表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/116

幽霊屋敷 5

ヒーラーはその体に触れるだけで、異変を察知することができるらしい。クローネさんは内臓のある辺りを手で触れていた。


とりあえずケルちゃんは触られている間も大人しくはしていた。軽く唸ってはいたけれど、怖さとかは全く感じなかった。さっきよりは不思議と元気そうに見えたくらいで、ヒーラーには心を安定させるような作用もあるのかもしれないとわたしは思った。


「うーん、体にとくに異変はなさそうね。病気という可能性は低いんじゃやないかしら?」

「そうなんですか?」

「通常のケルベロスがどんなものかわからないからなんとも言えないのだけれど、毛並みが良くないようには見えるし、ちょっとやつれている感じはするわね。何かしらのストレスかもしれないわね」

「ストレス」


やっぱり、こんな狭いところに閉じ込められているせいなのかな。それだと解決法はなくなってしまうのだけれど。


「ちゃんと遊ばせたり、食事はさせているの?」


そうクローネさんから聞かれて、プリシラはうなずいた。


「夜中にこっそりと外に出て、モンスターを食べさせています。ケルちゃんはこのくらいの壁なら簡単に乗り越えることができるのて、誰にも見られる心配はないですし」


壁自体は高く作られてはいるけれど、ここは高台だから登りやすいみたいだった。


「それでも元気にならないの?」

「以前に比べると、ケルちゃんの食欲は落ちているみたいです」

「なら、環境の問題かしら。前に住んでいたところでは、近所の人たちとのトラブルはなかったの?」


その問いに対して、プリシラはなぜかしばらく沈黙していた。


「プリシラ?」

「あ、ありません」

「そう。具体的にどこで暮らしていたの?街の構造がわかれば、対策もできるかもしれない」

「え、えっと」


プリシラは明らかに動揺している。モゴモゴと口ごもっている。


「もしかして、何かトラブルはあったんじゃないの?別にあなたを責めるつもりなんてないから、正直に言ったほうが良いわよ」

「……すいません。トラブルはたしかになかったです。周囲には誰も住んでいなかったので」

「誰も住んでない?」

「はい。わたしと師匠は山の上にある建物に住んでいたんです。街ではなかったんです」


山?それってマチュピチュみたいなものじゃなく、山小屋に近い感じだよね、いまのプリシラの言い方からすると。


「そうだったんだ。どうして正直に言わなかったの?」

「もう戻りたくないからです。ケルちゃんがいるとはいっても、人間はわたし一人だったので、とても寂しい思いをしていました」


だから、なのかな。プリシラがここに来たのは。ハーミットさんを追いかけるだけじゃなく、人のいるところで暮らしたかった。


「そんなところに住んでいたのはどうして?」

「周りに誰もいないほうが気軽に召喚できるからだと師匠は言っていました。わたしの魔法も気兼ねなく使えるので」


どうやら、ハーミットさんは召喚技術を磨くために、あえてそんなところを選んだらしい。どこかでわたしの噂を聞かなければ、こっちにも引っ越してこなかったのかもしれない。


「すいません。家を売ったというのも嘘なんです」


プリシラは申し訳なさそうに言う。

わたしはなんだか罪悪感を感じる。問題は明らかにハーミットさんのほうだよね。魔法が使えるとはいえ、こんな小さい子をそんなところに置いていくほうが非常識なわけで。


「なら、このケルベロスもそこでは自由に動けていたのね?」

「はい。ケルちゃんは自由でした」

「そこでは元気だったのね?」


プリシラはうなずいた。


「妙に唸るようなこともなかったです。夜もスヤスヤ眠っていました」

「やはりそれかしら。ここでは行動が制限されていることがストレスの原因かもしれないわね。ケルベロスは巨大なぶん、それなりの運動量が必要なのかもしれない」

「でも、夜中には食事とともに運動もさせていますけど」

「それだと物足りないんじゃない?夜中に鳴き声や唸り声が聞こえるなら、長く外にいるわけでもないでしょう」

「そうでしょうか」

「いまからちょっと外に出してみるのはどうかしら。それで体調をチェックしてみましょ。一時的に結界を濃く張れば見つからないだろうし、街道から外れたところに着地すれば昼間でも人と遭遇することもほとんどないだろうから」

「わかりました。では、さっそく鎖を外します」

「鎖?」


わたしはケルちゃんの方を見た。首には何もついておらず、拘束されているようには見えなかった。


「そんなもの、どこにもないけど」

「目には見えないだけです。結界を利用したものなので」

「結界を?」

「はい。しつけられているとは言っても、師匠が近くにいない以上、何が起こるのかはわかりません。なのて一応、勝手に逃げ出さないように透明な首輪をつけているんです」


わたしはケルちゃんの首辺りに触れてみた。たしかに皮膚の上に物理的な感触がそこにはあった。


「庭の奥のほうにある杭と繋いであるんです。ちょうど結界の中に収まるような長さにしています」


プリシラの指さした方を見ると、そこにはたしかに杭のような出っ張りが見える。そことケルちゃんは見えない鎖で繋がれているという。クローネさんが診察していたときは、一時的に解除していたらしかった。


わたしはてっきりこの結界がケージの役目を果たしているのかと思ったのだけれど、ベアトリスの簡単なパンチだけで壊れるくらいだから、ケルベルスにはなんでもないのかもしれない。


それにしても、鎖。ケルベルスにはかなり不釣り合いな感じがする。

日本にいたとき、大型犬が外を散歩している姿を見て似たようなことを思ったことがある。散歩させているのは小柄な中年の女性で、リードを持ってはいるけれども、どちらが主導しているのかはわからなかった。


