ウェアウルフ 2
わたしたちはプリシラの張った壁際の結界のなかにおさまり、戦闘メンバーであるララとベアトリスがウェアウルフに立ち向かうこととなった。
いつでも結界を出入り出来るように、壁に接する部分はわずかな空間を開けておいた。結界は丸形をしていて、強度を保つためにみんながギリギリに入れるくらいの大きさとなっていた。
ウェアウルフのスピードは予想以上だった。戦闘モードに入ったからか、先程と比べても段違いに動きが早くなっていた。
戦闘班であるララとベアトリスが近づこうとしても、軽やかな身のこなしで次々とかわしていく。
ボス部屋は広く、簡単には追い付けない。ためしにマークさんが結界を出て遠目からナイフを投げつけてみたけれど、それもなんなくかわしてしまった。
ウェアウルフのターゲットは明らかに結界。ララやベアトリスを軽くあしらい、その隙にこちらへと猛然と近づいてきて、その爪で結界を攻撃する。
そして攻撃役の二人が近づいてくるとまた距離を取るというこの繰り返しが続いていた。
「く、ぜんぜん捕まらないよ」
「完全に弄ばれているようです」
二人はすでに息が切れていた。体力勝負になれば、確実に不利な状況だった。プリシラの結界のバリアはまだまだ持つようだけれど、それも永遠とはいえない。
「ねぇ、マーク、なにか策はないの?」
クローネさんに話を振られ、マークさんは腕を組みながらしばらく考えている。
「プリシラ、結界を保ちながら魔法を使うことは可能なのだな?」
「はい、簡単なものならできますけど」
「なら、ウェアウルフの行き先に氷の壁を作ってほしい。簡素なもので構わないから、それで動きを鈍らせるんだ」
プリシラが言われた通りにウェアウルフの正面に氷の壁を作った。ある程度横幅もあるので、勢いでかわすことはできずに、ウェアウルフは急停止した。
慌てて横に移動し、動きを予測してそこに待ち受けていたベアトリスが拳を放つ。しかし、ウェアウルフはさらに横に飛び、ベアトリスをかわす形でこちらに向かってくる。
「やはり部屋が広すぎるな。簡単には足止めできないわけか」
「プリシラが結界をやめて、魔法で一気に勝負をすれば、勝てるかもしれません」
わたしの提案をプリシラ自体が否定する。
「それは難しいと思います。この部屋は奥行きもありますから、魔法だけに集中したとしても逃げ場はいくらでもあります。敵を捉えられる保証はないですね」
「それにしてもこのウェアウルフ、あの二人には目もくれないな。やはり第一目標はアリサなのか」
ウェアウルフは鋭い爪で結界を破壊しようとしているけれど、それは常にわたしの目の前で起こった。結界を壊すといえよりも、わたしを狙っているようだった。
「それも当然よね。これってアリサの試練なわけだから」
「逆に言えば、アリサの目の前にウェアウルフは必ずやってくるということでもある。その習性を使えば効率的な攻撃が出来るかもしれない」
「どうやって?」
「……この結界を攻撃した直後、その背後に氷の壁を設置してみてくれ」
結界と氷の壁で前と後ろが塞がれれば、ウェアウルフの逃げ場は横にしかなくなる。そこにサイドでララとベアトリスの二人が待ち受けていれば、攻撃を必ず当てることができる。
これがマークさんの計画だった。
わたしがまず、敵の場所を固定するために、結界の一番前に立つ。
そしてマークさんの指示によって、結界側に移動した二人。ウェアウルフが近づいてきてその爪による攻撃が結界を直撃すると、その背後に氷の壁が現れる。
ララとベアトリスがタイミングを見計らってサイドから突進する。
しかし、ウェアウルフに攻撃は当たらなかった。ウェアウルフは円形に展開している結界を踏み台にして、バク転のようにして後方へと飛んだからだった。
「あら、逃げられたわね」
「このウェアウルフ、相当賢いな。感度も鋭い。 もう一歩進んだ戦術が必要か」
「氷の壁の上の部分をちょっと折り曲げて、蓋をすることはできないの?」
そうして逃げ道をふさげば、ララとベアトリスが好きなように攻撃が出来るとも思ったのだけれど、プリシラは首を振った。
「結界をしている状態だと、複雑な形を作り出すことは出来ないんです」
「このなかから攻撃が出来れば簡単なのだが」
