教会へ2
「も、モフモフ召喚士?なんですか、それは?」
わたしの問いに、ブラッドさんは大きくうなずいて答えた。
「モフモフ召喚士とは、モフモフを召喚する力を持った魔法使いのこと。数百年に一度現れるかどうかという希少な能力であり、われわれの救世主でもある」
「救世主」
「女神、というべきかもしれません。実際にフィオナはそう呼ばれていますから」
リディアさんも深く頷く。
いや、だから、わたしは日本の女子高生で、こっちの神様とはなんの関係もないんだけれど。
「とはいえ、記憶をなくしているアリサ様の戸惑いは非常に良く理解できます。少し落ち着く時間も必要かと思いますね」
「しかしリディア、あなたはわかっているだろうが、われわれにはそうも言っていられない事情があるのだ」
「はい、わかっています」
そう言って、リディアさんはわたしの正面に立った。
「いま教会は、この世界は危機に瀕していると言っても過言ではありません。信仰心が年々薄れ、邪悪な勢力が跋扈し始めている。このままではいずれ、闇の時代が再来してしまうかもしれない」
「それは聞きましたけど」
「そんな時代に、モフモフ召喚士は現れると言います。もちろん、世界を救うためにです。そして、実際にあなたは現れた。アリサ様、あなたにはこの絶望的な未来を変えられる、いえ、変えなくてはいけないのです!」
リディアさんはわたしの手を取った。
「そう、あなたがモフモフを召喚すれば、邪悪なものも含めて、世界の人々を笑顔にできるのです!」
力強くそう言われても、わたしには戸惑いのほうが強かった。
とりあえず、モフモフ召喚士というジョブがあって、その才能がわたしに認められたってのはわかった。
そしてそのジョブを持つものはフィオナというかつて、この世界を闇から救った英雄の生まれ変わりとみんなは認識をしている。
まさか、ね。わたしはこの前まで日本という国で暮らしていた女子高生の日本人でしかない。この世界とは無関係で、そんな力もあるはずがない。
でも、興奮している二人の様子を見ていると、迂闊に否定はできないかなって思う。
そもそも、わたしは記憶喪失との設定で通しているから、素性を伝えるわけにも行かない。
とりあえず、相手に合わせて話を続けるしかなさそうだった。
「あの、モフモフ召喚士って、そんなに強いんですか?」
「いえ、モフモフ召喚士は最弱のジョブと言われています」
「え?」
「戦闘能力は皆無。ステータスは軒並み低レベル。唯一の取り柄がモフモフを召喚することなのです」
最弱って……なら、どうして伝説なんて呼ばれるんだろう?
「もしかして、モフモフそのものが強いということですか?」
「いえ。少なくとも、伝説上ではモフモフにも戦う能力はないとされています」
どういうこと?モフモフ召喚士も、それが呼び出すモフモフも弱いんじゃ、ほとんど普通の人でしょ。
「じゃあ、モフモフ召喚士ってなんの役にも立たないんじゃないんですか?」
なんか一気に絶望感。疑いつつも、どこか伝説の女性の生まれ変わりと言われて、浮き足だっていたところもあるから。
「そんなことはありません。モフモフはその愛らしい見た目から人のみではなく、モンスターからすらも戦意を失わせるといいます。モフモフを間近で見たものは、あっというまに骨抜きにされて、心が穏やかになるというのです。戦わずして勝つ、この究極の戦術を取れるのがモフモフなのです。フィオナもモフモフを使ったからこそ、この地を平定できたとも言われています」
見た目だけで戦意を失わせるなんて、そんなのある?しかも愛らしい見た目だけでなんて。襲ってくるモンスターがモフモフを見て「あ、なんてかわいい生き物なんだ」って感じでおとなしくなるなんて、ありえそうもないけれど。
「でも、わたしはいままでモフモフなんて生物を見たことがないんですけれど」
そう言った直後、いままで見たことがないという表現は大丈夫かなと不安になった。それだと、まるで、これまでのことを覚えているというふうに取られてしまうから。
でも、リディアさんはその矛盾に気づいた様子もなく、
「当然です。そんな簡単に見つけられたら、伝説の生き物など呼ばれるはずもありませんから。アリサ様、あなたもまだ冒険者として覚醒していないのですから、召喚できないのも当然と言えるわけですし、そもそもミステルの杖がなければ、モフモフは呼び出せないと言われているのです」
わたしは改めて杖を見た。どことなく神秘的な感じはするけれど、特別な力みたいなものは感じない。
「これを使えば、本当にモフモフが呼べるんですか?」
「おそらく」
「確信はない、ということですか?」
「すべては伝説上の話ですので。しかし、あなたがモフモフ召喚士であることは、ギルドの鑑定によって明らかとなっています」
ミアさんは一般人とは言っていたけれど、あれってやっぱり嘘だったってことだよね。わたしに直接伝えられなかったってことは、モフモフ召喚士が偉大な存在であることは確かだとは思うのだけれど。
「どうやってモフモフを呼ぶんですか?」
「わかりません。とりあえず、いろいろ試してみるしかなさそうですね。ではまずは、モフモフと叫んで見てください」
「ここで、ですか?」
「はい」
断れる雰囲気ではなさそう。
わたしは言われたとおりに「モフモフ!」と叫んでみた。
しかし、なんの変化も起こらなかった。
「……なにも、出ませんけど」
「では次に、モフモフの姿を想像して叫んで見てください」
モフモフの姿?