そう言えば、犬の首輪って結構負担がかかると聞いたことがある。だから最近はハーネスを使用する人が多くなっているってニュースか何かで見たことがある。


「……負担?」

「どうかしたの、アリサ?」

「……」


え、もしかして、それなんじゃないの?ケルちゃんの異変の原因というのは。というか、それくらいしか考えられない。


「もしかしたらケルちゃんは肩こりとかになってるんじゃないのかな?」

「肩こり?」


クローネさんとプリシラが眉を寄せる。肩こりという言葉はやっぱり、一般的ではないみたいだった。向こうでもそうだった。海外の人たちは首周りの異変というものを感じてはいても、それが必ずしも肩こりとは呼ばれない。

とはいえ、首周りのだるさみたいな感覚はこっちの人も認識してはいるはず。


「えっと、肩こりというのは、肩の辺りの筋肉がこわばって違和感を感じる現象です。硬直してしまうので重々しさを感じ、それが全体の異変に繋がります。これは人にも犬にも共通した症状なので、ケルベロスにも当てはまるはずです」


犬にも肩こりがあると、日本にいたときにこれも聞いたことがある。いくつもの要因があるみたいだけれど、そのひとつに首輪が重すぎる場合があるらしい。首への圧迫が血行を悪化させて、それが肩こりに繋がるとか。


ケルちゃんはこっちに来て、初めて結界を利用した首輪を装着した。向こうではどんなときも自由に動けていたのに、突然枷がかけられてしまった。


経験がない負担に、ケルちゃんはずっと苦しんでいたのかもしれない。ケルベロスは頭が三つもある。だから余計に重さや違和感を感じていたのかもしれない。


「人にしろ動物にしろ、頭って結構重量があるんです。それを支える首は常に緊張状態にあります。そこに首輪の重さが加わってしまった。その苦しみをケルちゃんは訴えていたんじゃないかな?」

「なるほど、それは充分に有り得そうな話よね」

「とりあえず、プリシラ、首輪をもう一度解除してみてくれる?」

「わかりました」


プリシラがケルちゃんの首輪を解除すると、わたしはさっそくマッサージをしてみた。首の辺りを優しく揉んであげると、ケルちゃんはその場に座り込み、頭を下げて目を閉じた。


明らかに様子が変わった。さっきまで陰鬱な空気を放っていたケルちゃんだったけれど、とたんに表情に余裕ができたというか、獣からペットへと変身したように見えた。


「わあ、気持ち良さそうです」

「どうやら、正解みたいだね」

「つまり、これからはこのケルベロスを自由にしておけば良いというわけ?それで幽霊屋敷の噂ははなくなると」


クローネさんもケルちゃんをナデナデする。


「そうですね。ケルちゃんはちゃんとしつけられているはずなので、首輪なしの生活でも大丈夫かもしれません。むしろそのほうがストレスを感じずにいられるので、安全と言えるのかもしれないです」


ケルちゃんは見た目は怖いけれど、初対面のクローネさんに体を触られても大人しくしていたし、放し飼いにしても悪い結果にはならないと思う。


「そうですか。ならそうします。わたしもわかってはいたんです。ケルちゃんが無闇に人を襲うような子じゃないということくらいは。本当はわたしがここに隠れているのがばれてしまうのが怖くて、ケルちゃんを結界の中に閉じ込めておいただけなんです」

「落ち込まなくても良いよ。悪いのはハーミットさんのほうなんだから」

「……師匠」


プリシラが呟くようにそう言う。それでもプリシラにとってハーミットさんは大事な存在であるようだった。


「それにしてもその師匠、なかなかの腕前よね。召喚生物をずっと維持するのも結構大変なんだけれど」


召喚生物は呼ぶときにのみにマジックポイントを消費する。でも、呼び続けていると、モフモフのようにやがて継続的な消費へと移行するのだという。


「なら、そのマジックポイントがなくなったらケルちゃんは自然と戻るということですか?」

「なくなれば、ね。でも長期間呼び続けているということはおそらく、その師匠にはマジックポイントの自動回復のスキルがあるはずよ。まあ、それでも呼び続けておくのは大変なはずなんだけれど。どうしても他の部分がおろそかになってしまうわけだし」


主と召喚生物は意識で繋がっていて、その状態で別の召喚生物を呼ぶのは、技術的にも精神的にもきついのだという。二つの召喚を同時にするだけでも混乱してしまうのが普通で、しかも長期間の召喚はマジックポイントが維持できていたとしても、負担が徐々に拡大していくという。


「この子がこの街で普通に暮らしていくには、その師匠を探すことがどうしても必要よね。いまも山で暮らしていると思い込んでいるのなら、ケルベロスはずっとこのまま。それだといろいろ面倒だもの」


そうだよね。ケルちゃんはプリシラを守るために存在している。自分から人を襲わないと言っても、向こうからプリシラに危険が訪れないとは限らない。そうなったらどんな行動を取るかもわからない。


とはいえ、ハーミットさんはどこに逃げたのかはわからない。いつかは戻ってくるかもしれないけれど、それがいつになるのかも不明。


「まあ、仮にその師匠の狙いがダーナ教団なら、いずれエルトリアに戻っては来るかもしれないけれど、一番良いのはギルドに依頼を出しておくことかもしれないわね。他の冒険者の力も借りれば、案外すぐに見つかるかもしれないわよ」


それしかないのかもしれない。召喚士として相当な腕前を持っているのなら、知り合いの人が見つかる可能性もあるし。


それにしてもハーミットさん、か。いったいどんな人なんだろう。わたしも一応は召喚士だから、やけに気になるんだよね。必ずしもとんでもない変人というわけでもなさそうだから、出来れば一度は話してみたいかな。


「それじゃ、すぐにでもギルドに向かいましょうか」

「はい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