この結界は敵の攻撃を防ぐけれど、内側からの攻撃もできなくなる。例えば剣を突き出すような小さな穴を開けることも出来ないそう。
このままだといずれプリシラのマジックポイントがなくなり、結界は消滅してまう。早めにとらえて決着をつけないと。
「……わたしにひとつ、考えがあります」
「プリシラ?」
「ララさん、ベアトリスさん、もう一度結界前での攻撃をお願いします」
「でも、また逃げられるんじゃ」
「構いません、お願いします」
ウェアウルフは1度距離を取ったあと、再びこちらへと向かってくる。ララとベアトリスの妨害がないので、正面からウェアウルフが突進してやってくる。
結界に攻撃が当たった瞬間、プリシラがその背後に氷の壁を作り、同時にララとベアトリスがさきほどと同じく挟み撃ちにしようとする。
ウェアウルフは再び結界を蹴り、後方へとジャンプをする。
「そこ!」
ウェアが着地する寸前、その床に異変が起こった。床の一部が氷に変化したのだ。氷の壁を解除したプリシラがすぐさま薄い氷を床に張り、その上に降りたウェアウルフはツルツルと滑ってその場に転倒した。
「いまです。攻撃を加えてください!」
プリシラが叫んだ頃には、すでにララが動いていた。空中に飛び上がり、ウェアウルフに向かって剣を突き刺す。
剣が胴体を貫くと、ウェアウルフの口から雄叫びが発せられた。暴れるように腕を振り、ララはそれを避けるためにこちらへと飛び退いた。
「手応えがあった。いまのはかなりのダメージになったはずだよ」
ララが剣についた血を払って言う。
けれども、ウェアウルフはまだ倒れない。体から血を流していても、機敏な動きは収まらない。
「もう一度同じことをやれば、倒せるかもしれないね」
再び突進してくるウェアウルフ。その後は先ほどと同じ展開。サイドの攻撃を交わすようにバク転をするウェアウルフ。その着地地点に張られた氷で滑って転倒する……はずだったのだけれど。
「あっ」
ウェアウルフは氷で転倒はしなかった。鋭い爪を氷に突き刺し、体勢を安定させたからだった。
そのまま氷を飛び跳ねるようにして離れるウェアウルフ。
「あのウェアウルフ、やっぱりちゃんと学習しているのね」
「そのようだな」
同じ手は通用しない。別の方法を考えて、次の攻撃で仕留めないと厳しいかもしれない。
「着地地点にララが待機をして、ウェアウルフが落ちてきたところを攻撃するとか」
「サイド攻撃の直後に移動するのは難しいだろうな」
ウェアウルフはかなりの跳躍能力があって、着地地点はたしかに遠くにある。一度滑らせなければ、すぐには追いつけない。
「ララさん、ベアトリスさん、もう一度同じことをお願いします」
「プリシラ、何か考えがあるの?」
「はい。次で決めてもらいます」
どの道、ウェアウルフはこちらの意思に関係なく、攻撃を仕掛けてくる。
ウェアウルフがサイド攻撃を逃れるために結界を踏み台にしてジャンプ。その直後プリシラはわたしたちを覆っていた結界を消滅させ、ウェアウルフの着地地点に新たなものを作った。
それは四角い形の結界だった。どうやら中は空洞で、蓋となる上の部分は空いているらしい。
そこに、ウェアウルフはスッポリとおさまった。ちょうど体のサイズと合っているらしく、その爪で壁を壊そうとすることもできずに苦しそうに体をよじるようにしているだけ。
ララはそこに近づき、剣の先端を結界へと向けた。駆けた勢いのまま、剣を結界へと突き刺す。それはウェアウルフの身体をも貫き、結界の崩壊とともに甲高い悲鳴が上がった。
「よし、今度こそ!」
ウェアウルフはわたしたちから距離を取るため、奥のほうへと向かった。その足取りは重い。足を引きずるような形だった。
「あともう少しかな。いまから止めの一撃を刺してくるよ」
「待ってください」
いまにも駆け出しそうなララを、プリシラが制した。
「見てください、ウェアウルフの様子が変です」
わたしたちとは正反対の位置の壁際に移動したウェアウルフは、こちらに向かって大きく口を開けている。そのなかから緑色の空気が漏れ出していた。
「あれは、毒ブレスのようだな。迂闊には近づけない」
「でも、どうしてそんなことを?」
なんの意味があるのだろう、とわたしは思った。毒ブレスを使うのなら、敵であるわたしたちが近くにいないと効果がない。
