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討伐クエスト

プリシラの協力によって、わたしの力は一段階上に上がった。

これまで避けてきた討伐クエストも、受けることはできるようになった。


結界を利用したモフモフアタックでモンスターを倒す、これを練習したいと思った。

そうすればわたしでも敵のヒットポイントを削ることが出来るようになるし、ボスがギリギリの状態になるまで待つ必要もなくなる。


わたしたちはギルドに行って、ミアから討伐クエストのおすすめを紹介してもらった。まだまだ戦闘には慣れてはいないので、比較的楽なものをお願いした。


「これなら、どうですか。最近、ここから北西にある鉱山でグリズリーが出現しているそうなんです」

「グリズリー?」

「鉱山のなかに閉じ籠ったままなので、採掘作業ができなくて困っているそうです。熊にもいろいろ種類はありますが、グリズリーは一般的な熊ですね。これならまず負けることはないと思うので、討伐クエストの初心者であるアリサさんにとっても最適かなと思います」


今回の目的はプリシラとの合体技である新モフモフアタックを試すためのもの。報酬は少ないけれど、レベル上げは気にする必要がない。


わたしはそのクエストを受けることにした。ギルドを訪れたのはこの日の早朝なのでプリシラ、ララ、ベアトリスとともにさっそく鉱山へと向かった。


わたしとプリシラはまだ馬には一人では乗れないので、それぞれララとベアトリスの後ろにまたがった。


鉱山について中に入る。中は真っ暗だったけれど、ギルドでもらったランタンで周囲を照らした。


「どうやらグリズリーは奥のほうにいるようですね」


ランタンを持ったベアトリスが周囲を見渡して言った。その耳もヒクヒクさせているので、入り口付近に一匹もモンスターがいないのは間違いがなさそう。


「良かった。ここにグリズリーが出ても、モフモフアタックは使えそうもなかったから」


鉱山に入ってすぐのところは天井が低くて、モフモフを上昇させることは難しかった。すぐにモフモフが露出した岩にぶつかり、落下してしまうから。


「っていうか、モフモフアタックって、サイドは出来ないの?」


ララがそんなことを言う。


「サイド?」

「うん。いまのアリサはだいぶ自由にモフモフを操れるようになったでしょ。ってことは、わざわざモフモフを上昇させなくても、モフモフアタックって可能なんじゃないかって思ったんだけど」


要するに杖を縦ではなく、野球のバットみたいに横に振る感じでモフモフを動かすってことかな。


モフモフアタックでまずモフモフを上昇させるのは、落下時の勢いを利用するためでもあったのだけれど、いまのわたしはモフモフとの同化はかなり進んでいる。

地面にモフモフを置いたまま相手にぶつけようと思えば、それも可能かもしれない。


「でもそれだと、結界モフモフアタックは難しいと思います。落下した勢いを利用することは出来なくなってしまいますから」

「それもそうだね」


プリシラの言うように、モフモフサイドアタックだと、大きなダメージを与えることは出来ない。結界モフモフアタックを当てるなら、やっぱり普通に上に上げるしかないのかな。


