エリオット事件 6
「微笑んでいた?領主が亡くなったのにか?」
「はい。すごく妙だなと感じたんですけど、わたしが疑われていたので詳しく聞くことは出来なかったんです」
あの場面で笑うということは、何かしらの特別な意味があったはず。エリオットさんが亡くなって喜んでいる、普通に考えると、そうなるんだけど。
「まさか、そのメイドが犯人だと疑っているのか?」
「そう言うわけじゃないですけど、どうしても気になってしまって」
「さすがにそれはないかと。メグは領主様の娘のような存在ですからね」
ミアがそう言う。わたしも本人から聞いてそれは知っていたけれど、ミアの口調はなんだかもっと詳しそうな感じだった。
「ミアもメグのことを知ってるの?」
「はい。メグのお母さんは元々冒険者だったので。わたしは当時のことは知りませんけど、先輩からそのような話は聞いたことがあります。剣士として、かなりの実力者だったようです」
「へぇ、冒険者からメイドになったんだ。それは初めて聞いた。そういうことって良くあるの?」
「冒険者の引退後はそれぞれですけど、領主様のような立場だと身の危険を感じることもあるでしょうから、護衛として雇ったのかもしれませんね。スカウトされた、という話もどこかで聞きましたし。女性だと肉体的な限界が来るのも男性に比べると早いですから、早々に引退を考える人も珍しくはありませんね」
「そう言えば、領主はそのメイドと再婚するではないか、という噂を聞いたことがあるな」
マークさんがそう言った。
「再婚?エリオットさんとメグのお母さんが、ですか?」
「ああ」
「それだけ親しかった、ということですか?」
「常に行動を共にしていたようだな。執事のマーカスよりも目立っていたくらいらしい。まあ護衛役としてなら、それも当然かもしれないが」
エリオットさんは奥さんを亡くしているし、メグも片親だと言っていた。年齢差はあるかもしれないけど、結婚したとしてもおかしくはない。
「そんな人を、メグは恨むんでしょうか」
それだけお母さんが親しくて、路頭に迷わないようにメイドとして受け入れてくれたエリオットさん、そんな人が亡くなって喜ぶだなんて、普通はないと思う。
なら、メグのあの微笑みはなんだったの?エリオットさんが亡くなったのに笑うだなんて。
「アリサの見間違いだったんじゃないの?泣きそうな顔が笑って見えるということもあるよね」
ララがそう言う。
「そうかな。他の人とは明らかに表情が違ったように見えたんだけれど」
「外の人間にはわからない何かがあるのかもしれない。もしくは、個人的な恨み以外かもしれない」
「どういうことですか?」
「もし、メグがダーナ教団の手先だったとしたら、どうだ。モフモフ召喚士のいる街のトップを殺害することで混乱を引き起こすことが目的かもしれない」
「メグがダーナ教団の関係者?ありえないですよ、そんなこと」
「どうしてそう言い切れる?」
「だって、メグはまだ12歳ですよ。過去もしっかりしていますし、立派な仕事にもついています。ダーナ教団に関わる動機もメリットもないはずです」
「そうですね。領主付きのメイドとなるとそれなりにお給金もよいはずなので、お金で恩人を売るとは思えませんが」
ただ、とミアは慎重に続けた。
「母親の死について疑念があれば、慕っている主人でも裏切る可能性はあると思います」
「疑念って、どういうこと?」
「メグのおかあさんが亡くなった理由、アリサさんは知ってますか?」
「病気、じゃないの?」
メグ本人がそう言ってたけれど。
「いえ。メグのお母さんは処刑されたんです」
「処刑された?」
「はい。一般人を殺害した罪で」
その日、エリオットさんとメグのお母さんは二人だけで外に出掛けた。当時のエリオットさんは健康で、気分転換に馬で出かけることはよくあったらしく、そういうときはいつもメグのお母さんと一緒だった。
その途中の出来事だった。事件が起こったのは。
「西の区域にある林で休んでいるとき、その近くを通りかかった男女の二人組を、メグのお母さんが殺したそうです」
「え、どうして?」
「勘違い、だったそうです。周囲に敵がいないかどうかを調査しているとき、誤って街の住人を殺してしまったようです」
誤って?冒険者としての経験があるなら、相手が敵かどうかなんて簡単にわかるものだと思うのだけれど。
「そんなことあり得るの?」
「その主張を疑う声は多かったようです。街の噂では、領主様との逢瀬を見られ、その口封じに殺されたのではないかと言われていました」
逢瀬……要するにそこで肉体関係を持っていたということだよね。
「で、でも、仮にそうだったとしても、二人とも独身だったんだよね。それならなんの問題もないんじゃないの?慌てて殺すことなんてしないと思うよ」
勝手な想像ではあるけれど、そういう立場の人って不倫すら許されるような感じもするし、SNSもないこの世界なら大したことないんじゃないかと思った。
「基本的に、貴族と使用人の結婚は認められないものなんです。貴族の結婚というのは、勝手にできるものではありません。相手の家柄が常に問われます。メグのお母さんはあくまでも一冒険者でしかなく、領主様とそのような関係になること自体が、許されなかったんです」
そんな後ろめたさがあったから、人気のないところで逢瀬を重ねたのではないか、そんな話が街で広まっていたという。
「エリオットさんとの関係を知られたくなくて、口封じについ殺してしまった、ということ?」
「あくまでも噂ですが」
メグのお母さんが一流の冒険者なら、そんな迂闊なことをするようにも思えないのだけれど。
「エリオットさんは何か処分を受けたの?」
ミアは首を振った。
「メグのお母さんはあくまでも、全てが自分の判断であると一貫して主張していたそうです。他に目撃者もいませんでしたし、領主様を逮捕というわけにもいかないので、それで決着したみたいですね」
「でも、メグは納得しなかった。そのことを恨んでいて、ダーナ教団の力を借りて復讐を考えたということ?」
「必ずしもダーナ教団と繋がっているとは断言できませんが、12歳の少女が一人で出来る犯行でもないとは思います。
とはいえ、これはあくまでも可能性の話です。娘としてはどうしてお母さんを救ってくれなかったのか、そんな不満を抱いていても不思議ではありませんが、そもそも領主様が殺されたとも限りませんし、シャーマン探偵の指摘とも矛盾するわけですから」
あり得ない話ではないようには思う。メグはお母さんの死因を正確には伝えなかった。それは自分のやましい部分を探られるのを避けたかったのかもしれない。
「……」
でも、どうしてかな。メグのことを疑いたくない気持ちもまだ強く残っている。まだ短い付き合いしかないけれど、そんなことをするような子には思えない。いまの話だけで犯人だと決めつけたくはない。もっと情報を得ないと。