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エリオット事件 10

領主の屋敷には、再び関係者が集められることになった。捕まった盗賊の証言により、エリオットさんが亡くなった件に進展があったから。


「闇商人の正体と、毒薬を渡した相手がわかったと。なるほど、それでぼくを呼んだのか」


ティムくんがそう言ってうなずいている。


わたしたちはエリオットさんの執務室にいた。メンバーはこの前とほぼ一緒。そのときにいなかったララやマークさんが加わっているくらい。


「わざわざこんな風に人を集めるということは、アリサくんが犯人ではないということかな。それだといろいろ矛盾が生じる来もするけれど、とりあえず話は聞いてみることにするよ」


わたしたちはすでに盗賊のゴードンさんから話を聞いていたけれど、いまだに信じがたい部分もあった。

わたしたちだけでは真相の全ては明らかにならないので、おそらく事情の一部を知っているであろうメグに、この場で確認してみるしかない。


「では、教えてくれ。闇商人が毒薬を渡した相手というのは誰なのかを」


わたしは一歩前に出た。容疑者として指摘された以上、わたし自身が反論するしかない。


「わたし自身、まだわからないところがある。出来ればティムくんも一緒に考えてもらいたいの」

「前置きは探偵小説に必要なことではあるけれど、長すぎると読者の苛立ちも募るもの。議論の余地があるというのなら、まずは答えを聞こうか」

「闇商人であるゴードンさんが毒薬を渡したと言ったのは」


そう言って、わたしはデスクのほうを指差した。


「領主の、エリオットさんです!」

「……」


ティムくんはデスクのほうを見つめた。もちろん、そこにはいま、エリオットさんはいない。お葬式は数日後に行われる予定で、その遺体はいま地下のほうに保管されている。


「領主さん自身が毒を買った?ということはつまりきみは、領主さんは自殺だったと言いたいのか」

「そうだよ」


ティムくんは渋い顔をしていた。それも当然の反応かもしれない。


「アリサくん、きみはこの前ぼくが言ったことを覚えてるよね」

「うん。エリオットさんの霊がわたしのせいだって言ったことだよね。実際にわたしがここを訪れたことも、メイドのみんなが証言している」

「それと、引き出しの件も。自殺としてはかなり疑問が残る状況だったわけだけれど、それの答えはあるのかな?」


わたしは頷いた。


「まず、最初に時系列に整理すると、あの日、執事のマーカスさんがエリオットさんの奥さんのお墓参りに行くところから始まったんだよね」

「そしてその後、メイドのひとりがこの執務室に呼ばれ、アリサくん、きみを呼んでくるように命じられた」


わたしはそのメイド、メグのほうを見た。


「間違いないよね、メグ」

「そ、そうです」


メグがそう答える。事前にメイドの一番前に立つようにいってあった。


「メグはその途中でわたしに会い、その後ひとりで屋敷に戻ったんだよね」

「はい。アリサ様がひとりで行くと仰ったので」


わたしはメグの目をじっと見つめた。


「な、なんですか」

「それ、本当なの?本当にわたしに会ったの?」

「疑うんですか?たしかに一緒には帰りませんでしたけど、アリサ様がこの屋敷に来たタイミングを考えれば、わたしの言ってることは正しいとわかるはずです」


メグは同意を求めるように他のメイド達を見た。多くのメイドが頷き返している。


「そうだね。ここにいるメイドさん全員が嘘をつくとは思えない。メイドさんたちはたしかにわたしを見たんだよ」

「はい、間違いありません」

「でもメグ、あなたのほうは嘘をついてるよね。わたしは、どうしてもその理由を知りたい。知らないといけない。だっていまのあなたの主張は、わたしを犯人にしようとしているとも受け取れるから」

「あの日、わたしが会ったのはアリサ様じゃないと言いたいんですよね。フローラでしたか、アリサ様にそっくりの。その人だったかもしれませんけど、わたしは嘘はついてないです。見た目でわかるものではありませんから」

「ううん、メグ、あなたはあの日、わたしに会っていない。フローラもそう。だってそのときあなたは、ここにいたんだから!」


メグが驚愕した表情を浮かべる。それを見て、わたしは自分たちの説が間違いではないと確信した。


「な、なにを」

「いいえ、正確にはあなたはフローラに会っている。フローラの正体を知っているというべきかもしれない。そうでしょ、メグ」

「……」

「今回の件には道化師のジョブ持ちが関わっている可能性が高い。道化師、他人の姿を真似ることの出来るジョブ。その誰かがわたしの姿で、この屋敷を訪れた。その誰かはメグ、あなたに会ったからここに来たわけじゃなかった。最初から戻ってくるつもりだったの」

「戻ってくる?それはどういうことなんだ?」


ティムくんが疑問の声を上げる。


「闇商人であるゴードンさんには、隠とんスキルがあった。それを使って毒薬を渡した相手の素性を調査することも珍しくはなかった。最近取り引きされたケースはひとつしかなく、コンタクトを取ってきたのは若い女性だった。毒薬を渡した後、いつものように追跡を開始してみると、妙なことが起こった。少し目を離した隙に女性の姿が消え、ふくよかな中年の男性がそこに出現した」