「生物の気配がします。この先にグリズリーがいるかもしれません」


奥のほうに進んでいると、ベアトリスがふいに足を止めた。


「気をつけたほうがいいかもしれません。狭い通路で襲われると、大きなダメージを受けるかもしれませんから」

「といっても、全然先が見えないんだけど」


ランタンの明かりでは、遠くまでは見渡せない。そんなに強くないとはいえ、突然グリズリーが現れるのはさすがに怖い。


「よし、じゃあ、あたしのファイアーボールで」

「待った!」


ララがファイアーボールを投げて道を照らそうとしたので、わたしは慌てて止めた。


「ダメだよ、こんなところで火を使っちゃ。鉱山にはガスが出ている場合があるんだから、爆発するかもしれないよ!」

「そうなの?」


ララは振り上げていた腕を下ろした。


「なら、わたしの光魔法で照らしてみますね」


プリシラが光の球体を作り出し、それを通路の奥のほうに移動させた。

そのとき。


「おおおおお!」


という、野太い悲鳴が通路の奥のほうから聞こえてきた。


「人の声……まさか、誰かが迷い込んだとか」

「そして、襲われている最中みたいだね」

「じゃあ、急がないと!」


わたしたちは駆け足で奥へと向かった。

休憩所なのか、鉱物を集めるところなのか、通路がふいに途切れて広い空間に出た。その次の瞬間、


「キャッ」


こちらに向かって何かが飛んできた。

それは人だった。

鉱山で働いている人なのか、タンクトップのような服をきた体格のいいおじさんだった。まだ生きていて、苦しそうにうめいている。


「だ、大丈夫ですか?」

「それよりもアリサ、準備して」


ララが鋭い声でわたしに命じる。その視線は広場の奥のほうに向けられていた。

そこには熊がいた。ターゲットのグリズリーらしい。

ララとベアトリスが一歩、前に進み出た。


「まずは、あれを倒さないと。とりあえず、あたしとベアトリスでグリズリーの体力を削るよ」

「ウォォォォォォ!」


地響きがするような唸り声を上げて、グリズリーは立ち上がった。

天井に届きそうな巨体ではあったけれど、いまのわたしはそこまでの恐怖は感じていない。

わたしもいろいろ経験してきたし、他の三人の実力も信じているから。


グリズリーがこちらに向かって突進してくる。ベアトリスがまずはそれを正面から受け止め、グリズリーの巨体をつかみ、そのまま壁に向かって放り投げる。


ララがすかさず追撃。壁からずり落ちたグリズリーに剣で切りつける。脚に怪我を負ったグリズリーは簡単には立ち上がれない。

あえてわたしが結界モフモフアタックをぶつけられるような状態を作ってくれたらしい。


「よし、プリシラ、行くよ」

「はい」


わたしはモフモフを召喚し、それを空中へと浮かせた。

そのとき。


「おや、それはなにかな。ぼくがこれまで1度も見たことのない生物がいる。特徴と言えるものがないのに、どこか不思議な魅力に溢れている」

「え?」


すぐ近くから男性の声が聞こえた。

そちらを見ると、すぐ後ろに見慣れない男性が立っていた。

くるぶしまで届きそうな長いコートを着ていて、肩にはケープを乗せている。平たい帽子を頭に被り、口にはパイプをくわえているけれど、煙は立っていない。


「……誰?」

「アリサさん、早く!」


グリズリーは最後の力を振り絞って立ち上がっている。わたしはプリシラの声に急かされ、結界で包まれたモフモフをグリズリーにぶつけた。


グリズリーはそれで倒れたのだけれど、わたしには達成感よりもさきほどの男性のほうが気になっていた。なんか場違いな格好をしていたし、そもそも服装と見た目が合っていない。見た目はまだ幼いのに、服装はどこかの紳士といった感じ。


それに、そこには労働者の男性が倒れていたはず。あの人はいったい、どこに行ったのだろう。


「あの、あなたは」

「いや、待ってくれ!」


その少年はわたしのほうに手を向け、首を振った。


「自己紹介の必要はない。きみの正体はおおよその見当がついた。黒髪黒服の少女で、大きな杖をもち、謎の生物を召喚している。そしてここはエルトリアからも近い。つまりきみはモフモフ召喚士その人というわけだ!」


ズバリ、と人差し指を盛大に突きつけられ、わたしはうなずいた。


「うん、そうだけど」

「なに、驚く必要はない。探偵であるこのぼくにかかればこの程度、造作もないことだ」

「探偵?」


そう言われてみると、そんな格好にも見えるのだけれど、でも、探偵?この世界にも探偵っているの?


あ、でも、この前、リディアさんと話したとき、シャーマン探偵なるものが存在をしていると話しには聞いたけれども、まさかこの人がそうなの?


「あなたは、もしかしてあの、シャーマン探偵とかいう人?」


その言葉を聞いて、彼はうなずいた。


「その通り。ぼくはシャーマン探偵のティム。きみはモフモフ召喚士のアリサくんだね」

「う、うん」

「以前からきみのことは気になっていたんだ。ぼくは事件に引き寄せられる体質でね。敵の多いモフモフ召喚士ならいずれ、ぼくの出番もあるだろうと踏んでいたのだが、一向に事件は起きそうもない。そこで、そろそろこちらから会いに行こうと考えていたのだが、まさかこんなところで出くわすとはね」


なんか、イメージとは違う。シャーマン探偵っていうから、イタコみたいなおばあちゃんを想像していたのだけど、それとは正反対。


「えっと、ティムくんは、どうしてこんなところにいたの?」

「もちろん、冒険者としての仕事をこなしにきたんだ」

「え、シャーマン探偵って戦えるの?」

「君は勘違いをしているようだね。ぼくはあの熊と戦いに来たわけではなく、別のクエストでここを訪れたに過ぎないんだ」

「別のクエストというのは?」

「とあるご婦人からの依頼だ。ここの鉱山で働いている夫がしばらく帰宅していない。その行方を探してほしいと。もしも死んでいたのなら、その最後を教えてほしいと」


シャーマンは死者と会話できる能力を持っている。そのクエストには最適だろうとは思う。


「じゃあ、さっきの労働者みたいなおじさんは仲間なの?内部に詳しい人についてきてもらったとか?」


さきに下調べをしていたあの人は慌てて逃げて、それと入れ替わるような形でティムくんが現れたとか?


