

何も言わずにその場から離れようとすると、エリオットさんは「待ってくれ」と呼び止めた。


メグのお母さんは立ち止まり、エリオットさんの気持ちを察してこう言った。「心配しなくても良い。今日のことは誰にも口外しない」

そして、去っていった。


それでも、エリオットさんはメグのお母さんのことは忘れられなかった。領主としての力を総動員して、彼女がどこの誰なのかを特定した。


このお屋敷へと招き、エリオットさんはメグのお母さんをスカウトした。

冒険者をやめて、ここで働かないかと誘った。それは口封じという意味合いではなかった。


エリオットさんは心の底から信頼できる誰かをそばに置いておきたかったのだ。あの変身をみれば、普通は大騒ぎをしてもおかしくはなかった。


冷静に受け止め、実際に誰にも秘密を明かさなかったメグのお母さんは、領主という立場にいるエリオットさんにとってはどうしても欲しい人材だった。


メグのお母さんはそれを了承した。それにもちゃんとした理由があった。メグのお母さんはそのとき、妊娠をしていたのだ。


旦那さんは冒険者仲間のひとりだったけれど、あるクエストの最中に亡くなってしまっていた。親もいなくて、赤ちゃんが産まれたら預ける先もない。


これからどうしようと悩んでいたときのことでもあったので、街を離れる必要のないメイドはまさに天職のようなものだった。


エリオットさんはメグのお母さんとよく行動を共にした。それで二人は恋仲ではないのか、という噂が立つこともあった。でも、実際には違ったらしい。


「ご主人様は能力を使って別人になることを、ひとつの息抜きとされていました。でもそれは家のなかではなかなか出来ない。領主である以上、誰がいつ訪ねてくるかわかりませんし、この領主の館の中では結局、本当の意味での別人にはなれないからです」


だから、エリオットさんはメグのお母さんと郊外に行き、そこで変身をしたという。そしてわずかな時間ではあるけれども別人として生き、気晴らしを楽しんでいたという。


「その日も、そうでした。郊外にある林でご主人様は、変身をしたと言います。その直後、だったみたいです。お母さんが人の気配に気がついたのは」


メグのお母さんは冒険者をやめて久しかった。感覚が鈍っていたせいか、誰かが接近していることもわからなかった。メグのお母さんは剣を引き抜き、その人影を追った。


「そして、お母さんは二人を殺したそうです」

「そんなことで?たしかにエリオットさんからしたらちょっと恥ずかしいことだったかもしれない。でも、道化師はひとつのジョブとして認められているんだよ。変身してたのだって、どうとでも言い訳できるよね。例えばメグのお母さんがお願いしたこらだとか」

「……気付く人が、いるからです」

「え?気付く人?」

「ご主人様は、かつてはとてもやんちゃで、領主の息子であるのを良いことに、いろいろと悪いことにもしたそうです。そのひとつに、他人になって悪さをするというのもあったそうです」


エリオットさんが道化師であることは誰も知らない。誰かに変身して悪さをすれば、その誰かを簡単に貶めることができる。ある種の完全犯罪が成立してしまう。


「お母さんは具体的には語りませんでした。ご主人様からいろいろ聞いたみたいですけど、娘であるわたしには伝えられるような内容ではなかったようです」


エリオットさんが道化師であると知られれば、過去の犯罪を検証する必要が出てきてしまう。


これが冤罪ではなかったのか、あの人は無実ではなかったのか。仮に関係していない事件であっても、エリオットさんの責任を追求する声が出てくるのかもしれない。


「それを知っていたから、メグのお母さんは口封じのために」

「これは言い訳に聞こえるかもしれませんが、その二人はまったく抵抗はしなかったそうです。逃げはしたもののすぐに立ち止まり、二人で運命を受け入れる様子だったと。倒れた二人にお母さんがどうしてかと問いかけると、男性のほうがこう言ったそうです。ぼくも妹も、こうなることを望んでいたのかもしれない、と」

「え、妹?」


たしか殺されたのはアドラー家とダルトン家の二人。親に結婚を反対されていたはずだけれど。


「そうか。だからだったのか。それなら墮胎薬を要求されたのも納得だ」


マークさんがそう言った。そう言えば、マークさんは両家らしき関係者に、墮胎薬を要求されたと言ってたけれど。


「おそらくアドラー家とダルトン家、どちらかの子供が不倫の結果産まれたものだったのだろう。両家がいつそのことに気付いたのかは知らないが、確信があったに違いない。それで子どもを堕ろそうとしたのだろう」


血の繋がった兄妹の禁断の愛だった、ということ?


「話を聞いていて、どうして人気のないそんなところにその二人がいたのかと疑問に思っていたが、本人たちもそのことをどこかで知ったのだろう。そしてこの街にはいられないと逃げ出そうとしていたのかもしれないし、自殺をするつもりだったのかもしれない」


自殺なら、抵抗しなかった理由も説明がつく。でもだとしてら、メグのお母さんもそんなことをする必要がなかったということになっちゃうんだけれど。 


「お母さんは罪を認め、処刑を受け入れることにしました。ご主人様の秘密を守るには、それ以外に方法はなかったようです。わたしはその直前、すべてのことを聞きました。そして、これからはあなたが領主様を守って上げなさいといわれたんです」

「メグ」

「なるほど。きみが領主さんに協力した動機はわかった。でも疑問はまだ残っている。そう、アリサくんを犯人に仕立てようとした理由だ。それを教えもらえるかな」

「ご主人様は、かつての行いをとても後悔していました。そう思うようになったきっかけは、自分の子供が、幼くして次々に亡くなったからです。医者の先生は遺伝の影響かもしれないと言っていましたが、ご主人様はそうは受け取りませんでした。これは呪いであると理解したのです」

