ウェアウルフ 4
ーーあれが最後の拠点のエルトリアだ。
『わたし』は馬に乗っていた。アーサーの背中に抱きつきながら、少しだけ冷たい風を感じていた。
ーー他の街の多くはすでにやられてしまった。ここから東に行くと海に出てしまう。そこにはノールクリシアという小さな漁村がある程度で、まともに戦える住民もいない。
ーー海の向こうに大陸はないの?
ーーない。いくつかの島があるだけだ。その島の一つに避難基地を作っているところではあるが。
ーー避難基地?
ーー無人島に地下都市を作る計画なんだ。そこにみなを避難させて、反撃の体制を整える準備をするつもりだ。
ーーそこなら敵はこない?
ーーゼロではないが、大陸にいるよりは生存確率は高まるだろう。
ーーでも無人島では生活も難しいんじゃないの?
ーー我がままは言ってられない。それなりに大きな島ではあるから、食糧問題もどうにかなるだろう。無人島を支配されなければの話だが。
やがてエルトリアにつき、わたしたちは馬を降りた。
ーーここもすでに、悪魔の襲撃を受けている。大陸中から戦士を集めて反撃の拠点にするつもりだったが、それが相手にばれてしまった。どうにか退けはしたが、罪もない住人の命も失われてしまった。次があれば、今度こそわたしたちは終わるかもしれない。
エルトリアでは多くの建物が壊され、街としての機能はかなり失われていた。路上には死体が放置されたままで、腐敗臭を放っていた。
ーー集めた、ということはここは国の中心の都ではないのね。
ーー都はここから西にいったところにある。大陸のほぼ中央に位置しているが、すでに悪魔の手中に落ちてしまった。
ーーここが襲われたのはいつのことなの?
ーー数日前のことだ。
わたしはそのときの状況について詳しく聞いた。
ーーこの街は結構規模が大きいようね。みなが生きていて、建物がしっかりしていて装備が揃い、事前にちゃんと準備が出来ていれば悪魔にも対応できるかもしれないわね。
ーーもちろんそうだが、亡くなった人は生き返らない。ネクロマンサーによってゾンビにでもするというのなら、話しは別だが。
ーーあなたはまだ諦めてはいないのね。
ーーもちろんだとも。この命が尽きるまで戦うつもりだ。
ーーなら、わたしに任せてほしい。
ーーフィオナ?
わたしは杖を持った。
そして。
ーーいったい、なにが起こったんだ?
困惑するアーサーの声。
彼の目に映っていてたのは、活気溢れる街の姿だった。死んだはずの住人が普通に歩いていて、建物の損害もない。瞬きするほどの瞬間的な変化だった。
ーーどう?これなら次の襲撃にも耐えられるんじゃない?
ーーフィオナ、まさかきみがこれをやったのか?
ーーええ。そうよ。
ーー君は一体何者なんだ。
ーーわたしは天界からやってきた女神なの。
ーー天界?女神?
ーーみなの呼ぶ声が聞こえた。助けてほしいと願う声が、わたしのもとまで届いた。だから、来た。わたしはこの世界を救うためにやってきたの!
ーー「アリサ?」
わたしはその声のほうを見やった。フィオナ迷宮の入り口で、ララが不思議な顔でわたしを見ている。
「どうしたの?誰もいない壁のほうをずっと見てたけど。たしか前もそんな感じだったよね」
「あ、いや、ちょっと」
「転送したときに何かあったの?」
どうしよう。これ、言ったほうがいいのかな。とくに隠すようなことでもないし、大丈夫だよね。むしろ、ひとりで抱えているのはなんか不安だし。
「実は……」
とわたしは転送装置に触れる度に、フィオナの記憶を見ていることを明かした。
「へぇ、そんなことが起こってたんだ。じゃあ、フィオナの過去とかもわかるの?」
わたしは首を振った。
「見えるのは断片的だし、フィオナそのものの気持ちまではわからない。あくまでもフィオナの視点で当時を体感しているという感じで」
だからフィオナが本当に地球人なのかも、わたしには把握することはできなかった。天界から来たとは言ってたけど、そちらの真偽もわからない。
まあ、後世にそのように伝わっているということは、地球人で間違いがないのだろうけど。
「そこになにか、意味があるのでしょうか。アリサ様だけが見られるということは、あえてそうしている可能性は高いはずですので」
どうなんだろう。たまたまというか、モフモフ召喚士だからそういう反応が生まれたというだけだと思うけれど。
「それにしても、一瞬で街を甦らせるなんて、フィオナは本当にすごい人だったんだね。いや、神様なんだから当然か」
「……」
「どうかした、アリサ?」
「あ、ううん、なんでもない」
フィオナが地球人であるのなら、普通の人間のはず。それがどうしてあんなことができるというの?魔法というものが古代世界にあったとしても、あんなすごい魔法なんて……。
「とりあえず、もう一度触ってみたら?そうしたら全部見られたりするんじゃない?」
「わかった、試してみる」
わたしは転送装置に手を伸ばした。でも、反応はまったくなかった。
「あれ、おかしいな」
「どうやら、ある程度時間を置かなければ再起動しないらしいな」
クールダウンみたいな感じかな。転送するにもパワーがいるみたい。もしわたしに記憶を見せることで力を使い果たしたのなら、わたしが最後に転送されるのは正解だったってことかな。
「転送装置が使えたとしても、フィオナの記憶が見れるとは限らないよね。繰り返しみたらアリサの体調も悪くなるかもしれないから、程々にしたほうが良いかもしれない」
「うん」
「それでは、帰るとするか。一番働いたプリシラも疲れているだろうからな」
マークさんに言われて見ると、プリシラはどこか眠そうな顔をしていた。いますぐに休ませたほうが良いのかもしれない。
そうして、わたしたちはフィオナ迷宮を後にした。