「……まさか」

「仕方なくその人を追いかけると、やがてこのお屋敷へとその人物は入っていった。ゴードンさんはそれで気付いた。追跡をしていた人物がこの街の領主であることに」

「つまりアリサくん、きみが言いたいのは」


わたしは頷き、領主のデスクを指差した。


「わたしに化けてこのお屋敷へやってきた道化師の正体は、領主のエリオットさん自身だったんだよ!」


しーん、とその場が一瞬静まり返った。

まるでわたしのほうが探偵みたいになっているけど、このまま突っ走るしかない。


「アリサ祭りの日、わたしと会話をしたフローラもそうだったんだよ。領主であるエリオットさんが能力を使って化けていた。その目的はわからないけれど、他には考えられない」

「果たしてそうかな?きみの言い分はその闇商人の証言を完全に信じたものとなっている。犯罪者なら容易く嘘も付くだろう」


わたしはメイド長のシルヴィアさんのほうに目をやった。


「シルヴィアさん、メグがお屋敷を出た後、この執務室に一度だけ来たと言いましたよね」

「はい。ですが不機嫌そうだったのですぐに仕事に戻りました」

「エリオットさん本人には会ったのですか?」

「いえ、わたくしのノックに不機嫌そうな咳払いするような声と何かを投げつける音がしたので、部屋に入ることはしませんでした」

「そういうことはこれまでにあったんですか?」

「旦那様はおおらかな人柄で、そのような記憶はございません」

「それって、メグの仕業だったんじゃないの?そんな突然にエリオットさんの態度が変わるなんておかしいよね」


わたしが本人にそう尋ねても、メグは何も言わない。


「低い感じの咳払いなら女性でも真似できる。ここで留守番をしていたメグが、シルヴィアさんを追い返すためにやったんじゃないの?」


あの日、メグはこのお屋敷を一切出なかった。外出をしたのはエリオットさんのほうだった。

メグがこの部屋を訪れたあと、エリオットさんはそのメグへと変身し、わたしを迎えに行くと言い残してお屋敷を出た。そして今度は外でわたしの姿になり、途中で引き返して帰宅した。


「そんな面倒なことを領主さんが?いったいどうしてそんなことを?」


正直なところ、そこはわたしにはわからない。メグに直接話を聞くしかない。


「まさか、アリサくんに罪を被せるために、なのか」


普通に考えると、その可能性は一番高いようにも思う。でもそれは、わたしが一番考えたくはない可能性だった。

メグとエリオットさん、この二人がわたしを貶めようとするなんて、信じられないから。


「フローラの正体がエリオットさんなら、引き出しの謎も解明できるよね」


そう言ってわたしはデスクに近づいた。


「エリオットさんは体が大きく、お腹も出っ張っていた。それだと、どうしても引き出しを開く余裕はなくなってしまう。でも小柄なわたしなら」


いまもこの部屋の椅子はエリオットさんが亡くなっていたときとほぼ同じ位置に置いてある。わたしはその椅子に座り、引き出しを開けた。


「こうして開くことが出来るんだよね。毒薬とスプーンも奥のほうに仕舞えるんだよ」

「……」


ティムくんは腕を組み、しばらく考えこんでいた。


「メグくん、と言ったか。もしいまのストーリーが事実なら、きみはこのアリサくんを犯罪者にしたてるために領主さんと協力して一芝居を打ったことになるのだけれど、どうなのかな?」


メグは無言。目線をそらすようにうつむいている。


「答えない、か。そういう対応は罪を認めたとも取れるけれど、構わないのかい?証拠らしい証拠はないから、いくらでも否定できると思うのだけれど」

「……」

「そうか。きみと領主さん、この二人の関係性を考えると、きみはあくまでも命令に従っていたということなのか。領主さんがなんらかの理由でアリサくんを恨んでおり、病によってどうせ死ぬ運命にあるのならいっそ自殺をして、その責任を擦り付けるようとしたのかもしれない」

「違います!」


メグが声を張り上げた。


「ご主人様は、そのような人ではありません。そんな卑怯なことを、決してしないんです!」

「メグ」

「では、アリサくんの指摘、領主さんが道化師であったことに関しては認めるということかな?」


メグはしばらくうつむいたまま何も言わなかったけれど、やがて頷いた。


「そうです。ご主人様は、道化師のジョブ持ちでした」

「他の人はそのことを?」


ティムくんが周囲を見回すようにした。執事であるマーカスさんやメイドさんたちはみな首を振った。


「そのことを知っていたのは、わたしだけです。他の人は誰も知りませんでした」

「領主として生きるなら、冒険者として登録する必要もない。派手な能力でもないから、周囲に気付かれないのも当然だとは思う。ではきみがそれを知ったきっかけはなんだったのだろう」

「……」


メグは再び沈黙。


「メグ、ここまで来たら全部話して。わたしに対する悪意がないなら、決して叱ったりしないから」

「で、でも」

「わたしがお祭りの日に会ったフローラも、エリオットさんだったんだよね。わたしはフローラに悪い印象はなかったよ。ご飯を奢ってくれたし、本人の過去も聞いた。お家が厳しいから家出をしてきたとも言ってた。あれがエリオットさんの本音だったんじゃないかな」

「……」

「わたしは知りたい。どうしてエリオットさんがこんなことをしたのか。メグがどうして協力をしたのか。少なくともメグ、あなたにいま出来るのはそれだけだと思う。このままだと、エリオットさんはわたしを悪者に仕立てようとしたと言われかねないよ。それはエリオットさんの名誉を損ねるものなんじゃないかな」

「……」

「どうしてメグはそのことを知ったのかな?エリオットさんが道化師だということ。何かきっかけがあったんだよね」

「……わたしのお母さんが、あるとき、ご主人様の変身を目撃したからです」


そして、メグはぽつりぽつりと語り始めた。

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