「いや、違う。ぼくはひとりでここまで来たし、中に入ったときはすでにみなが死んだ後だった。」

「え、じゃあ、さっきの人は?」

「あれはぼくだ」

「ぼく?」

「どうやら、シャーマンの能力について、きみはよく知らないようだ。ここはひとつ、実際に披露してみようか」


ティムくんは両手を胸の前で合わせると、なにかを念じるように目を閉じた。


そして次の瞬間。


「え?」


そこにいたはずのティムくんがいなくなり、さきほど見た労働者風の男性がわたしたちの前に立っていた。


「まさか、あなたがティムくんなの?」


労働者風の男性はハッキリとうなずいた。


「これがシャーマンの力だよ。霊を呼び寄せ、その体を一時的に借りるんだ。この状態なら、霊の言葉をそのまま伝えることもできる。いまはそこまで同化はしていないから、自分の意思を優先させられているけれどもね」


その声は野太く、さきほどまで聞いた少年のものとは明らかに違っていた。


「そんなことができるんだ」

「あくまでも一時的なものだけどね。」


ティムくんが手を離すと、その姿も霧散した。再び探偵風の格好をした少年がそこに立っている。その人に変身するというよりは、被り物をしていると言ったほうが正しいのかもしれない。


「ある程度の能力も借りることはできるんだよ。熊に襲われたときも、この体ならなんとかなるかなと思ったんだけど、さすがにそううまくはいかなかった」

「誰か護衛の人をつれてこようとは思わなかったの?」

「ここに熊が出ることは事前には知らなかった。君たちがその依頼を受けたのなら、ぼくがご婦人の依頼をうけた直後に出されたものだろう。まったく情けない。探偵としては恥ずかしい話だよ」


ティムくんはそう言って帽子を目深に被り直し、手に持っていたパイプを口にくわえた。


「えっと、もしかしてティムくん、たばこを吸うとか?」

「いや、これはあくまでも飾りだよ。ぼくの好きな小説の主人公の真似をしているだけだ。」

「小説……」


なんか、頭に浮かぶものがあるんだけれど。

向こうの世界からこっちに小説とか流れてきてないよね。見た目も同じ人間だから、感性も似ているところがあるのかもしれないと納得しておこうかな。


「ところで、さっきまでいたモフモフは?一瞬で姿が消えたようだけれど、もしかしてもう還したのかな?」

「うん。ずっと出してるとマジックポイントがなくなっちゃうから」

「可能ならば、もう一度モフモフを出してはもらえるかな?ぼくはモフモフ自体にも非常に興味があるんだ」

「別にいいけど」


わたしは一度還したモフモフを再び召喚した。

ティムくんはしゃがみこんで、そのモフモフをじっぬりと観察した。


「モフモフは不死身だと聞いたけれど、それは本当なのかな?」

「たぶん、そうだと思う。ちゃんと確認はしていないんだけど」

「ぼくは将来、ミステリー小説家を目指しているんだ。実際の経験では考えられないような事件を作品にしたいと思っている。そのひとつのアイデアとして、モフモフ殺人事件なんてものを考えているんだ」

「モフモフ、殺人事件?」

「不死身であるはずのモフモフが殺される事件だ。そのなぞを解くため、相棒であるモフモフ召喚士が活躍するというストーリーを想定している」

「へ、へぇ」


そんな物騒なもの売れるのかな。っていうか、モフモフに殺人事件という表現で正解なの?


「きみとの出会いは、そう言う意味でぼくにとっては運命と言えるものだ。これからも作品作りのためにも是非、協力してもらいたい」


ティムくんはそう言って立ち上がり、わたしに握手を求めてくる。


「う、うん」


わたしはその手を握り返した。

ついうん、と答えてしまったけれど、これってモフモフを危険にさらすことなのかもしれない、と後で気づいた。

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