馬の練習
ハーミットさんの帰りを待つ間、わたしたちはプリシラを連れて、街を案内することにした。
プリシラはあの幽霊屋敷と言われたところにずっと住んでいたので、この街の地理には明るくなかったから、迷子にならないようにエルトリアの街の構造を頭に入れておいたほうが良いと思った。
「改めて思いますけど、ここはにぎやかですよね。わたしには施設と山の記憶しかないので、いまだに慣れない部分がどうしてもあります」
街を歩きながら、プリシラがそう言った。
「施設の前の記憶とかはないの?」
わたしがそう聞くと、プリシラはうなずいた。
「物心ついたときには、すでに施設にいました。親のことも全然覚えてないです」
相当小さい頃に施設に預けられたのかな。まあ、その施設も悪い人たちが運営していたわけだけれど。
「プリシラ、あんたが救出されたのって何年前のことなの?」
ララがそう聞く。
「3年くらい前のことです」
「3年前……でもそれだとちょっとおかしな話にならない?」
「どういうこと?」
「プリシラ、あんたっていま12歳って言ってなかった?」
「はい、そうです」
「3年前ってことは、9歳だよね。あんたがあのハーミットっていうおじさんに引き取られたのは、魔法の才能があったから。でもジョブの才能っていうのは、大抵の場合、10歳を越えないとわからないもののはずだけれど」
そういえば、ザイードでもそんな話を聞いた。
「でも、9歳ならわかってもおかしくないんじゃない?そこまで厳密なものじゃないだろうし。それに、プリシラの年齢だって確かなものではないよね」
物心ついたときに施設にいたのなら、それは誰かにそう教えられたものに違いない。プリシラの正確な年齢は、もう少し上なだけなのかもしれない。
「そっか。じゃあもしかしたらプリシラってわたしたちよりも年上なのかもね。実は20歳とかだったりして」
「さすがにそれはないんじゃないかな」
プリシラは小柄で、顔立ちにもあどけなさが残っている。ギリギリでわたしたちと同じくらいかな。
プリシラの正確な年齢を確認する方法はある。マークさんに頼んで真眼を使ってもらうか、本人がステータスを開けば良いだけ。
でも、そこまでする必要もないと思う。年齢でプリシラへの対応が変わるわけじゃないし。
「あ、お馬さんがいます」
プリシラが指さしたのは、向こうから通りをやってくる馬車だった。
「アリサさんは自分の馬は持っていますか?」
「ううん、持ってないよ。馬には乗れないし」
「それだと不便じゃないですか?これからのことを考えると、馬には乗れるようになっておいたほうが良いと思います」
「そうかな」
「はい。出来ればわたしも乗れるようになりたいです。ケルちゃんはもういないので、別の移動手段が欲しいんです」
「たしかにそうだよね」
そう同意したのはララだった。
「とくにアリサの場合、戦闘能力がないから乗馬スキルは必須だよ。いまはあたしやベアトリスがそばにいるから良いけど、いずれひとりで行動することもあるかもしれないし、クエストの途中でわたしやベアトリスが倒れる可能性も否定できない。アリサは必死に逃げないといけないけど、馬には乗れないんじゃ、そこで人生終了だからね。生存確率を上げるためにも、馬には乗れるようになっておくべきだよ」
ララが死ぬなんて考えたくはないけれど、その言い分はもっともだと思った。馬の扱いに慣れておくことは、決して悪いことじゃない。
なんとなく馬が暴れたら落ちてしまいそうという恐怖があったけれど、そんなことも言ってられない。
「でも、馬なんてどこで練習すれば良いんだろ。牧場とか?」
「自宅の庭で良いんじゃない?練習用の馬ならわたしが用意してあげるからさ」
そうしてわたしたちは自宅へと戻ることにした。