「あの、わたし、モフモフと言われても、どんなものかはさっぱりわからないんですけど」
「それはわたしたちも同じです。モフモフは伝説上の生き物ですから、創造力を駆使するしかありません」
「モフモフという語感から想像してみるのをおすすめしたい」
ブラッドさんのほうに目をやると、鋭い目付きでわたしのほうを見ている。それが元々の作りなのだろうけれど、わたしは妙な圧迫感を感じてしまう。
わたしは白くてふわふわの生き物を想像した。
「モフモフ!」
「……」
「モフモフ!」
「……」
「モフモフ!」
「……」
でも、やっぱりダメだった。なんていうか、ウサギとか具体的なものに頭がいってしまう。まあ、モフモフなんて見たことがないから仕方がないとは思うのだけれど。
というか、これで本当に呼べるの?教会の二人だってわからないんだから、無駄な努力と言うやつじゃないの?
そもそもの話をすれば、モフモフやモフモフ召喚士の存在だって怪しいわけで。ミアが何か勘違いをしていたって可能性もあるとは思う。
「ふむ、もしかすると、レベルが足りないのかもしれない。冒険者として登録をしていないのなら、あなたはレベルが1のはず。その状態ではまだモフモフを召喚するほどの力はないのかもしれない」
ブラッドさんが落ち着いた口調で言った。
「じゃあ、わたしはどうすれば……?」
「とりあえずレベルを上げてみる、それを試してみましょうか」
レベル上げ……ギルドの依頼をこなせば上がるとララは言ってたけれど、それは困る。だって、モンスターとかと戦うってことでしょ。仮にモフモフ召喚士というのが事実だとして、戦う力がないなら依頼だってクリアすることは不可能。
「あの、やっぱり何かの勘違いとかじゃないですか?ギルドのほうで手違いみたいなのがあったのかも」
「いえ、間違いなくあなたはモフモフ召喚士です」
そう強く断言されると、何も言い返せなくなる。
わたしは隣に立っているララを見た。もう自分ではどうしようもないので、ララに助けを求めるしかなかった。
「まあ、とりあえずやってみたら?前に言ったと思うけど、ギルドの依頼、クエストにはいろいろあるんだ。きっとアリサでもクリアできるやつがあるはずだからさ」
軽い口調で、ララは言う。
冒険者を経験しているララにとっては、なんでもないことなのかもしれない。
ううん、こっちの世界に生まれた人というのは、そもそも冒険者に憧れがあるのかもしれない。ジョブ持ちは限られた人にしかない才能だから、ギルドで依頼を受けること自体名誉なことなのかもしれない。
「わたしも出来る限りの範囲で手伝ってあげるからさ。モフモフ召喚士そのものにも興味があるし」
「でも、モフモフには何もできないらしいけど」
「まずは、モフモフを呼ぶことから始めることだよ。実際の能力は誰にもわからない。伝説だけが全てとは限らないんだから」
結局、いまのわたしにはこの道しか残されていないみたい。どこかに逃げられるような場所なんてないわけだし。