悪魔 2
というわけで、わたしたちはザイードにはケルちゃんに乗って移動した。プリシラが山を降りてきたときも、ケルちゃんを利用して半日もかからずにエルトリアに到着したらしい。
同行したのはわたしとプリシラ、そしてララとベアトリスだった。ケルちゃんの背中は大きく、四人が乗ってもまだまだ余裕があった。
ギルドを出てすぐにわたしたちは南西にあるザイードに向かった。ケルちゃんの移動スピードは予想以上のもので、馬に比べて数倍は速かった。あっという間にザイードにたどり着いた。
街の中にケルちゃんを入れるわけにはいかないので、外で待ってもらうことにした。プリシラと長くは離れられないみたいだから、外で待ってもらうことにした。結界を重ねて張れば、街の人が驚くこともない。
わたしたちはさっそくギルドへと向かった。するとそこの受付けのカウンターには、ミアに似た女の子が座っていた。
「ギルドへようこそ。見慣れない方ですが、もしかして新規の登録ですか?」
というか、ミアにそっくりというより、瓜二つだった。髪型も顔立ちもそっくりそのまま。
わたしは混乱してしまった。間違ってエルトリアに戻ってきたのかとも思ったけれど、景色は完全に異なっている。
「どうかされました?」
「え、ミアじゃないよね?」
その名前を聞いたとたん、ミアに似た女の子はうなずいた。
「エルトリアから来られたんですね。それなら驚くのも無理はありません。わたしの名前はレア。ミアとは双子の姉妹なんです」
双子。それなら顔が似ているのも納得ではあるけれど、同じギルドの受け付けをしているというのはなんというか、すごい偶然というか、そういう家柄なのかな。
「ミアからは何も聞いてないんですね。わたしのほうにも一切連絡がなかったので、あえて驚かせたかったのかもしれませんね」
「それにしても、似てるね。一瞬、ミアと見間違えるくらいだったけど」
「よく言われます。親でも判別に苦労したくらいみたいですから。それでわざわざエルトリアからとは、今日はどんな用事ですか?」
わたしは子供たちの異変を調べに来たことを伝えた。
「あれを調べに来たんですね。なかなか覚悟のいるクエストだと思います」
そう言った直後、レアはわたしをまじまじと見つめた。
「いま気づいたんですけど、もしかして、モフモフ召喚士のアリサさんじゃないんですか?」
「うん、そうだけど」
「よかった。こちらからエルトリアにアリサさんの訪問を要請しようかと考えていたところなんです。モフモフがいればなんとかなるんじゃないかと思ったので」
うっ、そう言われると緊張する。わたしには子どもたちを救うような力はないんだけれど、初対面のレアにはそのこともよくわからないのかもしれない。
「ごめん。モフモフにそんな力はないんだけど」
けれども、ミアにはがっかりした様子もなかった。
「モフモフ召喚士がモフモフを喚ぶだけ、というのはすでに聞いています。それでも構わないんです。アリサさんとモフモフがいるだけでもこの閉塞感は和らぐと思うので」
「そうかな」
「ザイードには希望の光が必要なんです。例え何の力がなくとも、救世主がそこにいるだけでも心は救われるというものです。
辛いのは子供たちだけではありません。その様子を見守る大人たちも同様です。みなが心をやめば、さらに子供たちの負担も増えてしまう。その悪い連鎖をモフモフが少しでも和らげてくれるだけでも、充分な価値があると思います」
一気に責任感が増してきた感じがする。レアはそうは言うものの、実際にはみんなは解決を期待されているはず。これでこのクエストを解決できなかったら、かえってザイードの人たちは絶望感に襲われるのかもしれない。
「それで改めて確認しておきたいんだけど、子供たちの体調不良の原因はわかってないんだよね」
「はい、残念ながら」
「いつからその異変は始まったの?」
「ここ最近ですね。普通の風邪とも見分けがつかないので、正確にどの時点からとは言いにくいんですけれども」
「子どもたちに何か共通点はあるの?」
「共通点と言えるかはわからないんですけど、症状が出ているのはみんな5歳の子どもたちばかりですね」
「5歳?どうして?」
「それがわかれば苦労はしないのですが」
そうだよね。そこを調べるのがわたしの役目なわけで。
「食事や水が原因とは考えられないかな?」
「住んでいる地域は街の中ではバラバラですし、体の弱い高齢者にも何もないのでそれはないかと。性別にも偏りはありません。症状を訴えているのは全部で十人ほどの子供です。交流のない子も多くいますね」
共通しているのは年齢くらい、ということかな。そこが突破口になるのかもしれない。
「まだ亡くなった子はいないと聞いているんだけど、どの程度深刻な容態なのかな?」
「不思議と命に関わるような感じではないんですね。喋ることも可能なので他の人とのやりとりもできます。肌にはうっすらとした黒ずみができることもあるんですが、それもやがては消えます。ただ極端に体力が落ちているようで、ひとりで出歩くことは難しくなっています」
意志の確認はできる。でも、出歩くのは難しい、か。
「ヒーラーでも効果はなかったんだよね。といことは内臓の不調でもないわけだ」
「はい。その辺はすでに念入りに調べてあります。さきほど言ったように、食事の面などもすでに調査済みですから」
死ぬほどのものじゃない、でも不調はしばらく続いている。これってやっぱり普通の病気じゃなさそう。
「あとは直接確認して見てください。ギルドのすぐ近くにも対象の子供はいますので、そこまではわたしも帯同しますから」
レアは立ち上がってそう言った。
「ギルドの受付の仕事はやらなくても構わないの?」
「このクエストは街の未来を左右するほど重要なものになりそうなので、直接この目で進展を確かめたいんです。わたしの代わりもいますし、何よりここのギルドは利用者が少ないので、少しくらい席を外してもわからないんですよね」
たしかに、いまこのギルドにいるのはわたしたち三人だけ。奥のほうにはギルドの職員さんは控えているんだろうけど、冒険者はどこにも見当たらない。
街を歩いていたときもそうだった。エルトリアでは冒険者らしい人と頻繁にすれ違いもしたけれど、ここでは一般の人のほうが目立っていた。
「いつもこんな感じなの?」
「そうですね。混み合うことのほうが珍しいと言えます」
「何か原因とかはあるの?」
「はい。ザイードはエルトリアと比較的近いので、冒険者はそちらのほうへと流れてしまうんですね。向こうはやはり、はじまりの村としての格がありますし、クエストも被っているものも多いので」
どことなくレアの口調からは寂しさみたいなものを感じた。ギルドの受け付けとしての立場だけではない、深い感情が潜んでいるようだった。
「もしかして、レアはこの街の出身とか?」
「それもミアからは聞いてなかったんですね。そうなんですよ。なのでこのギルドがもっと活性化することを願っているんですけど、いまのままでは難しそうなんですね」
子供たちが悪魔に呪われている、そんな噂が広まればさらにザイードのギルドを利用する人は減るのかもしれない。
冒険者とはいっても心は普通の人と変わらない。ヒーラーでも治せない得体の知れない病が広がっているという噂は、きっと冒険者を遠ざける要因となる。
「いずれここは、エルトリアのギルドとは統合されるかもしれません。そうなると街の将来が不安定化してしまうので、そこも心配なところではありますね」
ギルドがなくなれば、その地域限定でしか起こらない小さなクエストは無視されてしまう。そうなれば必然的に治安は悪化してしまうのかもしれない。
「だから、アリサさんには個人的にも期待しているんです。がんばってください」
「せ、責任重大だね」
「なんか暗くなってしまいましたね。では、さっそく行きましょうか」
「う、うん」