「おそらく、体力を回復させるためだろう。」
マークさんが真眼を使い、ウェアウルフの状態をチェックする。
「やはり、そうだ。わずかではあるが、徐々にヒットポイントが回復している」
「え、じゃあ、いますぐやっつけないといけないじゃないですか」
「そうだが、あの毒ブレスがある限り、簡単には近づけない。ここはプリシラの魔法でなんとかしてもらいたいところだが」
「出来ますけど、最後はアリサさんが止めを刺さないといけないわけですよね。モフモフアタックを決めなければ、マジックポイントの無駄遣いになってしまいます」
毒ブレスはその間にもどんどんと広がり、色合いも濃くなっている。すでにウェアウルフの姿は、緑の霧で見えない状態となっていた。
「まさかあの毒ブレス、こっちまで届くんじゃ」
「さすがにそれはないだろうが、どちらにせよ手負いのうちにやらなければ、次のチャンスはないと考えるべきだ」
ウェアウルフはきっと学習している。同じパターンの攻撃がうまくいくとは限らない。
「なにか、なにか手はないの!」
焦ってしまっている自分がいる。プリシラの結界も無限に続くものじゃない。ウェアウルフが完全に回復したら、また攻撃が続く。向こうが体力を回復させることができるのなら、限界を最初に迎えるのはこっちになる。
「こうなったら、モフモフアタックをしかけるしかないんじゃない?あれなら向こうまで届くかもしれないし、モフモフなら毒くらい平気でしょ」
ララがそんな提案をする。
「無理だよ。モフモフアタックなんて、せいぜい数十ダメージだよ。しかも見えない相手に正確に当てるなんて出来るわけないよ」
マークさんに確認してみると、ウェアウルフの現在のヒットポイントは500程度らしい。とてもじゃないけど、モフモフアタックで与えられるダメージの数字じゃない。
「プリシラとの共同作業でやればいいんじゃない?まずプリシラが魔法を遠くから放って、相手が再び弱体化したところをモフモフアタックで決める」
「でも、魔法を当てたらウェアウルフは逃げるんじゃない?」
ウェアウルフの位置を確認するのは、さほど難しいことじゃない。プリシラが風魔法でも使ってくれれば、毒霧は一瞬晴れる。
でも、何かしらの攻撃を当てれば、さすがにそこに留まることはしないはず。再び毒霧が辺りに充満し、モフモフアタックを当てるべきターゲットも見えなくなってしまう。
「そっか。モフモフアタックはまっすぐにしか飛ばないから、正確な位置がわからないと外れる可能性が高いしね。なら、結局はあれを使うしかないんじゃないのかな?」
「あれ?」
「マジックモフモフ」
マジックモフモフは、モフモフに魔法をまとわせて攻撃する方法。以前、ミラースライムと戦ったときに偶然生まれたもの。
それならたしかに普通のモフモフアタックよりも攻撃力は増すかもしれない。いろいろ躊躇いもあるけれど、この状況では他には方法がないのかもしれない。
「マジックモフモフとはなんですか?」
その当時プリシラは一緒にいなかったので、そんな疑問も当然だった。プリシラの協力は必須になるので、わたしは簡潔に説明をした。
「魔法とモフモフの組み合わせですか。でもそれではあのウェアウルフは倒せないかもしれなです」
「え、どうして?」
「マジックモフモフはあくまでも間接的な方法ですよね。そうすると、本来の魔法の威力が持つダメージを与えることは難しいです。モフモフは小さいですから、魔法もそれに沿う形でしか効果を発揮しないからです」
そうか。プリシラの魔力が高かったとしても、その欠片では与えられるダメージに限りがある。
「なら、凍らせるのはどう?モフモフを氷の塊にして、そいつをあれにぶつけるんだよ」
「え、モフモフを凍らせる?」
「うん、それが一番大きなダメージを与えられると思うだけど」
ララの言うことはわかるけれど、モフモフってそもそも凍るのかな。仮に凍るとしても、モフモフは大丈夫なのかな。
「モフモフを凍らせる……固くする……」
プリシラがそう呟くように言うと、ハッとしたしたような感じで続けた。
「アリサさん、それ、可能かもしれません」
「え、何が?」
「モフモフアタックです。それでウェアウルフを倒すんです!」