ウェアウルフ
「あれはどうやら、ウェアウルフのようだな」
わたしたちはこの日、フィオナ迷宮へと挑んでいた。サイクロプスを倒した階層へと転送装置で一気に移動し、そこから再び下を目指していった。
相変わらず、道中の敵は少なかった。このフィオナ迷宮はボス戦がメインらしく、途中で詰まるようなことはなかった。
わたしたちが立ち止まったのは大扉の前で、そこを開くと前と同じく開けた空間が広がっていた。
中には二本足で立つ狼がいた。いわゆる人狼で、体は普通の人間よりも一回り大きい。とはいえ、動きそのものは軽やかで、ボス部屋のなかを自由に動き回っている。
「前のサイクロプスとは正反対だな。アジリティーが高く、動きで相手を翻弄するタイプのようだ。攻撃を当てること自体苦労するかもしれない」
「ウェアウルフの弱点はなんなんですか?」
わたしはこの日も帯同しているマークさんに聞いた。マークさんはすでに真眼でウェアウルフを解析していた。
「一応氷とは出ているが、あまり当てにはならないかもしれない。あのスピードでは魔法も軽く避けられる可能性が高い。まずはその動きを止める方法を考えるべきだろう」
「プリシラは氷の魔法は使える?」
ここには前回のメンバーに加えて、プリシラもいた。プリシラは魔法使いで、いろんな場面で活躍が期待できるので、わたしがこのパーティーに入ってもらいたいとお願いした。
「簡単なものなら使えます。でも、そこのおじさんが言うように、あそこまで速さのものをとらえるのは難しいかもしれないです」
「おじさん……」
ウェアウルフは身のこなしは軽くて、普通に歩いているだけでも一瞬、姿を見失いそうになるくらいだった。
「結界で囲えば良いのではないでしょうか」
ベアトリスがそう言うけれど、プリシラは困ったような顔になる。
「そう出来ればいいんですけど、結界を張るのもある程度時間がかかるので、その間に逃げられる可能性もあります。ずっと立ち止まっていれば簡単なんですけど」
ウェアウルフはボス部屋のなかでたえまなく動いている。ダンスをするような軽やかなステップを踏んでいる。手足には鋭い爪が生えていて、それを振り回すような感じだった。
「これはちゃんと計画を立ててから望んだほうが良さそうよね。あれだけ素早いと、一瞬でアリサが殺されかねないもの」
クローネさんがそこまで言ったとき、なにかを思い付いたように「あっ」と声を上げた。
「そうよ。結界を全体に張ればいいのよ。このボス部屋を分割するように一枚の壁を結界で作るの。そうすればウェアウルフの行動範囲は一気に狭まるわ。そのまま、どんどん結界を小さくしていけば、ウェアウルフはやがて身動きできなくなる。これで一件落着じゃない?」
プリシラはその言葉を聞いて、部屋のなかを覗き込むようにした。
「それも難しいと思います。この部屋はかなり広いです。壁にできるほどの結界を張ることはできないと思います。どこかに隙があればウェアウルフはそこをついてきますし、大きくすればするほど結界は弱体化します。そのまま破られる可能性も大きいです」
「ほんと、やっかいな敵なのね」
「結界でどうにかするという発想は止めたほうがいいかもしれないね。あのスピードのなか、アリサをそのまま放っておくわけにはいかない。常にプリシラに結界で守ってもらう必要がある。でもそうなると、別の結界は展開しづらくなる」
ララがそう言う。
プリシラは複数の結界を同時に展開できるのだけれど、その場合、一方が弱体化してしまう可能性があるという。
例えばハーミットさんの自宅でもそう。ケルちゃんの首輪と鎖で結界を使用していたため、家の周囲を完全に囲うことはできなかった。その結果、声が外部に漏れてしまったという例がある。
「たしかに結界は重要だな。ウェアウルフのスキルの欄には、毒ブレスというものがある。これを使われると、避けるのは至難のわざだ。とくにアリサのように戦闘に慣れていないものは、一瞬で倒れてしまうかもしれない。結界のなかに閉じ籠っているのが最善だろう」
「毒ブレス……」
「それに、戦闘メンバーは限定したほうがいいのかもしれない。動きの速い相手だ。全員で戦えば間違って仲間を傷つける可能性が高くなる。ここは近接戦闘が得意なララとベアトリスにお願いしたいが、構わないか?」
マークさんの言葉に、二人はうなずいた。
「任せてよ。なんとかしてみせるから」
「かしこまりました」
「あとは、なかに入って相手の攻撃方法を見極めるしかなさそうだな。ここで議論していても、適当な攻略法は浮かびそうもない」
プリシラの結界頼み、という点は否めないかもしれない。それがダメになったら、きっとわたしは殺される。
プリシラを信じてないわけじゃない。今さらかもしれないけれど、わたしのせいでこんな危険な目にあわせてしまったことへの罪悪感を感じている。その申し訳なさがいま、急速に込み上げてきて、わたしの足を鈍らせる。
「どうしたの、アリサ、行かないの?」
「プリシラは平気なの?これから強い敵と戦うんだよ」
他のみんなと違って、プリシラは冒険者としての活動はしていない。ギルドで登録はしたけれど、討伐クエストは未経験。そんな子にいきなりこんな強いボスと戦わせていいのかな、と迷いが生じている。
「平気です。わたしは山でケルちゃんと一緒にモンスターと戦っていましたから、その辺の冒険者よりも強いと思います」
「そうなの?」
「もしかして、わたしのことが心配でしたか?頼りないとか思ってなかったですか?」
「……ごめん、ちょっと思ってたかもしれない」
なんか恥ずかしい。プリシラがいないと攻略の幅はぐっと落ちるし、その結界で守ってもらう立場の自分がプリシラの能力を少しでも疑うなんて、本来あってはいけないこと。
「モンスターとの戦いだけじゃないです。わたしは師匠の呼んだ召喚生物なんかとも戦ってきました。なので、このくらいで怖じ気づくことはないです」
わたしよりもよっぽど戦闘経験は豊富みたいだった。もしかして、心配されるべきはいまだにモフモフアタックしかできないわたしのほうだったんじゃ?
「いつまでもここに突っ立ているわけにもいかない。そろそろいくぞ」
わたしたちはお互いに覚悟を決めた顔を確認し、ボス部屋へと侵入した。