リディアの過去
ザイードは騒然としていた。十人を超える子供たちが突然姿を消したから。空を飛ぶところを目撃した人も多くはいたけれど、それを現実として受け止められない人も多かった。
混乱していたのは、わたしたちも同じだった。ルシアちゃんをはじめとした子供たちにいったい何が起こったのか。その事情を知っているのはおそらく、アドニスの師匠であるハーミットさんしかいない。
しかし、ハーミットさんはしばらく時間が欲しいと言ってどこかへと姿を消した。飄々とした感じはあるけれども、実際にはショックを受けているのかもしれない。
わたしたちはとりあえず、エルトリアへと戻ることにした。ハーミットさんもいずれやってくると約束してくれたので、それまで待つつもりだった。
エルトリアに戻ったわたしたちは、すぐに教会へと向かうことにした。
ルシアちゃんのことを、アドニスは悪魔と呼んでいた。そのことについて、教会のリディアさんたちなら何か知っているのかもしれないと考えたから。
「まあ、ザイードでそんなことがあったのですか」
わたしはララとベアトリス、そしてプリシラとともに、教会の個室でリディアさんと向き合っていた。ザイードでの出来事を聞いたリディアさんは複雑そうな表情を浮かべていた。
「どうしてそんなことが起こったのか、わたしたちにはいまだにわからないんです。いずれハーミットさんが教えてはくれると思うんですけど、それをただ待っているのも辛くて」
わたしは子供たちを救うことができなかった。黒い翼を羽ばたかせながら去った子供たちや、それを見送るしかなかった親の気持ちを思うと、胸が痛くなった。
モフモフ召喚士なのに、わたしは無力だった。きっとルシアちゃんのお母さんなんかは、わたしが娘を救ってくれると期待していたはず。なのに……。
「リディアさんはなにか知りませんか?どんな些細なことでも良いので、情報を持っていたら教えてほしいんです」
「……ザイードで謎の病が広がっている話しは耳にしていました。でも、それがあの事件と繋がっているとは思いもしませんでした」
「あの事件?前にも同じようなことがあったんですか?」
「それは……」
リディアさんは言いよどんだ。それも当然かもしれない。それがどんな事件かはわからないけれど、子供たちにとって良い出来事ではなかったはずだから、口は自然と重くなる。
「何があったんですか。教えてください。どうしても知りたいんです。」
あの子供たちをどうにか救いたい。そのためにはいまは情報を集めるしかない。
「正直に言うと、話したくないというのが本音です。わたし自身、あまり思い出したくはない過去なので」
「子どもを救うためにどうしても必要な情報なんてす。それは悪魔関係のことなんですよね。なら、早い段階で止めないと大変なことになるかもしれません」
「……そうですね。もしあれが完成していたのなら、今後子供への被害はさらに広がるかもしれません」
わたしの覚悟が伝わったのか、リディアさんはおもむろに過去を語り始めた。
「あれは、いまから十年ほど前のことです。このエルトリアである悲劇が起こったのですーー」