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「え、これをもらってもいいんですか?」


この日、わたしは自宅の庭で一頭の馬を見上げていた。

白い毛をした大きい馬で、筋肉がしっかりとついている。素人であるわたしの目にも良い馬だというのがわかった。


「ええ。アリサ様が乗馬の練習をしていると聞きましたので、これはなにかお手伝いをしなければと思い、わたしの所有する馬を連れてきた次第です」


わたしの隣に立つ、領主のエリオットさんがそう言った。

今日エリオットさんがここを訪れたのは、わたしにこの馬をプレゼントしてくれるためだった。


「乗馬は冒険者の基礎です。これからアリサ様も行動範囲が広がるでしょう。この馬なら長旅も問題ありませんので、ご自由にお使いください」


エリオットさんが馬の頭を撫でながらそう言う。


「ありがとうございます。この子の名前は何て言うんですか?」

「一応見た目からユキと呼んでおりますが、そこはアリサ様がご自由に決めてくださって構いません。馬は賢いイキモノです。愛情を持って接すれば、呼ばれ方が変わってもすぐに順応するでしょう」


ユキ、か。悪くない名前だと思う。美しい白い毛並みにピッタリだと思った。


「いえ、このままでいいです」


わたしはユキ、と名前を呼びながらエリオットさんを真似て頭を撫でた。


「あ、でも、この家には馬小屋みたいなものはないんですけど」

「ご安心ください。馬の管理は全てこちらが行いますので。アリサ様が必要なときのみ、連れ出していただければよろしいかと思います。ただ関係を深めるために、定期的に会いに来ていただくことをお勧めします」

「はい、わかりました」

「もし、本格的な乗馬の練習をしたい場合は、この執事のマーカスを頼っていただければよろしいかと」


エリオットさんは複数の部下を連れてきていたのだけれど、その一番近くに立っていたのは、片眼鏡をかけた初老の男性だった。

エリオットさんの執事のようで、食事会のときも見かけたけれど、マーカスという名前は今日初めて知った。


「こうして面と向かって挨拶をするのは初めてでございますね、アリサ様。わたくし、ルーカスともうします。今後もお見知りおきのほどをお願いいたします」


丁寧にお辞儀をするマーカスさん。わたしもそれにつられて頭を深く下げた。


「ど、どうも」

「マーカスの乗馬の技術は、この街では右に出るものはおりません。この者から学べば、アリサ様もそう遠くないうちに馬を自由に操ることが出きるでしょう」


そう言った直後、エリオットさんは激しく咳き込んだ。


「だ、大丈夫ですか?!」

「いえ、お気になさらずに。ここ最近、体調のほうがよくないのですが、これもきっと歳のせいでしょう」


エリオットさんはたしかにかなりの高齢にみえる。ふくよかな体型をしているから不摂生な生活をしている可能性もあるし、どこか体を悪くしていても不思議ではないように思う。


「病気とかではないんですか?」

「この年にもなれば、病のひとつやふたつくらい抱えているものです。アリサ様もお気になさらずに」

「そ、そうですか」

「ところで、アリサ様、最近はベアトリスとともにクエストを受けることも多くなったそうですが」

「ええ、そうですけど、もしかしてダメだったですか?」


そう言えばエリオットさんにはなんの許可ももらってはいなかった。

ベアトリスはあくまでもわたしの身の回りのお手伝いのためにいてくれるわけで、危険な目にあわせてはいけなかったのかもしれない。


「いえ、それは別に構わないのですが、それでは家のほうがおろそかになりはしないかと心配になったのです」

「とくに困るようなことは起こってないですけど」


ベアトリスはよく働いてくれている。私生活で不便を感じたことはなかった。


「アリサ様がそうでも、ベアトリスも同じとは限りません。クエストと家事の両立は、確実に負担となっているはずです」


そう言われて、わたしはハッとした。ベアトリスのことまでは考えてはいなかった。


ベアトリスはいつも働いているように見える。わたしはそれが当然のように受け止めていた。獣人というものは人間に比べると体力もあるらしいので、ベアトリスが弱音を吐くようなこともなかった。



「わたしは」


なにかをいいかけたベアトリスを、エリオットさんが手で制した。


「いいのだ、ベアトリス。おまえの健康はアリサ様の安全そのもの。無理をして何かがあったらどうするというのだ?」

「……はい」

「おまえの支えになってくれる相方が必要だろう。クエストなどから疲れて帰ってきたとき、温かく迎えてくれる誰かがいたほうが良い」


エリオットさんは後方で整列していたメイドの中から、ひとりを呼び出した。


その子はメイドのなかでも一番若くて、ううん、幼いといった表現のほうが正しかったかもしれない。日本でいうところの小学校の高学年くらいで、紫色をした髪を短くまとめている。


「この子の名前はメグ。うちで一番若いメイドですが、それなりに経験はあります。ジョブはないようなので、冒険者としては連れていくことはできませんが、家のことなら充分に任せることが可能でしょう」

「は、はじめまして、アリサ様。わたし、メグっていいます。どうぞ、よろしくお願いします」


メグは明らかに緊張していて、その小さな体はガタガタと揺れていた。

すっかり街に馴染んだから忘れていたけど、そう言えばモフモフ召喚士としてのわたしは女神として崇められる対象でもあるんだよね。


「うん、よろしくね、メグ」


わたしはメグを安心させるように握手をした。その手は汗で濡れていた。


「メグはいま、何歳なの?」

「わたしは12歳になります」

「じゃあ、プリシラと一緒だね。話も合いそうだし、仲良く出来るんじゃない?」


わたしはプリシラのほうに顔を向けたけれど、何の反応もなかった。


「プリシラ?」

「あ、はい、そうですね」

「どうかした?」

「なんでもないです。この馬がキレイだったので、見とれていただけです」


その割にはプリシラ、ちゃんとメグの方を見ていたような気もするけど。


「メグちゃんですね。よろしくお願いします」


プリシラが差し出した手を、メグは握り返した。


「はい。よろしくお願いします。でも、同じ年なら呼び捨てで良いですよ」

「うん。じゃあメグも敬語じゃなくて構わないから」


メグはエリオットさんの方を見た。使用人としての立場で、馴れ馴れしくすることが許されることなのかどうかを確認しているようだ。


「メグ、おまえの好きにしなさい。わたしたちは先に帰るから、今日は好きなだけここにいると良い。ユキは慣れさせるためにここにおいていくから、帰るときに厩舎まで連れ帰ってくれ」


エリオットさんはそう言うと、わたしに「それでは、また」と頭を軽く下げて敷地を後にした。その姿が完全になくなると、メグはプリシラに向き直った。


「プリシラは魔法使いなんだよね」

「そうだよ」

「一度見せてくれる?わたし、魔法ってちゃんと見たことないから」

「いいけど、馬の近くだと驚くから裏庭のほうに行く?」

「うん、そうする」


そうしてその二人は裏庭の方へと移動した。

プリシラとメグ、この二人は良い友達になるのかもしれない、とわたしはそんな二人を見て思った。

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