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ピクニック

メグはわたしの家に住み込みではなく、通いで働くことになった。すでにこの家にはわたしとベアトリス、そしてプリシラも一緒に住んでいるので、部屋に余裕がなかったから。


数としてはまだ余裕はあったのだけれど、家具などが揃っていないし、メグは幼いということもあり、まだエリオットさんの家で教育を受ける過程でもあった。


この日、わたしたちは西の方角にある農園を訪れていた。

農園は広くて、街の中にいながらピクニック気分で歩くことができる。わたしたちはそこにあるブドウの果樹園を訪れ、そのいっかくで昼食を取ることにした。


「ホントにいいところだね。空気もいいし、気分転換には最適な場所かも」

「はい。たまにはこういうところで休むのもおすすめですよ」


メグがシーツを地面に敷いてそう言った。

ここに誘ってくれたのがメグだった。普段の疲れを癒すため、静かなところで食事をしてみましょうとわたしたちを誘ってくれた。


ピクニックびよりと言えるほどの穏やかな日で、人の作り出す喧騒とも無縁の場所だった。

周囲には建物も近くにはないくて、開放的な気分を味わえた。モフモフ召喚士としての使命や普段の戦いのことなんかも遠くの出来事のように思えた。


メニューはサンドイッチ。飲み物は途中に立ちよった牧場で牛乳をもらった。わたしたち四人はシーツに座り、食事を始めることにした。


「うん、おいしい。これってメグが使ったものなの?」

「いえ、わたしはまだ食事のお手伝いはできないんです。食べ物は人の健康に直結するので、信頼されているベテランの人が担当しますね」

「メグは12歳だよね。そんな小さい時からメイドってするものなの?」

「はい。メイドはいろいろと学ぶことも多いですし、身の回りのお世話をすることになるので、信頼も重要になります。長く働くことで家族のような関係を築くことが出来ますから」


この世界では小さな子が働くことも珍しくはないようだけれど、領主の家で働くというのは特別なことなのだと思う。メグはなんのきっかけでエリオットさんの家のメイドになったのだろう?


「メグはどうしてエリオットさんの家のメイドになったの?領主のメイドってなろうと思ってもなれるものではないよね」

「わたしはお母さんがメイドだったからです」


メグはもともと片親だったという。お母さんと二人だけで暮らしていたけれど、そのお母さんが領主の家で働いていたこともあって、生活に困ることはとくになかったらしい。


でもいまから一年ほど前、メグのお母さんは病気で突然亡くなった。メグは幼いながらにひとりになり、それを不憫に思ったエリオットさんが家に迎えてくれたという。


「へぇ。じゃあ、メグはエリオットさんの娘みたいなものなんだ」

「そうかもしれません。基本的にメイドとしての立場でいつも接しているんですけど、まわりに誰もいないときなどは、こっそりとおこづかいをくれたりもします。領主様には子供がいないので、その代わりみたいなところがあるのかもしれません」

「エリオットさん、子供がいないの?」


それは意外な感じがした。王様なんかと同じで、領主というものは跡継ぎを大事にするものだと思っていたから。


「むかしは何人もの子供がいたそうです。でも幼いときに次々に亡くなり、それが領主様の体質にあるのではと医者から指摘されてからは、子供は望まなくなったそうです」


なんか悲しい話。メグによると、エリオットさんの奥さんは子供を失った悲しみで衰弱して、だいぶ前に亡くなったとか。


「それ以来、領主様はモフモフ教の熱心な信者となりました。もともとはこのエルトリアにあっても、そんなに信仰の厚い方ではなかったようです。若い頃は遊ぶことばかりに夢中で、教会へもほとんど通ったことがなかったと年長の方から聞きました。」


わたしが言うのもなんだけれど、その気持ちはわかるような気もする。フィオナ伝説の発祥の地だからこそ、その存在が重くのしかかっていた。


「領主様は妻と子どもを相次いで亡くし、それが自分のせいだと責めました。このエルトリアの領主にもかかわらず、モフモフ教やフィオナを軽んじていた罰が下ったのだと思うようになりました」

