エリオット事件 5
わたしはとりあえず容疑者扱いとなってしまった。
とはいっても警察のようなところでとり調べを受けるわけでもなく、行動の制限もされずに自由に出歩くことが許された。
いくらシャーマン探偵の捜査が確立されているとはいえ、さすがにティムくんの指摘だけでは、わたしが犯人だと決めつけるわけにもいかなそうだった。
しかもわたしは世界を救うことが宿命付けられているモフモフ召喚士。逮捕なんてことになったら大変な混乱が起きてしまう。
街の事件は衛兵と騎士団の人員で構成された警備隊というところが担うのだけれど、彼らにとってもわたしは雲の上の存在みたいなもので、迂闊に殺人犯と決めつけるわけにもいかなそう。
まずは毒物の入手ルートと、フローラの捜索が優先されているみたいだった。
とはいえ、噂が広まるのは早いもの。とくに領主であるエリオットさんの死ならなおさら。混乱を招かないために、わたしはしばらく家で過ごすことにした。
きっと真相は明らかになる。そう信じて。
「それにしても、大変なことになったよね。アリサが殺人事件の容疑者だなんて」
クエストを受けるわけにもいかないので、わたしたちはリビングでのんびりと過ごしていた。ララがいつものように訪ねてきて、わたしたちから事情を聞くとおかしそうに笑っていた。
「笑い事じゃないよ。エリオットさんが亡くなってるんだよ」
「ごめんごめん、それはその通りだよ、うん。でも、アリサ祭りにアリサにそっくりな人が混ざっていた光景を想像すると、なんかシュールな光景だなと思っただけで」
「その人が乗り合い馬車で移動したなら、きっとすぐに見つかると思いますよ」
ミアがそう言った。ここにはプリシラとギルドの受付であるミアも合流していた。
どうやらプリシラは朝食を食べるために、ギルドへと向かっていたらしい。師匠であるハーミットさんが何かあったときのために、とギルドにお金を預けていったからだという。
結局、プリシラはギルドでご飯をおごってもらったという。それからこの家に帰ってきたけれど、わたしたちは領主の館にいていなかったので、再びギルドに戻って暇を潰していたとか。
「乗り合い馬車のルートは記録されていますし、長い距離を移動しているのなら、顔を確認した人もいると思います。どこから来たのかがわかれば、仮にこの街を出ていたとしても追跡は可能だと思います」
「だといいけど、フローラが見つからなかったらわたしが逮捕とかされたりしないよね」
「さすがにそれはないかと。アリサさんがいなければこの国は困難に見舞われてしまいます。仮に犯人だとしても大目に見てくれるのではないでしょうか」
それそれで危険な考えのような気もするけれど。
まあ、わたしは殺してないわけだから構わないのかな。
そのとき、玄関のドアのノック音が響いてきた。ベアトリスがソファーから立ち上がり、来客を確認しに行く。
やがてベアトリスが戻ってくると、その後ろにはマークさんがついてきた。
「これは意外だな。殺人犯と疑われているにも関わらず、だいぶリラックスしているようだな」
「マークさん、なにか用ですか?」
「一応、不安に思っているかもしれないと考え、捜査の進捗状況を伝えにきたんだが、不要だったか」
「いえ、助かりますけど、マークさんがどうして知ってるんですか?」
「今回使われた毒薬についての解析を依頼されたんだ。それでいろいろ警備隊から話を聞くことができたんだ」
そっか。マークさんは真眼の持ち主。それを使えば成分解析も簡単なのかも。
「あれはやっぱり、毒薬だったんですか?」
マークさんは「ああ」と答えて、ソファーに腰を降ろした。
「あれは死毒と毒キノコの混合毒だったようだな」
「死毒?」
「死毒は動物の死体から取れる毒性成分のことだ。肉体が腐敗する過程で生産されるもので、毒の調整に使われることがある」
毒物というのは基本的に刺激が強く、そのままでは簡単に相手にばれてしまうことがあるという。それをまろやかにするために死毒は使われることがあるらしい。
「それって普通に売ってるものなんですか?」
「まさか。そんなものを売ってたら逮捕されるに決まっている。あくまでも闇で取り引きされているものだ」
「なら、そこから追跡することは難しいんですね」
「いや、必ずしもそうとは言えない。闇の商売はリスクがある。それゆえに相手の素性は調べているかもしれない」
