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リディアの過去 2

その当時、今から十年ほど前のこと、リディアさんはシスターに成り立ての見習いだった。まだ右も左もわからないような立場で、仕事を覚えるだけでも精一杯の毎日を送っていた。


そんな彼女にとくに優しく接してくれたのが、一回りも年上の先輩シスター、ミランダさんだった。

彼女は冒険者からシスターに転身した女性で、そういうケースはそれほど珍しくはないらしい。


モンスターなどとの戦いのなかで生きる意味とは、命とはなんなのかと考える機会は多くあるし、天に授けられた特別な力で奉仕をしたいと意識することもあるのだという。

モフモフ教の関係者はダーナ教団に狙われる可能性もあるので、なにかしらの力を持っているに越したことはない。


ミランダさんが冒険者をやめた理由を、当時のリディアさんは知らなかった。一度聞いてはみたけれど、ミランダさんは教えてはくれなかったらしい。

シスターは過去を語らない人は珍しくはないし、きっと他の人と同じような動機だろうと思い、しつこくも聞くことはしなかった。


ミランダさんは元冒険者で、召喚士の才能を持っていた。彼女はそれを使って、子供たちを喜ばせることが多かった。相当な使い手だったらしく、子供たちの要求するようなさまざまなものを喚ぶことができたらしい。


ただ、それはあくまでも子どもに限ったことて、大人たちからの要望は受け入れなかった。ミランダさんは子どもを喜ばせるためにだけしか力は使わなかった。


大人の欲望を相手にすると、良くないことがあるからだとミランダさんは言った。もしその人にとってどうしても必要なものなら考えないことはないけれど、それでもハードルは高く設定しているのだと。


あるとき、リディアさんは体調を崩してしばらく寝込むことになった。そんなときもミランダさんはそばにいてくれた。まるで本物のお姉さんみたいに優しく看病をしてくれて、ベッドに寝ながらリディアさんはよく、亡くなった家族の顔を思い出していた。


リディアさんはかつて、サーカスに所属していた。団長さんの娘として、サーカスの一員として活躍していた。リディアさんは幻想使い。その能力を使えば、わざわざ動物に頼らなくても派手なショーを開くことが出来る。


サーカスにはテイマーもいた。テイマーは動物やモンスターを手なずけるジョブだ。契約によって主従関係を結び、意のままに操ることができる。


サーカスは各地を移動して興行する。ひとつの街に留まることはあまりないので、リディアさんには同年代の友達というものがあまりいなかった。

そのテイマーの女性はリディアさんとは比較的年齢が近かったのだけれど、関係性は良いとは言えなかった。


嫌っていたのはテイマーのほうだった。理由は能力の違い。テイマーの人からすると、幻想はあくまでも幻想でしかない。本物のモンスターを使役するテイマーにとっては、幻想使いは薄っぺらい能力だと軽蔑されていたらしい。


リディアさんのほうにはとくに敵対する気持ちはなかったのだけれど、なにかとちょっかいをかけられていた。ふたりでやるようなステージもあるので、できることなら仲良くしたいと思っていたけれど、向こうはライバル心を隠すことはなかった。


あるとき、リディアさんはスランプに陥った。幻想をうまく操れなくなり、ステージに出ることができなくなった。それはあまりにも唐突な変化で、リディアさんは困惑した。


練習のときにいくら調子がよくても、本番になると全然ダメだった。そんな落ち込むリディアさんに、団員たちはこう言った。恋をしているからではないのかと。


ーー恋。


たしかに、当時のリディアさんは恋をしていた。初恋だった。

王都で興業をしているとき、有力者のひとりがサーカスをとても気に入り、自宅へと招待してくれた。そのときに、リディアさんはその家の同い年の息子さんと知り合い、徐々に想いを寄せるようになっていたのだ。


サーカスは各地を転々とする。いずれこの王都も去らなければならない。

その焦りがリディアさんの心を揺らし、本来の力を発揮することができなくなった。その指摘を否定することも、リディアさんにはできなかった。実際にそういう部分もあったから。


父親である団長さんからは、もし二人に結婚する意思があるのなら、そのままこの王都に残ってもよいと言われた。向こうの家庭も、リディアさんを受け入れることを了承してくれていた。


こういうケースは珍しい。サーカス団員という立場は必ずしも地位の高いものではないから。けれども文化の振興に力を入れる重要性を、その相手の家の人たちは知っていたのだ。


リディアさんは散々悩んだ挙げ句、サーカスを続けることにした。二人ともまだ十代半ばと若く、王都には頻繁に訪れるので、慌てて結婚しなくても大丈夫だと思ったのだ。


ーー事件が起きたのは、王都で最後の公演をしている最中のことだった。


リディアさんは能力がうまく使えないとはいえ、幻想そのものを発現させることはできた。


うまく演技をさせるようなことはできないけれど、なにかしらの物体の幻を出現させること自体は可能だった。この王都を去る最後の日くらい、お客さんに楽しんでもらいたい、そう思ってリディアさんはステージに上がった。


獣の唸り声を耳にしたとき、リディアさんはとくには警戒しなかった。テイマーの使役するモンスターが退場したばかりなので、その声が近くで聞こえても不思議ではないと思ったから。


続いて後方のどこからか人の叫び声がしたとき、その場は一瞬静まり返った。そちらにリディアさんが目をやると、今度は観客席から悲鳴が上がった。


テイマーが服従させているはずのモンスターが、ステージに姿を見せた。普通の状態ではなかった。その口は赤く濡れていて、なにかをくわえていた。


人、だった。団員の一人がその口におさまり、牙によって胴体が貫かれていた。


リディアさんは困惑して硬直した。いったい何が起こったのか、すぐにはわからなかった。


その正反対に観客は一瞬でパニックに陥り、場内は阿鼻叫喚の地獄絵図とかした。モンスターは次々に人を襲い、あちこちに肉の破片が飛び散り、足の踏み場もないほどに血だまりができた。


「まさか、テイマーがわざと襲わせたんですか?」

「いえ、違うようです。女性のテイマーもショックを受けていたようなので、彼女の悪意によるものではなかったはずです」


サーカスの関係者や観客を含めて多くの死傷者をだしつつも、駆けつけた衛兵やギルドの冒険者による協力で、モンスターはどうにか退治することができた。


それでも被害は甚大なものとなった。


サーカスはもちろん、解散することとなった。リディアさんの親を含めてほとんどの関係者は死んでしまった。もはや運営を維持することは困難だった。


リディアさんは親とサーカスを失い孤独となった。

本人のせいではなかったけれど、結婚もできなくなった。被害者とはいえ、不吉な事件に関わった人を受け入れることは出来ないと、向こうの家から言われたのだ。


嫌な記憶のある王都にはもはやいられなくなり、流れ着くようにして、リディアさんはエルトリアへとやってきた。

そして、救いを求めてシスターを目指すこととなったーー。

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