「呪い」


自分の若い頃の過ち、モフモフ教を疎かにした罪、これからがいまになって災いとして自分へと降り掛かっている、そんなふうにエリオットさんは捉えた。


「その後、ご主人様は心を入れ替えて、モフモフ教の信者となり神に祈るようになりました。自らの行いを悔い、懺悔の日々を送りました。それでも、当事者への謝罪を口にすることはできませんでした。相手の反応が怖かったから、だけではありませんでした。自分の立場を考えると、街全体への悪影響も考慮する必要があったからです」

「……」

「ご主人様は憎んでいました。自分自身のことが嫌いで仕方なかったんです。多くの人を騙し、陥れ、我が子の命をも自らの行いによって奪ってしまったようなもの。やがて、ご主人様は自殺を考えるようになりました。病もその意思を後押ししました。でも、普通に死のうとはしませんでした。自らを処刑することにしたんです」

「処刑」

「モフモフの女神は、悪を正し、世界を混沌から救うべき存在。そんな人なら、ご主人様は殺されてもいいと思うようになりました。それはある意味名誉なことである、とも考えていました。ご主人様は何の罪もない恋人を殺してしまったこと、わたしのお母さんを守れなかったことも後悔していました。もう誰かの命を奪うようなことはしたくない、それが例え自分であったとしても。だから、だから」


わたしとなって、自分を処刑した。自殺ではなく、モフモフの女神に殺されることを望んだ。


あのとき、わたしがティムくんに犯人だと指摘されたとき、メグは笑っていた。

それはきっと、この計画が成功したことを喜んでいたんだ。エリオットさんの望み通りに死ぬことができてホッとしていた。


「なるほど、では領主さんがわざわざ外に出たのは、その姿を周囲に認知させるためだったのか」

「はい。そのほうが変身後の姿に深みを与えられるから、という理由でした。誰かの視線や呼び掛けによって、ご主人様は本当にアリサ様に成りきることができたのです」


エリオットさんはひとりでは簡単にはこのお屋敷を出ることは出来ない。なのでメグが自分の体を貸したらしかった。


「ご主人様はアリサ様を陥れるつもりなどありませんでした。あくまでもアリサ様というキャラクターを演じるために行ったことです」

「では、すぐにそう言えば良かったのでは?おかげて色々と面倒なことになったわけだけれど」

「ご主人様のお葬式が終わるまで、待つつもりでした。棺に眠るまでは、そのままにしておきたかったんです。そもそも、アリサ様がこうして疑われることは想定していなかったので、戸惑っていた部分もあります。まさかこんな展開になるとは思いもしなかったので」


ティムくんの能力がなければ、ここまで拗れることはなかったのかもしれない。わたしの姿がこのお屋敷で確認されたとしても、犯人だと決めつけるような証拠までは言えない。


わたしだってそう。あのとき慌てなければ、もっと正確な情報を得られたのかもしれない。


「幽霊のエリオットさんに、もっと質問すれば良かったんだよね。そうすれば本物のわたしじゃないとわかったかもしれない」

「それはぼくのミスでもある。結論を出すのが早すぎた。亡くなった直後というのは元々憑依は長くは続けられないのだけれど、それでもあといくつかの質問は許可するべきだったね」


毒物を盛られましたか、と執事のマーカスさんは聞いた。そして幽霊のエリオットさんはそれがわたしの仕業だと指摘した。それは間違いではなかった。少なくとも、エリオットさんのなかではそうだったから。


でももしそのとき、さらに質問を重ねていたら。例えば、その毒薬が誰のものなのかわかりますか、それを聞くだけでも状況は変わっていたかもしれない。


ティムくんがマーカスさんのほうを見た。


「それにしても、そこまで領主さんが悩んでいたこと、執事さんは気付かなかったのかな?あなたが一番側にいたはずだけれど」

「申し訳ありません。旦那様の様子がおかしいことには気付いておりましたが、それも病のせいかと思い込んでおりました」


マーカスさんももう相当な年齢に見えるし、なんでもかんでも察するというのは難しいのかもしれない。


「そう言えばあなたは、フローラという名前に反応していたけれど、あれはどういうことだったのかな?」

「フローラは旦那様のペットの名前でした」

「ペット?」

「はい。茶色い毛並みの大型犬でした。子供を諦めざるを得なくなった旦那様に、奥さまが送られたのです。血の繋がりのないペットなら、早くに亡くなることもないだろうと」


実際に、そのワンちゃんは長生きしたらしい。エリオットさんの子供たちはみな五歳くらいで亡くなってしまったようだけれど、その3倍は生きたみたいだった。


「アリサ様の前で旦那様がそう名乗っていたことにあまり意味はないのかもしれませんが、もしかすると呪いとは無関係の身で憧れの人と接したかったのかもしれません。旦那様にとってフローラは、自分の罪深さを忘れさせてくれる存在でもありましたから」


あのとき、フローラは泣いていた。親の教育が厳しすぎるといって。それが原因だったのかもしれない。エリオットさんが若い頃に道を外れてしまったのは。


「わたくしは旦那様と長い付き合いがあります。旦那様が幼い頃に教育係として雇われた身でしたので。先代の領主様の命により、わたくしは旦那様に厳しく接してきました。それが旦那様の将来に繋がると信じておりました。しかし、旦那様にとって必要だったのは、腹を割って話し合える友人だったのかもしれません。わたくしがそれに気付いていれば、このような結果には」


マーカスさんはどこか遠くを見るような目をした。

その目には涙は浮かんではいなかったけれど、だからこそ二人の間にある、他人には触れられない長い時間が存在しているのだとわたしは知った。

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