「それがきっかけで、エリオットさんはモフモフ教の熱心な信者となったんだね」

「はい。領主様はいまや、モフモフやフィオナのファンという感じですね。わたしも領主様からモフモフやフィオナ関連の本を何冊かもらったことがあります。」


モフモフは不死身、永遠の命を持っている言われている。そんなところにエリオットさんも憧れを感じたのかもしれない。


「それじゃあさ、跡継ぎは誰になるの?」


ララがサンドイッチを食べながらそう聞く。


「わかりません。おそらく、国のほうから新しい人が派遣されてくるとは思いますが、それが誰なのかまではわたしには」


別の人、か。それは想像しづらいことかな。エリオットさんはおおらかで話しやすく、偉そうな感じもしないから、ずっと続けて欲しいとも思う。


「そう言えば、フィオナ祭りも領主様の提案だったとか」


ベアトリスがふと思い出したように言う。


「フィオナ祭り?」

「はい。王都ではフィオナの降臨祭がありましたが、ここエルトリアでもフィオナやモフモフをお祝いする独自の祭りが行われるんです。王都とは時期が被らないようにしているので、もうそろそろ開催されるころですね」

「それってどんなお祭りなの?」

「基本は仮装大会ですね」

「え、仮装大会?」

「人々がフィオナとその相方であるアーサーに成りきるお祭りですね。その日は普段からどちらかの格好をして、生活をします。もちろん強制ではないですが、他の街からも人が訪れるので、商売を考えるとそのほうが喜ばれるようです」


フィオナとアーサーの格好って、たぶん聖女と騎士って感じなんだろうけど、そこまで特別なものではないようにも思う。


日本人が外国の人やアニメのキャラ、モンスターに化けるのと比べるとインパクトは低いようにも感じるのだけれど、お祭りの雰囲気を楽しめればそれでいいのかな?


「盛り上がるお祭りなの?」

「はい。観光客の人はかなり増えますね。やはり、ここエルトリアでその人に成り切るというのは、特別な意味があるのだと思います」

「そう言えば、領主様が言ってました。今年はアリサ祭りにしようかなって」


メグがそう言う。


「アリサ、祭り?」


なんかすごく、嫌な予感。


「せっかく本物が現れたんだから、今年はアリサ様の格好を、みんなでまねようということらしいです。黒髪に黒服、それに杖を準備するようにという通達がすでに伝わっているようですよ」


その場面を想像すると、恥ずかしくて仕方がない。

でも、そんな人本当にいるのかな?わたしの真似なんかしたって楽しくないはず。重々しい黒服よりも、聖女っぽいほうがお祭りに合っているだろうし。


「へぇ、それは楽しみだね。あたしもアリサになってみようかな」


ララがおかしそうに言う。本気ではないんだろうけど、勢いでやりそうで怖いところがある。


「わたしはあまりそういうの、想像したくはないんだけど」

「どうして?」

「だって恥ずかしいでしょ。わたしと同じ格好の人が歩いているなんて」

「メリットのほうが多いんじゃない?みんなアリサの真似をしていたら、ダーナ教団もどれがアリサなのかわからないよね。アリサにとってはその方が圧倒的に気楽に過ごせると思う。たまにはベアトリスの監視を逃れて、ひとりになりたいときもあるでしょ」


そういう考えもできるのかな。ベアトリスと一緒にいることはとくに負担とは感じていないけれど、お互いに自由な時間を持つことは必要なことなのかもしれない。


ベアトリスももしかしたら、少しは遊んでみたいという思いがあるのかもしれないし。いつもわたしと一緒じゃ、他の友達なんかも出来なさそうだし。


「まあでも、わたしの真似をする人なんていないと思うよ。こんな野暮ったい格好、お祭りには似合わないよね」


このときは、わたしも本当にそう思っていたのだけれども。

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