エリオット事件 2
エリオットさんは執務室のデスクに突っ伏した状態で亡くなっていた。すでに呼吸や脈を確かめたあとのようで、その傍らでは執事のルーカスさんが沈痛な面持ちで立っていた。
「なにがあったんですか?」
近くのメイドさんにきいてみると「わかりません」という答えが返ってきたので、わたしたちはマーカスさんに近づいた。
「あの、ルーカスさん」
「これはアリサ様、おはようございます」
こんなときでも、ルーカスさんは丁寧に挨拶をする。
その対応を見ていると、エリオットさんはまだ生きているのかもとも感じてしまうくらいの冷静さ。
あくまでも仕事柄動揺を見せるわけにはいかない、ということなんだろうけど。
「エリオットさん、亡くなったんですよね」
「はい、そのようです。いま医者を呼びに行かせはしましたが、すでにわたくしのほうで確認はしております」
よく見てみると、マーカスさんの目には涙が浮かんでいた。近づかないとわからないくらいで、本当だったら号泣したい心境なのだと思う。メイドさんたちの手前、必死に我慢しているのかもしれない。
「どうして亡くなったんですか?」
「おそらく、病死かと。旦那様は最近、体調を崩しておりましたから」
たしかに体のどこにも傷らしいものは見えない。わたしと会ったときも咳き込んでいたから、相当病が進行していたのかもしれない。
「いつかはこの日が来ると思っておりましたが、あまりにも突然のことでわたくしも驚いております。長い付き合いでしたので、旦那さまが自らの死を覚悟していたことは知ってはおりましたが」
「お医者さんやヒーラーにも治すことは出来なかったんですね」
「ええ。高齢ということもあり、旦那さまの体そのものが弱っておりました。ヒーラーにしても、本人に元々備わっている力を最大限に活かすものだと聞いております。いまの旦那さまでは限界があったのでしょう」
「そう決めつけるのは、あまりにも早すぎるのではないかな」
その声とともに姿を現したのが、シャーマン探偵のティムくんだった。
「病だから、高齢だからで納得をしていれば、犯罪者の思うツボだ。外部の人間の客観的な視点で判断しなければ、事件を闇に葬り去ることになりかねない」
ティムくんはそう言いながら、こちらへと近づいてきた。
「パッと見た感じ、たしかに外傷はなさそうだ。であれば、毒物を疑うべきだ。領主という立場なら敵も多いだろう。誰かから恨みを買っていてもおかしくはない」
「ティムくん、どうしてここに?」
「人の死のあるところに探偵も呼び寄せられるもの。ぼくがここに来たのも必然というわけだよ」
ティムくんはさらにデスクに歩み寄り、エリオットさんの状態を調べた。
「領主さんはワインを飲んでいたのか」
デスクの上にはワインボトルとグラスが置かれていた。エリオットさんの口元付近にはワインと思われる液体が散乱していて、それを飲んでいる途中で亡くなったようだった。
「ええ。領主様はワインがお好きで、水の代わりによく飲んでおられましたから」
執務室の壁際には棚が置かれていて、そこにはたしかに複数のワインか保管されている。
「水代わりにワインか。貴族の間では珍しくもないと聞くけれど、この中に毒物が含まれている可能性もあるのでは?」
「それはないかと思われます。苦しさを感じたとき、つい水分を取ろうとするのは普通の行動でもありますし」
その言葉を聞き、ティムくんは難しそうな表情を浮かべた。
「あなたは他殺を否定するところから始めようとしているが、それは執事としての背信行為に当たるではないのだろうか?もし誰かの悪意によってあなたの上司が殺害されたとしたら、本来は怒るべき立場のはず。であるなら、もっと死因について疑いを持つべきなのでは?」
「わたくしはただ、常識的な反応をしているに過ぎません。今日この館を不審な人物が訪れた形跡はありませんので、何者かによる悪意とは考えづらいのです」
ですよね、とマーカスさんはメイドさんたちに尋ねた。メイドさんたちは一斉にうなずいた。
「なるほど。それであなたは他殺の線を最初から消していたわけだ。しかし、それはあくまでも今日に限ったことでは?事前にワインに毒を仕込んでおけば、時間差で殺人は成立するはずだ」
「それもないかと」
マーカスさんはそう言って、デスク上のワインを手で示した。
「わたくしはこの部屋にあるワインについても把握しております。これは今日開けられたもので、間違いがございません。鍵のかけられた棚に保管されておりましたので、毒物の混入は不可能かと思われます」
「では、グラスのほうは?」
マーカスさんは今度は棚のほうを手で示した。
「グラスも保管されたものを使っております。鍵を持っているのは旦那さまのみですので、第三者が毒物を仕込むことは難しいかと」
「普段の食事に何者かが毒物を混入していた可能性もあるのでは?」
「旦那さまの食事の管理は徹底されておりますので、それもないかと」
「自殺の可能性はどうだろう?病に犯されていたのなら、そのような判断を下してもおかしくはない」
「それは否定できませんが、どちらにしても犯人がいないのなら大事にする必要はないかと思われます」
「自殺なら構わないと?」
「それが旦那さまの決断であるのなら、わたくしは尊重すべきかと思います」
マーカスさんはエリオットさんの苦しみを間近で見てきたのかもしれない。だから自殺だとしたなら、それを受け入れることに躊躇いはないのかもしれない。
「ん?」