「なんにせよ、結局、あたしたちとしてはフローラを見つけるしかないってことだよね」
ララがそう言うと、マークさんは難しそうな顔で首を振った。
「そちらのほうの捜索はすでに終了した模様だ。警備隊がすべての施設を調べたが、フローラという女性はどの宿にも宿泊はしていなかったらしい」
「え?」
「名前を変えている可能性も含めて聞き込みをしたらしいが、きみとそっくりな人物も泊まってはいなかったようだな」
そんな馬鹿な、とわたしは思った。フローラは間違いなく、他の街から来たはず。エルトリアに住んでいれば、とっくにわたしのそっくりさんだと噂になっていたはずだから。
となると、宿屋に泊まっている可能性が高いはずなのだけれど、どこにもそんな人はいなかったという。
「宿屋じゃなく、親戚の家に宿泊している可能性もあるんじゃないですか?」
「ではなぜ、そのフローラは宿屋に泊まっているなどと嘘を言った?その必要性はどこにある?」
「それは、エリオットさんを殺害するつもりがあったからじゃ。」
「領主を殺害するつもりなら、わざわざ、きみの前に姿を現す必要はないだろう。隠れたままの方がメリットはある」
そこはたしかに不可解なことではあるけど。
「このままフローラという女性が見つからなければ、きみが罪を逃れるために架空の人物をでっち上げたと思われるだろう。そうなれば女神としての信頼も地に落ちるかもしれない。逮捕されないとしても、あの人は救世主ではないという意識が広まるはずだ。そうなれば、今後の活動に支障が出ることは間違いがないだろう」
「そう聞くと、まるでダーナ教団の仕業にも聞こえるよね。これでアリサの疑いが強まれば、身動きが取りづらくなるわけだから」
ララの発言に、マークさんもうなずいた。
「なるほど。間接的にダメージを与える、か。それはそれで巧妙な作戦だな。ひとつ問題があるとすれば、そこまで似た顔の女性を用意できるのかということだ。黒髪黒目というのは珍しいし、顔もそっくりとなると、そう簡単に見つけることは難しそうだが」
「もしかしたら、これは道化師の仕業かもしれません」
ミアがふと思い付いたようにそう言った。
「道化師?」
「はい。道化師はジョブのひとつで、他人の見た目をコピーする能力を持っているんです」
「コピーって、ミラースライムみたいなもの?」
「はい。能力までは真似ることはできませんが、見た目に関してはほぼ同じ容姿に変身することができるので、家族でも見分けはつかないと言われています」
「きっとそれだよ。誰かがわたしの姿をコピーしてエリオットさんを殺害したんだよ!ミア、いますぐギルドに戻って道化師の人を探してきてよ!」
わたしは立ち上がって、ギルドの方を指差した。
けれど、ミアは腰を降ろしたままだった。
「道化師というジョブはレアジョブなので、めったに見かけませんね。わたし自身一度も会ったことはないですし、登録もされていないはずです」
「そりゃそうだよね。これがダーナ教団の仕業なら、わざわざ足がつきそうなことはしない。きっと隣国から連れてきた冒険者だろうね。」
まあまあ座りなよ、とララが手でソファーを示す。
わたしはソファーに座り直した。
「仮にそのフローラが道化師だったとして、やっぱりどうしてわざわざアリサの目の前に現れたのかってところが大きな疑問だよね。だってそんなことをしたら、自分のことを疑ってくださいと言っているようなものなんだから」
「挑発、みたいなことじゃないの?」
道化師には捕まらない自信があったからこそ、あえてわたしのところまで来て、わたしを混乱させようとした、とか。
「わざわざそんなことするかな?なんの意味もないよね」
「……」
フローラとのやりとりが頭に浮かぶ。たしかにいま思っても、フローラに悪い印象はない。あれは全て演技だったということ?まあ、そうする理由も思い浮かばないのだけれど。
「フローラのことは考えても仕方がなさそうだな。それよりも領主の館にいたとき、他に気になることはなかったのか?」
マークさんがそう聞いてきた。
「気になることと言っても……あ、そう言えば」
「なにかあるのか?」
「屋敷で働いているメグっていう女の子がいるんですけど、その子の顔を見たとき、なぜか微笑んでいたんですけど」
「微笑んでいた?領主が亡くなったのにか?」